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838話 異世界人は人離れしている 【レナ視点】

『Everybody say!? yeah!! yeah!! yeah!! yeah!!』


「「やー! やー!」」


 相変わらずよく分からない曲と歌詞に合わせて、サンドバッグが勢いよく蹴られている。

 バスン! バスン! と音を立てながら若干動くそれを見ながら、あたしは懐かしい気持ちになっていた。


「それじゃあ花園さん、次のサビから入りましょう。基本的なやり方は覚えてますか?」


「えっと、やー! のタイミングでハイキックで、ふぉー! のタイミングでローキックでしたっけ」


「そうです。ヘイ! の時はパンチとなりますので、忘れないようにしてくださいね。それと、無理に連続でやる必要は無いので、できる限りで合わせてみてください。あとは、曲のBPMに合わせて軽く動き続けていると、体がより温まって脂肪が燃焼しやすくなりますよ」


「ありがとうございます、やってみます!」


「頑張りましょう。……そろそろサビが来ますよ、構えてください!」


 丹野トレーナーの言う通り、アップテンポ調の曲がさらに盛り上がりを見せようと、サビの前兆である長いタメに入っていた。

 あたしは大きく息を吸い、体を小さく跳ねさせ――。


『Don't stop! Don't stop! Keep on fighting! fighting! yeah!!』


「やー!!」


 力いっぱい、サンドバッグを蹴りつける。

 身長一五〇センチ弱ほどの、ただの一般女性が放つハイキック。

 女性の平均身長を大きく下回る、小柄な体躯からのそれを、サンドバッグは余裕で受け止める。


 そのはずだった。


 ズバスゥン!!! と、ひと際大きな音を立てたサンドバッグは、他のサンドバッグなんて比にならないほど大きく揺れ、下の接合部分からメリメリと嫌な音を立てていた!!


「へっ?」


「花園さん危ない!!」


「わっ!?」


 呆けていたあたしに向かって、反動で元に戻ろうとしたサンドバッグが襲い掛かろうとしたところを、丹野トレーナーがグイっと引っ張って助けてくれた。

 サンドバッグはその後も左右に大きく揺れてはいたけど、徐々にその揺れも弱まっていき、最後には何事も無かったかのように静止する。


 だけど、静止していたのはサンドバッグだけじゃなく、他のトレーニー達やトレーナーの面々もだった。


 音楽以外が動きを止めた空間で、全員がぎょっとした顔であたしを見つめてくる。

 あたしは何故か、自分ではないと主張するかのように、あたしを抱き寄せている丹野トレーナーを見上げていた。


「……少し場所を変えましょうか」


「あ、はい」


 あたしは全員の視線が背中に突き刺さるのを感じながら、そそくさとサンドブースから移動するのだった。





「……さて、花園さん」


「はい」


 あたしの前に置かれた仰々しい機械に、あたしの背筋がピンと伸びる。

 機械を引っ張って来た丹野トレーナーは、機械にの上に乗っているサンドバッグをパシパシ叩きながら言った。


「うちは女性向けのキックボクシングジムです。そのため、うちにある器具やトレーニング施設は女性向けに作られています」


「はい」


「と言っても、中にはもちろん男性顔負けの身体能力を持った方もいらっしゃいますので、そんな方が来ても満足していただけるように、器具の調整は男性の最高値を基準としているんです」


「つまり……?」


 もう分かっているけど、自分から言いたくない気持ちから、言葉を促してしまう。


「サンドブースにあるサンドバッグは、キック力換算で約五百キロまでなら耐えられる設計です。そして男性の平均キック力と言う物は、だいたい三五十キロ程度。これが意味することは……」


 ごくり、と生唾を飲み込んでしまう。

 心の中で、“あなたは男性以上のキック力を持っている”と言われる覚悟を決めていると。


「花園さん。あなたはうちの基準を見直すモデルになれるかもしれません!!」


「はい……。え?」


 モデル? 何の? え、基準のモデルって言った?

 理解が追いつかないあたしに、丹野トレーナーはさらに続ける。


「昨今は男性も、運動不足や遺伝子の弱体化などで身体測定の平均値を下げ続けていました。そんな数値を基準にして器具を作っていては、平均を上回った逸材が現れた時に危ない目に遭わせてしまいます! そう、さっきのように!!」


 丹野トレーナーはあたしの両肩をガシッと掴み、目を輝かせながら言う。


「そこで花園さん!! あなたの基準を測定し、それを過去の基準と照らし合わせたいんです! どうか協力してくれないでしょうか!?」


「え、えぇ? でもあたし、健康維持目的程度にしか運動なんてしてな――」


「だからこそいいんです! 取れたデータが一般的であればあるほど、そこに特化した人たちをどの程度の割合で嵩増(かさま)しすればいいかが見えてきます! と言う事で、まずはこちらです!!」


 グイっと体を向けられたのは、先ほどの仰々しい機体だった。

 あたしから離れた丹野トレーナーは、お手本と言うようにサンドバッグ部分を軽く蹴る真似をしている。


「これは簡単に言えば、サンドバッグに加えられた衝撃を測定し、キック力として出力してくれるものです。まずはここに、花園さんの全力のキックをしてみてください!」


「わ、分かりました……」


 何かいつもと雰囲気が違う気もするけど、たぶんあたしって言うイレギュラーが出ちゃったから、他のお客さんの安全を確保するために器具を新調したいのよね。

 真面目に仕事に取り組もうとしてるんだから、あたしも真剣に向き合ってあげないと……!


 あたしは再度集中するために深呼吸をし、その場で数回体を小さく跳ねさせる。

 自分のタイミングを計り、狙いを定め――。


「やー!!」


 サンドバッグに向けて、全力のハイキックを叩き込んだ!

 ズバァン!! と凄まじい音を立てたサンドバッグは、さっきのように大きく揺れることは無く、少し左右に揺れるだけだった。


 これで良かったのかな? と、足を収めて振り返ると、丹野トレーナーは手元の測定機器を凄い顔で凝視していた。


「ろ、六二十……! 凄い記録だ……!!」


「な、何かすみません……。その、あたし自身もよく分かってなくて……」


 何でこんなに身体能力が上がっているのか分からないあたしに、丹野トレーナーは首を横に振り、人当たりの良い笑顔を浮かべた。


「人間と言うのはまだまだ未知の部分が多い生き物でして、突然才能が開花したり、身体能力が大きく底上げされたりする例もあるんです。恐らくですが、花園さんもその希少なケースだったんでしょう。ですので、気にせずいつも通りにフィットネスを楽しんでください」


「トレーナー……分かりました、ありがとうございま」


「それはそうとですね」


 あたしの言葉を遮り、丹野トレーナーは隣の部屋を指で示しながら続けた。


「あちらにもちょっと測っていただきたいものがあるんですが……協力していただけますか?」

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