809話 魔女様は大魔導士達と言葉を交わす
まず始めにと、比較的近くにいた魔導連合の面々に声を掛けに行きます。
こちらも全身切り傷だらけではあるものの、明るく笑い飛ばしているネフェリさん。
魔力切れから何とか立ち直り、人使いが荒いと不貞腐れているエリアンテさん。
そんな彼女達の活躍を静かに褒めていたラティスさん。
そこへ、自分も大活躍だったと主張しているリィンさんがいて、何とも賑やかな様子でした。
「皆さん、お疲れ様です」
「ん? おー、シルヴィ! レナの方はもういいのか?」
「はい。あとはポーションで治せるからと言われてしまいました」
「ははは! シルヴィのポーションはすげー効くって噂だからな! あ、ならあたしにも一本くれよ。どんなもんか見ておきたくてさ」
「ネフェリ。それはまた今度でもいいでしょう」
「えぇー? でもラティス様、シルヴィから直々に貰えるのなんて、この先しばらくないぞ?」
「……そう言われるとそうかもしれません。私も一本貰っておきましょうか」
「シルヴィ、リィンにもください。事後の体力回復にも効きますよね?」
「さらっと何言ってんのリィン様!? って言うか、ラティス様まで乗っちゃったら止める人いなくなりますけど!?」
リィンさんの後半の質問は聞かなかったことにして、小さく笑いながら皆さんにポーションをお配りします。
市販されている物よりも色味が薄い私のポーションを手にしたネフェリさんは、持ち上げたり揺らしたりしながら、興味深そうに言いました。
「これがシルヴィのポーションかぁ。何て言うか、色が薄いから効き目も薄そうに見えるな」
「一般的な物は薬草から作られているようですし、作り方も魔術師の方々が教えていたそうなので、違いが大きく見えるのも無理はないと思います」
「そう言えばあれも、魔術師が作ってたんだっけなぁ……。お、でもこっちのはいい匂いだ」
「え、今飲むのネフェリ?」
「飲むために貰ったんだろ?」
「いやいや、そんなかすり傷で飲むような物じゃないでしょ!? セリに見てもらえばすぐよすぐ!」
「つっても、あたしだってあの脳筋に付き合わされてあちこち痛いんだよ。あー、もう無理だ。今飲まないと死ぬー」
「死んでもいいですよ? その時はリィンの手下兼夜伽のオモチャとして起こしてあげますので」
「ははっ、死んだ後のアフターケアも充実ってか? 魔導連合はブラックだなぁ」
「突っ込むとこそこじゃないでしょ……」
いつもは周囲を振り回すエリアンテさんも、この面々を前にするとツッコミに回らざるを得ないのですね。何だか新鮮な発見です。
くすくすと笑いながらネフェリさんがポーションを飲むところを見ていると、頃合いを測ったようにラティスさんが口を開きました。
「これからのことを考えて、心境穏やかではいられないものと心配していましたが、その様子なら問題は無さそうですね」
「正直に言えば、とても不安です。ですが、やると決めた以上は逃げるわけにもいきませんし、私にしかできないことですから」
ラティスさんの目をまっすぐ見て答えると、彼女は優しい顔をしながら私の帽子を外し、そっと撫で始めました。
「ら、ラティスさん?」
「……今のあなたの目は、昔のシリアに似ています。自分がやると決めたことに、どこまでもまっすぐで、芯が強い目をしています。あなたならきっと、上手くやれるでしょう」
「私は、シリア様のようにはなれません。ですが、シリア様の背中を見ながら前に進むことが、今の私にとって大切なことだと思っています」
「それで構いません。誰かのようになりたいと高く目標を持つことが、あなたを成長させる何よりの糧となるのですから」
「はい。――ひゃん!?」
いつにも増して優しいラティスさんと微笑み合っていると、パンッと私のお尻を誰かに叩かれました!
