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3話 ご先祖様はおもちゃを見つける

 見た目の年齢は、レナさんと同い年くらいか少し上でしょうか。ふわふわとした長い桃色の髪の上には、本で読んだうさぎのような白い耳がありました。

 彼女達が着ている服装は、この前フローリア様が持ち帰った異世界の雑誌に載っていた「アイドル」という職業の女の子が着ていたようなもので、雲のような白いドレスと、それに彩を沿える赤がどこかショートケーキを彷彿とさせます。


 私は彼女達は新しい獣人の子かと思いましたが、エミリのように人の体に動物の耳があるので、恐らく違うのでしょう。


 その子達は揃って足をもつれさせて地面に倒れ込みましたが、すぐさま額を地面に擦り付ける勢いで謝り始めました。


「すみっ、すみませんでした!! 悪気は全くなかったんです! ホントです!」


「まだ死にたくないんです!! ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!!」


「ど、どうか……命だけは、命だけは! なんでもしますからぁ!!」


 泣きながら謝り続ける彼女たちは、シリア様が放っていた魔力に怯え切ってしまっているようでした。

 体と声を恐怖で震わせながらも必死に謝る姿に、私は申し訳なさすら感じてしまいます。


 ですが、シリア様は当然の態度だと言わんばかりに鼻を鳴らすと、ようやく魔力圧と爆炎魔法を消し、腕を組みなおしながら口を開きました。


「ふん。初めからそうやって、素直にしておればよかったものを。して、兎人族が妾に何の用じゃ」


『兎人族……?』


 初めて聞く種族名に首を傾げると、シリア様が彼女たちの耳とお尻に生えている小さくて丸い尻尾を指さしながら教えてくださいました。


「そこの者らの種族じゃ。兎が進化を遂げて人の姿を持つようになった、亜人種の一種じゃよ。村の連中よりは人に近しい種族じゃが、耳と尻尾はどうしても残るが故に人ではないと区別されておる」


 森の獣人族や、人狼種のエミリといった亜人種はそれなりに見ていたつもりでしたが、亜人種の種類はまだまだ多いようです。


「昔と言っても妾が生きていた時代じゃが、こやつらを始め亜人種は人の劣等種族として扱われておってな。それ故に奴隷として、それはもう酷い扱いを受けていたものじゃった。今はどうか知らんがの」


『奴隷、ですか』


 塔の中にはそこまで昔の文献が無かったので、初めて知る歴史です。魔女とは言え私も人間な訳ですし、自分のやったことではなくとも少し負い目を感じてしまいます。

 そんな私の考えを読み取ったのか、シリア様は「お主が気に病むことなどない」と呆れながら笑いかけてくださいました。


「流石魔女様です、大変よくご存じで……」


「世辞などいらぬ。して、単刀直入に聞くが、お主らは妾に何の用があって見張っておったのじゃ?」


 シリア様の言葉に三人は顔を見合わせ、真ん中の兎人族の子を筆頭に、凄く気まずそうに話し始めました。


「話すと長くなりますが……。その、私達は最近まで魔族領の南方で庇護して頂きながら生活していたのですが、人間領との境目だったこともあって、時々戦争が起きることがあったんです」


「いつもはあまり大事にはならなかったので、戦時中でも比較的いつも通り生活できていたのですが、少し前に起きた大規模の戦争で街にも被害が出てしまって、私達亜人種を捕らえて戦力にしようとする人間が押し寄せてきまして、街を離れざるを得なくなったのです」


「庇護していただいていたと言っても、その街の領主様が優しかっただけで、他の街はとても頼れる状況ではありませんでした。魔族領の奥にも逃げられず、かと言って人間領に行こうものなら自分から捕まりに行くようなものですし、どうしようもないと思った末に、どっちに転んでも死ぬならと不帰(かえらず)の森に飛び込んだのです」


「月喰らいの大熊も出るし、魔獣も桁違いに強くて危険しかないと言う森だけど、捕まって惨めに死ぬくらいならと思っていたのですが、入って見たら思ってたより穏やかな森だし、果実もあちこちで実ってるしで過ごしやすいなと感じてたんです」


「そこへ、賑やかなお祭りの音と一際強い力を感じまして、もしかしたらこの森を統率している人がいるのかも……と思って、遠巻きから見ていただけなのです。嘘じゃないです! 本当です!」


 瞳を涙で潤ませ、信じて欲しいと訴えかける彼女達の話の限りでは、嘘はないように見えます。魔導連合でこの森の話が上がった時もざわめきがありましたし、私に実感がないだけで、ここの森の危険度は相当高い物なのでしょう。

