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830話 ご先祖様は魔王様を休ませたい 【シリア視点】

 人気の無い場所で転移を行使し、魔王城内部に直接移動すると、城内は祭りかと思うほどに騒がしかった。


「伝令です!! 国境の戦線を押し上げていた第三部隊が、王家より派遣された死神兵と交戦! 負傷者多数とのことです!!」


「第五部隊、急ぎ援護に向かいなさい! 医療兵は第三部隊の回収と手当を!!」


「「はっ!!」」


「それと、第一部隊に出陣許可を出しますわ! 待機させているシュタールを筆頭に、一体でも多くの死神兵を倒しなさい!!」


「伝えて参ります!!」


 慌ただしく出入りする魔族の兵を横目に、珍しく仕事をしておるレオノーラに声を掛ける。


「今日は一際、忙しないようじゃな」


「貴女のせいでしてよ!?」


 クワッと目を剥いて怒鳴られた。そこまで気を荒立てることも無かろうに。


「して、こっちの首尾はどうじゃ」


「どうもこうも、気が休まる日がありませんわ。貴女の言う通りに、国境を中心として散発的に小競り合いを仕掛けておりますけど、あの死神兵が唐突に出てきては戦場をかき乱してきますのよ? その都度対応に追われ続けるせいで、頭がどうにかなりそうですわ」


「くっくっく! よもやお主、自分の頭は正常だとでも言いたいのか?」


「貴女よりよっぽど健常でしてよー!!」


 よほど苛立っておったのか、レオノーラの奴は妾に八つ当たりをするかの如く、闇の炎弾をいくつも放って来おる。

 それを笑いながら打ち消し、労いにと持参した菓子をくれてやった。


「ほれ、たまには休息も取るべきじゃ。人は甘味を食すことで心労を和らげることができるからの」


「まぁ、貴女から差し入れだなんて珍しいですわね。明日は雪でも降らせるつもりですの?」


「阿呆。妾が降らせては何にもならんじゃろうが」


「うふふ! 天候を変えるほどの魔法を使おうものなら、一発で居場所が割れてしまいますものね」


 レオノーラはクスクスと笑うと、缶のケースを開け、一口大のマフィンを頬張った。

 その味に顔を綻ばせるレオノーラは少女のようにも見えなくは無いのじゃが、少女としては分不相応なくまが目の下に出来上がっておった。


「お主、最後に寝たのはいつじゃ」


「んー……。二日? いえ、三日? やることが多すぎて覚えてませんわ」


「何をそんなに抱えておる。妾はひとつしか頼んでないはずじゃが?」


「兵を動かすと言うことを、簡単に言わないでくださいまし。その兵の進軍状況や負傷数、疲弊の度合い、物資の補充のための人員確保など、指揮する側からすればタスクは山積みでしてよ?」


「それがおかしいのじゃ。何故お主が全て見る必要がある? 部下に分散するべきと言うよりは、王であるお主は最終的な判断だけすればよかろう」


 妾の疑問に対し、レオノーラはマフィンを頬張りながらマジックウィンドウを表示する。

 その指先が示すものは、各地で戦闘を行っておる魔族軍の様子じゃった。


「……っぷは。我が軍は昔から、血気盛んな魔族が多いのです。会議に出るような研究者気質の部下も、こういった(いくさ)の場になると、自分の研究成果が花開くかどうかを見に行ってしまうのですわ」


「やれやれ。それで残されたお主が指揮を執らざるを得んという訳か」


ほー言う(そう言う)ほほへふわ(ことですわ)


 食べながら喋るでないわ、この物臭(ものぐさ)め。

 じゃが、如何に魔王と言えども、常に戦況を監視しつつ指揮を執り続けるともなれば、どこかで無理が出てくるじゃろう。

 癪ではあるが、元はと言えば妾の無理がきっかけじゃ。ちと手を貸してやるとするかの。


「どれ、妾が半分見てやろう」


「んぐ……。貴女、兵の指揮を執った経験はありまして?」


「ある訳無かろう。妾は魔女であり女王だったのじゃぞ? そんなもの、宰相や軍師の仕事じゃ」


「なら――」


「じゃが、兵の指揮と言えども突き詰めれば自身の戦と何ら変わらん。妾が攻め込みたい箇所、敵が脆い箇所を常に見極め続ければいいだけじゃろう?」


「簡単に言いますわね。では、第二部隊と第六部隊の様子を見つつ、指揮を出してみてくださいまし」


「うむ。そうじゃな……」





 レオノーラから兵を一時的に預かってから、約ニ十分足らず。


「あ、あり得ませんわー!!!」


「だから言ったじゃろう? 何ら変わらんと」


 一見不利そうに見えた戦況はあっさりと覆り、魔族軍の戦線が少し上がる形となった。

 まぁやろうと思えばさらに押し上げられそうではあったのじゃが、あくまでもこの戦いの狙いは、“外部から攻め込もうとする魔族から人間領を守らせる”という消耗が目的じゃからな。

 こちらが激しくなれば内側が手薄になる。内側が手薄になれば、コレットやセイジらがより動きやすくなる。そうすれば、妾の下にも情報が多く入ってくる。簡単な仕組みじゃ。


「貴女、【魔の女神】なんて辞めて【戦の女神】に変えた方がよろしいのではなくて?」


「嫌じゃ。汗臭そうじゃしな」


「本物の戦神に失礼だとは思いませんの?」


 じとっと睨んでくるレオノーラを小さく笑い、妾はぱたぱたと手を振り、レオノーラを追い払おうとする。


「くだらん話をする暇があれば、仮眠でもしてこい。明日の朝まで程度なら、妾が見ておいてやろう」


「はぁ~……。本当に嫌な魔女ですわ。貴女のその頭の良さも、神々同様に弱体化させられれば良かったのに」


「たわけ。妾の頭が回らなくなった日が、世界が終わる日じゃ」


「どれだけ自己評価が高いんですの? ……ふわ~ぁ。何か緊張が解けた瞬間、どっと眠気が来ましたわね……」


「風呂は入れよ。ミオやミナは残しておるんじゃろ?」


「いますわ。今は清掃中だったと思いますけど……」


 ふらふらと政務室を出て行くレオノーラに苦笑しながら、その背を見送る。

 扉が閉まったのを確認し、改めて視線を複数枚のマジックウィンドウへ戻すと、今度はシュタールの奴が死神兵を相手に大立ち回りをし始めておった。


「派手に暴れ、注意を惹き、その裏を取るか。悪くない作戦じゃな」


 この一か月暴れ続けておる魔族の連中を胸中で労いながら、妾は指揮の代理を執ることにした。

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