824話 ご先祖様達は許し合う
胸を貫かれたソラリア様はぐらりと体勢を大きく崩しかけましたが、なんとかその場に踏み止まり、背後にいたプラーナさんへ大鎌を振るいます。
しかし、魔力も込められていないそれは、容易く防がれてしまっていました。
「確かに我々と貴女の関係は、利害が一致しているというのみの関係性でした。ですが、我々は世界を滅ぼしたくて行動していた訳ではありません」
「世界が滅びれば、こ奴らの目的である“地位の復権”が成されぬからのぅ」
「世界を滅ぼし、貴女自身も身を滅ぼすという破滅願望に、我々は付き合うことはできません。そのため――」
プラーナさんは空へと手を高く伸ばすと、パチンと指を鳴らしました。
それを合図として、小さな突風がオルゲニシア山脈全域へと広がっていきます。
「これ以上の支援は打ち切らせていただきます」
「お前ぇ……!!」
プラーナさんの一言にソラリア様が怒りを露わにし、大鎌を振るってかまいたちを発生させますが、今までのそれと比べると大きく威力が落ちているのが分かります。
「シリア様」
微動だにしないまま、かまいたちを防いだプラーナさんは、突然シリア様へと呼びかけました。
その呼びかけに応じるように、シリア様が杖の柄で地面を強く突きます。
「破邪の光よ――ディスペル・オールワイド!!」
何故解呪の魔法を……と疑問を抱いた直後、先ほどのプラーナさんの突風とは比べ物にならないほどのそれが吹き荒れました!
飛ばされないようにと身構えて耐えること数秒、解呪の光を伴ったその突風は徐々に勢いを弱めていきます。
「これで貴様の魔力リソースは途絶えた。観念せよ、ソラリア」
シリア様のその言葉を受け、私は改めてソラリア様の魔力を注視します。
今までは内側から溢れ続けているように見えていた彼女の魔力は、すっかり弱々しい物となっていて、魔力の残量もさほど多くないように見受けられます。
恐らく、プラーナさんを始めとした魔術師全員に掛けられていた魔力と生命力を吸収する呪いが解かれたことで、彼女を支えていた物が失われたのでしょう。
現に、怒りで顔を赤く染め上げているソラリア様ですが、これまでのように闇雲に魔力を使わないどころか、すぐ近くにいるプラーナさんにさえも攻撃を仕掛けようとしていません。
シリア様が現界し続けるためにも私の魔力が必要となるように、ソラリア様も自身の存在を維持し続けるために魔力が必要となるはずです。それが絶たれてしまった以上、彼女はそのリソースを自身の存在確保に回さざるを得ないのです。
「プラーナお前、あれほど憎んでいたシリアに媚び売り始めるとか、どういうつもりよ!?」
「媚を売る? 仰っている意味が分かりません」
「何をあっさりと手の平返してんだって聞いてんのよ!!」
大鎌を大きく振るい、プラーナさんを切り裂こうとしたソラリア様ですが、あっさりと避けられてしまっていました。
そのままプラーナさんはシリア様の一歩後ろへと降り立ち、静かに答えます。
「私はこれまで、己の中の復讐の炎を燃やしながら生き続けていました。全ては【偉才の魔女】シリア=グランディアを超えるため。ですが、その炎の原動力は別にあったと思い知らされたのです」
「プラーナを突き動かしておったものは、承認欲求じゃ。他に蔑まれ、他に突き離され、憧れでもあった妾からも見放されたこ奴は、誰かに認めてもらいたいその一心で研究を重ねていた。その研究成果を妾は認め、過去の過ちを互いに許し合うことで清算したのじゃ」
「は……? 何よそれ、謝られたから許したっていうの? お前が復讐に燃え、その思想に賛同した魔術師がどれだけいて、どれだけ死んでると思ってんのよ!? そんな身勝手、許されるはずが無いわ!!」
「えぇ、到底許されるものでは無いでしょう。ですが、それでも私は皆へ説明する責任を果たし、魔女と共存できる世界を目指そうと改めて誓ったのです」
「如何なる非難も、妾達は受け入れる。投げつけられる石でさえも、己が罪として甘んじて受けよう。その上で、妾達は新たな時代を作り上げるのじゃ」
「その未来を閉ざそうとするのであれば、貴女は私達の敵であり、世界の敵です」
プラーナさんはそこで言葉を切ると、スッと瞳を開けながら「故に」と続け、シリア様と声を重ねました。
「世界を滅ぼそうと言うのであれば、この世界を生きる者として受けて立ちましょう」
「世界を滅ぼそうと言うのであれば、この世界を導く者として受けて立とうぞ」
「何なのよ、それ……。何なんだよお前ら!! そんなことあって良いはずがない! 利用するだけ利用して、利用価値が無くなったら捨てるだけのくせに!!」
ソラリア様から莫大な魔力の高まりを感じます。
恐らく、これが彼女の全てを賭した全力の一撃となるのでしょう。
私はふらつく体に鞭を打って立ち上がり、シリア様の隣へ立ち並びます。
「利用価値があるから手を取りあうだけなんて、あまりにも悲しすぎます。互いに認め合い、助け合い、時には競争していく。それが、正しい関係では無いのでしょうか」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れぇ!! お前ら人間はいつだってそう! 都合のいい言葉ばかりを並べて利用して、都合が悪くなった途端に突き離す!! お前らみたいな種族がいるから、あたしはぁ!!!」
「確かに、世の中には他者を利用している悪い人も少なからずいます。ですが、その人達とも言葉を交わすことができます。何故そうしてしまったのか。他に道は無かったのか。それらを知り、許すことで新しい道が開けていくのではないのでしょうか」
「世の中もまともに知らないお前に、あたしの何が分かる!?」
ソラリア様から放たれる魔力が、より一層強くなりました。
空気がビリビリと震え、彼女の背後に赤い月が浮かび上がるかのようです。
恐らく、私の役目はここでしょう。
私は深呼吸をし、シリア様達に顔を向けます。
「行ってきます、シリア様」
「うむ。……必ず、迎えに行くからの」
母が子に向ける笑みと言うものがあれば、きっとこんな顔なのでしょう。
優しく微笑むシリア様に笑みを返す私に、プラーナさんが静かに口を開きました。
「“神の器”シルヴィ=グランディアさん。貴女にも、多大な迷惑をお掛けしました。全てが終わった後、改めて謝らせてください」
「色々ありましたが、きっと分かり合えると思っていたので大丈夫です。どうか、シリア様や皆さんをよろしくお願いします」
「えぇ。必ず、皆と力を合わせて貴女を救い出すと誓いましょう」
その言葉だけで、シリア様から概ねの話を聞いていたのだと理解することができました。
私はプラーナさんにも笑みを向けてから、改めてソラリア様へと対峙するべく、フェアリーブーツで空へと飛び上がりました。
 




