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804話 ご先祖様は桁が違う 【エルフォニア視点】

 正直に言うと、私はシリア様をどこかで低く見ていたのかもしれない。

 と言うのも、普段から猫の姿しか見ていないとか、シルヴィ達とぎゃあぎゃあ騒いでいるところを目にする機会が多かったのだけれど。


 そう思わざるを得ないほど、目の前で繰り広げられている戦闘はあまりにも次元が違い過ぎた。


(ほむら)よ、猛り天を舞う翼と成せ! バニッシング・フェニックス!!」


「微睡み、堕ちよ。我が手足となれ。マニピュレーション!」


「ほぅ? ならばこれはどうじゃ、イミテーション!!」


 シリア様が放った鳳凰の支配権が奪われた直後、シリア様は対象を複製してお互いに激突させる。

 その衝撃で生まれた魔力の残滓から再度鳳凰を錬成し直すと、一度洗脳が解かれた対象には二度と洗脳ができないくなるという穴を突き、そのまま同じ鳳凰で攻撃を仕掛けていた。

 魔力の消費に一切の無駄がなく、それでいて苛烈な魔法の応酬に、援護するとは言ったものの手出しできる状況では無かった。


 だからと言って、それを見てるだけなら誰でもできるわ。

 私のできる範囲で、かつ邪魔にならないように援護する方法を探すのよ。


 ベルガモンドの着地地点に落ちる影に対し、私の影の剣を突き刺して体の動きを縛った。

 その上でベルガモンドの影に転移し、背面からの強襲を試みる。


「影による転移とはな。実に興味深いが――」


「ふっ!!」


「君は些か、殺意が高すぎる。気取られない程度に抑えると言うのもまた、暗殺者の手練と言うものだ」


 どういう原理か、影の剣の刀身を握られて受け止められた。

 力押しでは敵わない。と即座に剣を手放し大きく跳び下がる私に、忘れものだと言わんばかりに剣を投げつけられる。

 再生成した影の剣でそれを弾くと同時に、シリア様が放った鳳凰の翼で左腕を焼かれたベルガモンドが苦悶の声を漏らした。


 殺意を隠さなかったのも転移時の魔力洩れをさせたのも、全ては注意を惹くために過ぎないのよ。


「ぐっ……ふぅ、なるほどな。君は私が思っている以上に、暗殺者としての腕がいいらしい」


「お褒めに預かり光栄ね」


「死角を狙う判断力、致命的な一撃を狙い続ける集中力。その若さでこれほどまでに磨き上げられた腕ともなれば、相当数の魔術師を(ほふ)ったのだろう。それほどまでに君を突き動かす原動力は、一体何だと言うのかね?」