 そこへわざわざ危険を冒してでも逃げ込んだというのは、とても中途半端な気持ちではできることでは無さそうです。


 シリア様を見ると、頭を抱えながら深く溜息を吐いていました。


「やれやれ……。二千年経ったと言うにも関わらず、人間は進歩が無いのぅ」


『シリア様。彼女達は本当に悪気は無かったのだと思います』


「そんなことは分かっておる。それに、一際強い力に警戒していたというのも無理はない。もう森の者らは慣れたようじゃが、皆がお主を初めて見た時に委縮しておったじゃろう?」


『そう言えば確かに、当時は魔女と名乗った瞬間に、皆さんが血相を変えて怖がっていたような気がします』


「久しく忘れておったが、それほどお主の保有している魔力量は、妾のリソースも引き継いでいるが故に異常なのじゃよ。その証拠に、あれだけ魔力を無駄遣いしたのにお主の体には疲労感は微塵もない」


「あ、あの……魔女様? その、先ほどからどなたとお話しされているのですか……?」


「ん? あぁすまぬ、気にせんで良い。単なる独り言じゃ」


 兎人族の子からの疑問に、ひらひらと手を振って何でもないと答えるシリア様。そのまま彼女達へと振り返り、咳払いをしてから言葉を続けました。


「お主らがどのような経緯でこの森に来たのか、なぜ妾を見ていたのかは概ね分かった。じゃが、悪意はないと言えども、見知らぬ者に見張られていたというのは気分が悪い。それは分かるな?」


「はい……。それについては、私達で出来ることがあれば何でもしますので、許していただければと思っています」


「ふむ……何でも、とな」


 そう言いながらシリア様は顎に指をあてて、考える素振りを見せます。しばらく考えた末に、「そう言えば」と何かを思いついたように尋ね始めました。


「先ほどの話じゃが、魔族領で庇護してもらっていたと言っておったな。如何に魔族領の優しい領主とはいえ、無条件で縁もない種族を受け入れるとは思えぬ。お主らは何を対価として糧を得ていたのじゃ?」


「私達兎人族は、昔から人を楽しませる代わりにお金や食料などを頂いて生活していました。歌や踊りを始め、娯楽の提供が私達に唯一できる価値の提示です」


「ほぅ、娯楽か……。うむ、ちょうどよいやも知れぬな」


 兎人族の子からの回答を得たシリア様は、一人で頷いています。

 歌や踊りが得意と言うことは、恐らくお祭りやイベントなどで盛り上げられるということなのでしょう。彼女達の愛らしい見た目を利用した踊りは間違いなく人目を惹くでしょうし、可愛らしい声から奏でられる歌は気持ちを高揚させてくれるかもしれません。


 そこまで考えて、ちょうど今日は村の皆さんにお祭りを開いていただいていたことを思い出しました。

 私が気が付いたのを見たシリア様が、「シルヴィも気づいたか」と小さく笑っていました。


「ちょうど今日は、森の住人らで祭りを催しておる。宴の席には踊り子や酌の相手をする者が必要なのじゃが、如何せん人手が足りてないようでなぁ」


 シリア様がやや困ったような演技をしながら「どうしたものか」と呟くと、兎人族の子達が一斉に声を上げ始めました。


「あ、あの! 私達、街ではお祭りの時によく踊ってました! 歌も得意なので、きっとご満足させられると思います!」


「お酒の酌取りも得意です!」


「お酒の席で、お話の相手もできます! 何時間でもお付き合いできます!」


「くふふっ! 急に目を輝かせおって、面白い連中じゃな。ならば、妾に付いてくるがよい。宴を盛り上げることが出来たのならば、此度のお主らの行動は水に流してやろう」


「あ、ありがとうございます!!」


「兎人族の誇りに掛けて、絶対ご満足いただけるよう頑張ります!」


「うむ、期待しておるぞ。……して、お主らは三人のみで森に来たのか? 他にもいるならば、人数を把握する意味も併せて共に連れて行こうと思うのじゃが」


「今は探索のつもりで少数で行動していましたが、少し離れたところで仲間達が待機しています」


「そうか。ならばそ奴らも連れて来るがよい。妾はここで待っていてやるが故、なるべく早めにな」


 シリア様の言葉を受け、兎人族の子達は勢いよく立ち上がると、綺麗に揃って頭を下げました。顔を上げた彼女達は「すぐに戻ります!」と声を揃えて言うと、走って森の奥の方へと向かって行きました。


 兎人族の子達の背中を見送りながら、シリア様が楽しそうに笑います。


「随分と可愛らしいおもちゃ……いや、住人が増えそうじゃな」


『おもちゃですか……』


「細かいことを気にするでないわ。さてさて、あ奴らの余興が楽しみじゃのう……くふふっ」


 心底からかって楽しんでいるシリア様を横目に、私は内心で彼女達に同情するのでした。

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