後ろを振り向くと、手の感触を確かめるように開閉しているリィンさんがいました。
「予想通り、柔らかくていいお尻をしていますね。服の上からでも分かる、いいお尻です」
「な、何故叩かれたのですか!?」
「何故って、そこにお尻があったからですけど?」
全く理解ができません。
別に私である必要もないのでは……と反応に困っていると、今度はバシッと背中を叩かれました。
「いたっ」
「それと、シリア様を目指すのならもっと背筋を伸ばすべきです。もっとこう、胸を押し出すように張って、顎も引いてください」
「うっ……! わ、私が目指しているのは姿勢では無くて、シリア様の在り方と言いますか……」
「何事も形から入るとすんなり馴染むものです。ほら、シャンとしてください」
「わっ、分かりました! 分かりましたから叩かないでください!」
バシバシと叩かれながら姿勢を矯正され、ラティスさんにも笑われてしまいました。
一体何がしたいのでしょうかと、溜息交じりに帽子を被り直していると、リィンさんは満足そうに頷きました。
「ではそのまま、軽く神力を使ってください」
「神力ですか?」
「そうです。姉弟子に口答えするつもりですか?」
「そう言うつもりでは無いのですが……」
もう何を聞いても答えてくれなさそうです。
とりあえず、リィンさんに言われた通り使うことにしましょう。
瞳を閉じて精神を集中させ、シリア様の神力を発動させます。特にこれと言って魔法を使う予定も無いので、ただ活性化させただけですが、どうやらそれだけで十分であったようでした。
「……うん。見た目だけならシリア様に近くなりましたね」
「え?」
「あ、もういいですよ。貴重な神力を無駄遣いしないでください」
無茶苦茶な……と苦笑する私に代わり、ラティスさんがリィンさんへ尋ねます。
「もしかしてリィン、あなたなりの激励のつもりですか?」
「そうですよ? シリア様のようになりたいと言っていたので、リィンからアドバイスをしていたつもりです」
「はぁ……。今のでは欠片も伝わりませんよ」
溜息を吐いたラティスさんは、私にも分かるように説明してくださいました。
「リィンの言いたいことを要約すると、シリアの本当の強さは魔法の技術だけではなく、心の強さだと言う事です。不安を感じたり、弱気になると、それは体や魔力にも顕著に表れます。それを出さないためにも、何が起きても前だけを見てろと言いたいのでしょう」
「流石はラティス様ですね。リィンのことをよく分かっていらっしゃる。あとは夜のリィンのことも知ってもらえれば――ひっ!!」
また不要な発言をしそうになったリィンさんの首元に、略式詠唱で召喚されたラーグルフが添えられました。
「私は夜になると、多少荒っぽくなると言われたことがあります。どの程度荒くなるのかは自分でも把握していませんが、この際確かめてみてもいいかもしれませんね」
「す、すみませんでした……!」
ラティスさんはにっこりと笑い、ラーグルフを虚空へ溶かします。
それと同時に腰が砕けてしまったかのようにへたり込んだリィンさんは、何故か頬を赤く染めながら体を抱きしめていました。
……もう彼女については触れない方がいいでしょう。
「さて、シルヴィさん。そろそろ他の人に挨拶をした方がいいのでは?」
「そうですね。では、そうさせていただきます」
ぺこりと頭を下げた私に、ラティスさんは柔らかく微笑みながら頷きました。
「私達は、あなたなら成し遂げられると信じています。あなたも、後のことは私達を信じて任せるように」
その言葉に同意を示すように、彼女の後ろでエリアンテさんとネフェリさんも笑みを浮かべながら手を振ってくれていました。
「ありがとうございます。……行ってきます」
「えぇ、行ってきなさい。【偉才の魔女】の末裔、シルヴィ=グランディア」
「頑張れよ、シルヴィ!」
「シルヴィさんなら、絶対上手くできるから! この超天才美少女大魔導士のエリアンテさんが保証してあげよう!」
「なんかいつもより長くねぇ?」
「うるさいなぁ、盛れるだけ盛ってもいいでしょ!?」
賑やかな皆さんと笑いあい、私は次の挨拶に向かうことにしました。