 答える義理も無ければ価値も無いわね。

 でも、シリア様が次の準備をする数秒だけ稼いでおこうかしら。


 私の背後に無数の影の剣を出現させながら、ゴミを見るような目でベルガモンドを見据えてやる。


「お前みたいなエゴの塊である魔術師を見るだけで、虫唾が走るのよ」


「エゴ、か。それを口にすると言う事は、そのエゴで何かを奪われたのだろうな。なるほど、躊躇いなく魔術師を殺せる理由としては十分すぎる」


 ……本当に頭の回転が速すぎるわ。やはり問答をするべきでは無いわね。

 手を振り下ろし、剣による一斉掃射を命じる。剣の切っ先が向いている反対側では、準備を終えたシリア様も同様に、無数の雷槍を打ち出していた。


「むっ!?」


 それに気付くのが一瞬遅れたベルガモンドの驚きを最後に、影の剣と雷槍がベルガモンドを押し潰すように激突する。

 爆風と共に立ち込める煙の中では、既にシリア様が次の動きを見せていた。


「遠近自在、その攻撃手段も多彩。まさに魔の頂点はここにありと言えよう」


「くはは! この程度で頂点を見ておるのであれば、貴様もまだまだ尻の青い小童(こわっぱ)じゃのぅ!」


 落雷をそのまま槍に変換させたかのような雷槍での猛攻を仕掛けるシリア様に、ベルガモンドは初めて辛そうな表情を浮かべている。

 やはり二つ名から連想できる通り、遠距離専門と言ったところかしら。などと考えていると、捌ききれなかった雷槍の一閃がベルガモンドの胴を斜めに切り裂いた。


 激痛に顔を歪めながらも、ベルガモンドは魔力をその場で爆発させて無理やりシリア様との距離を取る。

 シリア様もそれを無理には追わず、くるくると回転しながら私の隣に舞い戻って来た。


「……っと。所詮はこの程度か。他愛も無いのぅ」


「私から見れば十分に高次元の戦闘だったわ」


「こんなもの、小手先の小技に過ぎんよ。こんな小童を相手に全力を出そうものならば、いくら妾でもプラーナを相手に後れを取りかねんからの」


 そう笑うシリア様を魔力視で注視すると、確かに魔力量はそこまで減っていないように見えた。

 小手先だけであそこまで立ち回れるなんて、私もまだまだ魔力の扱いに伸びしろがあるのかしら。

 相変わらず桁違いの実力を見せつけてくる【魔の女神】様に呆れていると、またしても私の鼓動が大きく脈を打ち、思考が重くなり始めるのを感じた。


 懲りない人だわ……と、ベルガモンドから仕掛けられた洗脳を振り払った私に、シリア様が険しい声で言う。


「エルフォニアよ、今すぐエミリ達にドラゴンから離れよと伝えよ。これはまずいことになる」


「理由は後、かしら」


「うむ。大至急じゃ」


 有無を言わせない返答に頷き、即座にエミリの影に転移する。

 今もなお、メイナードの背に乗ってドラゴンの数を減らし続けていたエミリ達は、突然現れた私に心底驚いた様子を見せた。


「わぁぁぁぁ!? え、エルフォニアさん、どうしたの!?」


「きゃああ!? いきなり転移してこないでください! 落ちてしまいます!!」


「悪いけど、今すぐこの場から離れるようにとの指示よ。全速力でシリア様の下へ向かいなさい」


『……承知した』


 それだけでメイナードは何かを察したらしく、何も言わずに指示に従って急旋回をする。

 そのまま飛び去ろうとする背中から飛び降り、今度はリィン様の影に転移すると、私にしては珍しく座標を誤ったらしく、リィン様のスカートを頭でまくり上げる形となってしまった。


「おや? 何ですかエルフォニア。そんなにリィンのパンツの色が気になりましたか? ちなみに今日は黒のレースですが、薄っすらとダイヤ模様が入っているのがリィンのイチオシでして」


「そんなことは聞いていないわ」


「では何故スカート捲りなんか……。はっ!? さてはエルフォニア、ようやくリィンの性癖に理解を示してくれたのですか!? 公衆の面前でパンツを公開させられる恥辱と言うのは、言葉では言い表せない快感がありましてですね!!」


「リィン様、話が進みませんから少し黙りません?」


 まだ魔力が回復しきらないどころか、さっきよりもぐったりしているエリアンテが苦言を呈した。

 この人はどうしていつもこうなのかしら。これで【始原の魔女】だと言うのだから、当時の基準はどうかしていたのだとしか思えないわ。

 深く、それはもう深く溜息を吐いてから、シリア様からの言伝を伝えることにする。


「シリア様から、即刻ドラゴンから離れるようにとの指示よ。詳しくはシリア様から聞いてもらえるかしら」


「シリア様からですか? ふむ……分かりました。エリアンテ、失礼しますよ」


「うえっ、ぎゃああああああ!? 待って待ってリィン様! このポーズはパンツ丸見えになっちゃいます!! 美少女のパンツが見えちゃいますぅぅぅぅ!!」


 今までの態度は何だったのかと思えるほどにリィン様は大人しく従い、エリアンテを肩に担いでドラゴンの背に乗って飛び去っていく。

 あの人、本当にシリア様が絡むと人が変わったように聞き分けが良くなるわね。こちらとしては楽で良いのだけれども。


 さて、後はあの子だけね。

 転移先を指定しようとした瞬間、自分が立っていた位置があまりにも悪すぎたことに気が付いた。


 ――巨大なドラゴンが、今まさに私に向けてブレスを吐きだそうとしていた。

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