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836話 異世界人は引っかかる 【レナ視点】

 翌日のお昼頃。

 あたしは昨日考えていた通りに、一人で映画を見に来ていた。

 土曜の昼と言う事もあってそれなりに混んではいたけど、あたしが見ようとしている映画ではなく、何かのアニメの映画目的で来ている人が多いみたい。


「魔女と魔獣、ねぇ」


 魔女の女の子が大きな狼っぽい動物に抱き着いているポスターが目に入り、何気なく目を通す。

 映画のあらすじをざっくり見てみた限りでは、一緒に暮らしている狼が里帰りしたタイミングで、狼が帰郷した森が戦争に巻き込まれて大変なことになるところを、魔女の女の子が助けに行く……って感じらしい。


 そのままスマホで、どんなアニメかも調べてみる。

 動物界の常識しか知らない魔獣に、世間知らずの魔女が物を教えてあげるけど、どっちも世間には通用しなくてわたわたしながらも、一緒に暮らして成長していくハートフルストーリーの様だった。

 最近、こんな感じの動物をパートナーにしてる作品が多いような気がするわね。確か(あずさ)もこの前、世界最強の白猫に憧れて弟子入りする女の子のアニメを薦めてきたっけ。

 あんまり興味が無かったから見なかったけど、通勤ルートにある書店にポスターが貼ってあるのを見ることから、それなりに人気だったんだとかは思う。


 映画のチケットを買い、上映開始までの待ち時間をどうしようかとか思いつつ、フロア端のガラス張りの壁に近づく。

 三階から見下ろせる街並みでは、ショッピングを楽しんでいる人達や、寒そうに身を縮こまらせながらペットの散歩をしている人などが見えた。


 その中でも、特にあたしの目に留まったのは、毛並みがふっさふさのレトリーバーが散歩している姿だった。

 もちろん一匹だけで散歩してる訳じゃない。そのレトリーバーの飼い主さんは、一言で言えば超が付くほどの美人で、同じ女性としてあまり隣に立ちたくないタイプだと思ってしまった。

 横から見ても、モデルさんじゃないかと思えるほど整った顔立ちに、すらっと長い手足。レトリーバーとお揃いにも見える金髪をたなびかせながら歩くその姿は、周囲の人達の視線を独り占めしていた。


 それなのに、何故飼い主の人じゃなくて犬の方に目が行ってしまったかというと、ちょうど魔女と魔獣のポスターを見た後だったから、あの子の持つ毛並みが最高の手触りをしてそうとか思っちゃったのよね。

 長毛種独特の、歩くたびにふわふわと揺れるお腹周りの毛。楽しそうに揺らしている尻尾。パタパタと小刻みに跳ねている耳。そのどれもが、触ったら絶対気持ちいいと視覚から訴えかけてきていた。


 だけど何でだろう。あのレトリーバーを触っても、あたしは満足できないような気がする。

 もっとこう、もふもふでふさふさな手触りが身近にあったような気もするんだけど、それが何なのかイマイチ思い出せない。

 ぬいぐるみとかだっけ……と、その正体について思い出そうと頭を捻っていると、唐突に館内放送が流れ始めた。


『まもなく、五番ホールにて“白銀のドクター”を上映致します。チケットをお持ちのお客様は、お早めにご入場くださいますようお願い致します』


「あ、もうそんな時間なの!?」


 ぼんやりと犬を見ていたら、あっという間に上映時間が迫って来ていたみたいだった。

 あたしは急いで飲み物とポップコーンを買い、五番ホールへと向かうことにした。





 結論から言うと、やっぱり泣けるお話でいい映画だったと思う。

 失敗ができない状況での手術シーンとかは緊張感凄かったし、他の先生が匙を投げた患者に対して最後までやり遂げたシーンなんて、鼻をかまないといけないくらい泣いた。


「白井先生、ちょー良くなかった!?」


「分かる!! あの、“目の前の命を救わないで、何が医学の道ですか!?”ってとこ! めっちゃカッコよかったー!!」


「それそれ! オペ続きで体も限界なはずなのに、フラフラになりながらも手術を成功させるとこ! 白井先生の優しさと覚悟が詰まっててよかったよねー!」


 ちょうどあたしと同じ回を見ていたらしい女の子二人組が、そんな感想を語り合いながらあたしの横を通り抜けていく。

 分かる。分かるわ。あの自分を犠牲にしてでも他の人を救おうとするシーン、ホントに泣けたもの。

 結局、全員助けた後に過労でしばらく倒れちゃうんだけど、そこも含めてやり切ったって感じがあって良かった。


 そんな余韻に浸っていると、ふと脳裏に銀髪の女の子の姿が浮かび上がった。

 顔はモザイクが掛かったようにはっきりしないけど、今さっき見て来た“白銀のドクター”こと白井先生にどこか似てる気がする。

 髪の長さとか体型とかは全然違うんだけど、何て言うか、誰かを助けたいっていう思いは人一倍強い部分が似てるって言えばいいのかな。


 ……って、何考えてんのあたし。そんな子知らないし、そんな風に誰かを強く想う人なんて、今まで会ったことも無いのに。

 映画の余韻が謎の思考に潰されたような気がして、ちょっと憂鬱になりながらも、ポケットからスマホを取り出そうとすると、家の鍵まで一緒に落ちてしまった。


「……あれ?」


 すぐに拾い上げようとして、鍵を手に取ったあたしはピタリと動きが止まった。

 あたし、こんな綺麗な桜のキーホルダー着けてたっけ?


 めちゃくちゃ繊細なガラス細工のようにも見えるし、宝石と見間違えてもおかしくないような輝きを放つ、桜を模したキーホルダー。

 桜は大好きだけど、こんな高そうなキーホルダーは自分では買おうとは思わないはず。

 ってことは、誰かから貰ってそのまま付けっぱなしにしてるんだと思うけど、だとしたら誰だっけ?


 空に透かしながら考えてみるけど、何も浮かんでこないどころか、そのキーホルダーの輝きが綺麗すぎて全然頭が回ってくれない。

 まぁ、出てこないものをいつまでも考えてても、どうしようもないわよね。

 あたしは鍵とキーホルダーをポケットにしまい直し、気分転換に体を動かそうとお世話になってるジムに行くことにした。

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