833話 女神様は心配 【フローリア視点】
たまたま大神様のお使いで地上に降りていたスティアは“神堕とし”の影響から逃れたけど、大神様は基本的には天界から動けない以上、誰よりもその被害を受けてしまっていた。
とは言っても、神格が崩れるほどには影響が出ないように調整したみたいで、大神様自身の神力はギリギリ保たれているみたい。
でも、前のロジャーくんから受けた不意打ちや、プラーナちゃんがシリアに撃ったあのビームみたいなのを受けたら、あっさり存在が消えちゃうくらいには弱ってることは間違いなかった。
そんな大神様だけど、こうしてのんびりお茶を楽しんでるところを見ると、それも織り込み済みだったのかな? なんて思っちゃう。
「ねぇ大神様? レナちゃんの世界の神様からは、まだ承認みたいなのは来ないの?」
「まだまだ来ないでしょう。私達の世界の事情を伝え、それらを吟味した上での判断です。少なくとも、あと一か月以上は掛かると見ていいでしょう」
「えぇ~!? レナちゃぁん!!」
「元はと言えばフローリア、あなたがレナを連れてこなければこんなことにはならなかったんですからね?」
「でもレナちゃんがいなかったら、ソラリアがもっと力を蓄えた状態で世界を改変してたじゃない」
「フローリアの言う事に一理あります。レナは巻き込んでしまったとは言え、今ではソラリアに対抗できる切り札の一つ。あと二か月以内に、何としてでも連れ戻さなくてはなりません」
大神様の言う通り、次のシルヴィちゃん奪還作戦には必ずレナちゃんの力が必要になる。
レナちゃんが使う憎悪の力もそうだけど、何よりも操られているシルヴィちゃんを呼び戻すために、レナちゃんという存在が必要なのよね。
「はぁ……。操られて魔力を捧げさせられ続けているシルヴィちゃんも心配だけど、今こうしている間にも存在が消える可能性が高いレナちゃんが心配だわ……」
「それに関しては、見積よりももう少し余裕はあるでしょう」
「え、本当!?」
ちょっと希望が見えたと大神様に顔を向けると、大神様は私に微笑みながら答えてくれた。
「シルヴィが最後に放った魔法を覚えていますか?」
「シルヴィちゃんが? う~ん、何か使ってたかしら」
「あの金色の粒子みたいなのを、世界中に振りまいていたでしょう?」
「あぁ~! あれ、魔力の衝突で発生したものじゃなかったのね!?」
てっきりシルヴィちゃんの盾が破られた時に、魔力の断片として霧散していく現象だと思ってたけど、ちゃっかり何かしてたのね。流石はシルヴィちゃんだわ!
「あれの効果は恐らく、個人の存在を確立させ続ける保護魔法です。そのおかげでお前を始めとした、地上に降りていた神々は“神堕とし”の影響から逃れ、異世界へ戻されたレナ達は存在を消された世界でも活動ができている。自分がいなくなった後の世界でも、皆を守りたい。そんな優しさに満ちた彼女だからこそ成せた、最後の魔法なのでしょう」
「本人も行使した記憶は無いでしょうね。本当に、無意識で魔法を使う魔女は危険すぎます」
「もし危険性が高ければ、その時はシリアが何かしらの手段で止めるはずです。そのために【魔の女神】の座を与えたのですから」
シルヴィちゃんのおかげで、レナちゃんは今も存在を消されずに向こうの世界で生きていられる。
もう魔女の域をさっくり超えているその魔法に驚いちゃうけど、シリアの先祖返りでソラリアの力を持ってるっていうイレギュラー中のイレギュラーが生んだ奇跡なのかもしれないわね。
「ですが、如何にシルヴィの保護魔法とは言えども、三月末までは持たないでしょう。持って二月末……いえ、三月中旬が限界でしょうか」
「それじゃあ早めに迎えにいかないと!!」
大神様はコクリと頷き、私を見据える。
「そのためにも、こうして手続きを踏んでいるのです。私も出来うる範囲でレナを迎えに行ける手筈を整えるので、お前もいつでも迎えに行けるように準備はしておくように。あと、次に勝手に異世界渡りをしようものなら、今度はお前の神格を取り上げますからね」
「き、気を付けます……」
「気を付けますじゃねぇんだよ! お前が異世界に遊びに行くたびに大神様はなぁ!!」
まーたスティアの猫が剥がれちゃった。
ぎゃあぎゃあと捲し立てる声を聞き流しながら、夕暮れ色に染まる空を見上げる。
レナちゃんの世界でも、今はきっとお日様が沈み始める頃。魔法が存在しないあの世界で、存在を消されたあの世界で、レナちゃんは今頃何をしているのかしら。
シルヴィちゃんの存在保護魔法と言うので、かつての存在を掘り起こしてもらえているのかしら?
それとも、ソラリアみたいに誰にも認知されない世界を彷徨っているのかしら。
不安と心配で胸が押し潰されそうだけど、レナちゃんならきっと生き抜けるはず。
だってレナちゃんには、私が付いているんだもの。
――絶対に迎えに行くからね、レナちゃん。
そう決意し直したタイミングで、話を聞いていないと思われたスティアからの頭突きが私のおでこを襲った。




