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837話 異世界人は体を動かしたい 【レナ視点】

「いらっしゃいませ! 会員カードをこちらにご提示をお願いします!」


 ジムに入るや否や、そんな明るい声を掛けられた。

 その案内に従って、会員証を取り出してお姉さんに手渡すと、バーコードを読み取ったお姉さんが急に声を上げた。


「あぁ!? 花園(はなぞの)様でしたか! いつもご来店ありがとうございますぅ!」


 まるであたしのことを知っているかのような口ぶりにきょとんとしていると、そのお姉さんは照れ笑いしながら続けた。


「あ、失礼しました! その、うちのトレーナーがずっと気にかけているお客様がいらっしゃると聞いておりまして、その方の苗字が花園だったことを思い出してしまったんです」


「あ、あぁ……そういう事だったのね」


「はい! ですがその、私が聞いていた話ではこう、何と言いますか……」


 何かを言い淀むようなその反応に、あたしは首を傾げてしまう。

 すると、今度はあたしの背後の方から若い男性の声が掛けられた。


「お、今日も来てくれたんですね花園さん! こんにちは!」


「あ、こんにちは。丹野(たんの)トレーナー」


 耳に覚えのあるその声に、そう返しながら振り返る。

 そこにいたのは、あたしがお世話になっているジムトレーナーの丹野トレーナーこと、丹野(たんの) (つよし)さんが人当たりの良い笑顔を浮かべながら立っていた。

 高い身長を持ち、肩幅もある彼は立っているだけでちょっと圧があるんだけど、日々のトレーニングで鍛えられている腕や足の筋肉達が、その圧をさらに増幅させてるのよね。

 初めて会ってコーチングしてもらった時なんて、内心ビクビクしながらトレーニングさせてもらってたっけ。


 あたしを見下ろしながらニコニコとしていた丹野トレーナーだけど、ふとその笑みを引っ込めて、あたしをじっと見つめて来た。


「丹野トレーナー?」


「……あ、いや、何でも無いですよ。何となくですが、雰囲気が変わったなって思っただけです」


「そうですか? 特に変えたつもりは無いんですが」


「僕が言っている雰囲気は、外見的な雰囲気が変わったって意味じゃないんですよ。もっとこう、内面的と言うか、潜在的な部分で変化があったように感じられて」


「あ、やっぱり丹野さんもそう思います!?」


「やっぱりってことは、目白(めじろ)さんも?」


「そうなんですよ! だから来店してくださってからすぐには気づけなくって!」


 そのままあたしの変化について話し始めちゃう二人。

 あたし自身、特に何かあった訳でも無いし、変わったつもりも無いんだけど、そんな変わったように見えるのかな?


 ……そう言われてみると、一か月前くらいにも会社で似たようなこと言われたっけ。

 会社でって言うか、特に(あずさ)にだけど。



恋奈(れな)、なんかイメチェンした?』


『何もしてないけど?』


『そう? でもなんか前と違うって言うか、生き生きとしてるって言うか? なんかそんな感じがしたんだよね』


『どういうことよそれ。あたしが暗い人間だったって言いたい訳?』


『違う違う、そうじゃないってー! 上手く言えないんだけど、何だろう……あ、男でもできた?』



 あの頃はまた訳の分からないことをーとか思って気にしなかったけど、友人関係ですらないジムの人達に言われるってことはやっぱり、あたしが知らない部分で何か変わってたのかな。

 自分自身の変化って自分じゃよく見えないってよく言われるけど、まさかこんなに言われるなんてねぇ……とか思っていると、話の途中であたしがハブられていたことに気が付いたらしい丹野トレーナーが、申し訳なさそうに笑いながら声を掛けて来た。


「ごめんね花園さん! とりあえず、今日も体を動かしていくってことでいいんですよね? それなら、いつも通り着替えてきてもらえますか? 僕はいつもと同じように、サンドブースにいますので」


「分かりました。それじゃ、着替えてきます」


「はい。じゃあ目白さん、また」


「はい! お二人共頑張ってくださいー!」


 あたしは帰る時用のタオルを受け取り、更衣室へと向かうことにした。





 着替えを終え、サンドバッグが何本も立てられているトレーニングルーム――そのままの名称でサンドブースに入ると、軽快なBGMに合わせて女性トレーニー達がリズムよくサンドバッグに蹴りを打ち込んでいた。


 まぁキックボクシングのこのジムで、サンドバッグ相手に他にやることなんてパンチトレーニングくらいだけど。とか思いながら準備運動を始めていると、あたしを見つけた丹野トレーナーがこっちに来るのが見えた。


「お疲れ様です花園さん。今日は久しぶりですし、軽めのメニューから行きましょうか」


「はい、よろしくお願いします」


「最後に来たのが……あぁ、確か十一月末とかでしたね。だとすると二カ月ぶりなので、体もかなり固くなってるかもしれません。まずはしっかりと柔軟運動をこなしていきましょう」


 そう言って丹野トレーナーは、あたしをマットトレーニングスペースへと案内してくれた。

 ヨガマットを敷き、脚を広げて座るように促されたあたしは、そのまま指示通りにマットの上で足を開く。

 すると、丹野トレーナーは何故か驚いたような声を上げた。


「あれ、花園さん……かなり体柔らかくなってますね」


「え?」


 一瞬言われた意味が分からなかったけど、自分の体勢を見直してすぐに気が付いた。

 確かにそうだわ。キックボクシングだから股関節の柔軟性は必要とは言え、あたしは今までこんなに足が開いたことは無かった気がする。

 むしろこれ、ちょっと開き過ぎじゃない? 最早バレエの人並に開いてる気がするんだけど?


 自分の変化に戸惑っていると、丹野トレーナーが「ちょっと押しますね」と言いながら、あたしの背中に少しずつ体重をかけて来た。

 それに合わせてあたしは体を前に倒し――何の痛みも無く、上半身がべったりとマットについてしまった!


「え、あれ!? 嘘!? え、なんで!?」


「花園さん、苦しくないですか?」


「全然平気です! え、えぇ!?」


 訳が分からない。

 だってあたし、二カ月ぶりくらいにここに来たはずでしょ?

 その間なんて普通にOLして、会社と家を行き来してる日々だったはずなのに、こんなに急に体が柔らかくなることなんてあるの!?


 そのまま左右にも体を倒すよう言われ、背中を押してもらいながら試してみるけど、どちらでも膝にべったり体がつくレベルで柔らかくなっていた。


「あ、あの、丹野トレーナー! 人ってこんなに変わる物なんですか!?」


「……僕が知ってる限りではあり得ないですね。本当に何もしてなかったんですか?」


「してない、はずです!」


 絶対とは言い切れないけど、たぶん何もしてなかったと思う。

 と言うのも、ここ一か月のことははっきり思い出せるんだけど、二か月となるとちょっと記憶に自信が無かったりする。

 覚えてることは覚えてるんだけど、なんか夢っぽいって言うような、自分のことじゃないような、そんな違和感がある。


 でもあたしが覚えている記憶と、梓を始めとした会社の人達の言ってることが一致しているから、ほぼ間違いは無いと思うんだけど……。


「うーん、分かりました。とりあえずこれだけ体が柔らかいのなら、予定を変更しましょう。サンドブースで軽く流してみましょうか」


「分かりました」


 お互いに疑問を抱えながら、ヨガマットをしまって移動を開始する。

 って言うか、自分のことなのに何であたし自身が疑問を感じてるのよ。自分の体でしょ?

 なんて内心で自責していたけど、あたしがあたしのことを全く分からなくなるのは、この後すぐのことだった。

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