801話 異世界人は裏事情に悩む 【レナ視点】
「わ~お! 何々、ロジャー君ってばレナちゃんのことが好きだったの!?」
絶句するあたしに代わり、フローリアがそんな声を上げた。
え、待って? なんで今の話の流れで、あたしがロジャーから駆け落ちしようって誘われるの!?
アイツはそもそも魔術師だし、魔女のことは殺したくなるくらい嫌いって言ってたし、今回はプラーナかソラリアにあたしを捕まえてこいって言われてる――みたいな話じゃなかった!?
理解が追いつかず言葉も出てこないあたしに対して、ロジャーは追い打ちのように答える。
「当然さ。嫌いな相手にこんな誘いはしないだろう?」
「きゃあ~! レナちゃん聞いた聞いた!? ロジャー君からの告白よ!!」
「うるっさいわね! ちょっと黙ってて!!」
それでもなお、きゃあきゃあと騒ぎ続けるフローリアは置いておくとしても、いよいよあたしの頭はフリーズ寸前だ。
なんでアイツがあたしのことを好きだとか言い出すわけ? あたしとの接点なんて戦いしかなかったはずだし、好かれるタイミングなんてどこにも――。
そう考えながら自分の記憶を辿っていると、ある共通点があったことに気が付いた。
「あんたってまさか――ドMなの?」
「ぶふぉっ!!」
あ、盛大にむせた。良かった、殴られる趣味があるからあたしを好きになったって訳じゃないのね。
「な、何を言い出すんだいレナちゃん!? 僕がそんな人間に見えるとでも!?」
「いや、だってあたしとあんたの関係なんてそれくらいしかないし。他に接点なんて無いし」
「せめてロリコンとか言われる方がダメージは無かったよ……」
ロリコンなんだ……。
顔だけは良いロジャーに幻滅するけど、とりあえず変なことを言いだした理由だけは聞いておこうかな。
「あんたがロリコンだろうとペドフィリアだろうと何でもいいけど、組織を裏切ってまであたしに固執する理由ってあるの?」
「僕は断じてロリコンではないぞレナちゃん!! 成熟した魔女には殺意が溢れるだけだ!!」
「どうでもいいから答えなさいよ!」
幼い魔女、もしくは男なら殺意は湧かないってことかしら。とかあらぬ疑いを持ち始めるあたしに、ロジャーは咳払いをしながら答え始める。
「まず、ここだけの話なんだけど。どうも最近のボス達の動きがおかしいんだよ」
「おかしいって、そりゃああんたみたいな下っ端から見たら分からないことをしてるんじゃないの?」
「言ってくれるじゃないかレナちゃん。これでも勤続十六年のベテランだぞ?」
あ、結構魔術師やって長いのね。って言うか今更だけど、ロジャーって何歳なんだろう。
……じゃなくて! あたしが知りたいのはコイツの歳よりも魔術師のことよ!
「で? そんなベテラン様から見て、何がおかしいって言うの?」
「一言で言えば、仲違いをしているって言えばいいんだろうけど、話はそんな簡単じゃあない。そりゃそうだろうさ。魔術師の実権を握っているボスと、魔術師の畏怖と信仰の対象の神様のケンカだ。部下である僕達からしたら、毎日どうなるかハラハラしてるってわけ」
ロジャーの言葉を受け、あたしはちらりと山頂付近にいるプラーナ達を見る。
ぱっと見では距離は近いし、そんなに仲が悪そうには見えないけど、プラーナが大人の対応をしてたりするのかな。
「で、これは多分キミ達も知らない話なんだろうけど」
そこで言葉を切ったロジャーは、スッとあたし達にしか聞こえないような距離まで近づいて続ける。
「どうやらソラリア様の方が、僕達を裏切って世界を滅ぼそうとしてるんだよね」
「「っ!?」」
あたし達が神託を受けた内容じゃないそれ!? とは口には出さなかっただけ偉いと自分を褒めたくなる。それほどまでに、ロジャーが囁いた内部事情は衝撃的過ぎた。
ここは素知らぬふりをして、詳しく聞いてみるべきよね。
「ど、どういうこと? 世界を滅ぼすって何よ?」
「僕だって聞きたいくらいさ。でもね……」
ロジャーは声量を落としながら、搔い摘んで説明してくれた。
要約すると、プラーナ自身は魔術師の地位向上と共に魔女を世界から消すことを目的とした“新世界計画”を進めていたけど、ソラリアはそれを乗っ取って“神様を天界から引きずり下ろして世界を崩壊させる”ことが真の目的だと言う。
「はぁ? なんでそんな話を知ってんのよ。って言うか、プラーナがそれを知ってるならケンカじゃ済まないでしょ」
「知ってたらそうだね。でもボスはこの事を知らない。って言うのも、ソラリア様が散歩してるのをたまたま見つけて、独り言を言っていたのを偶然知っちゃったくらいだからね」
「え、何それ偶然過ぎない?」
「まぁね。だから僕としては、今日の計画を進めたら世界が終わるかもしれないっていう不確定な要素がある以上、あまり乗り気ではない。何だったら、レナちゃん達が計画を阻止してくれないかって思ってたりもするんだ」
……ロジャーがあたしに、駆け落ちみたいな誘いをしてきた理由がようやく分かった。
言われてみればロジャーって、前にもフローリアに問われた時にこう言ってたっけ。
『僕達魔術師だって、何も住んでいる世界を壊そうとは思っていない。ただ、世界の認識を変えることで、僕達も平等に住んで仕事や役割が貰える世界を創りたいんだよ』
あの時の言葉に嘘は無かったし、今こうやってあたしに事情を打ち明けてくるロジャーの言葉にも嘘は感じられない。こいつは単純に、不平等なバランスになっているこの世界を何とかしたいって思ってるんだわ。
「だからどうかな、レナちゃん。さっきは逃げようって誘ってたのにって思われるかもしれないけど、僕と手を組んで計画を止めてくれないかい?」
「……でもあんた、ユリアナ達の親を檻に入れておびき出してたじゃない。人の裏切りは許せないのに、自分はいいわけ?」
「あれはボスからの指示だからどうしようもなかった。ボス自身もこうなることは予見してたみたいだしね」
「あんたがそうはならない確証はないでしょ」
「ははっ。生憎、僕は天涯孤独の身でね。幼少期に親族が魔女に殺されてるから、親を人質に取られることも無ければ守るべき人もいないのさ」
さらっと出てきた重すぎる過去に、あたしは言葉を失ってしまう。
そんなあたしに代わって、フローリアが問いかけた。
「ロジャーくんが世界を壊されたくないのは分かったわ。でも、この計画が成功しなかったら魔術師はこのまま何も変わらないんでしょう? ロジャーくんはそれでもいいのかしら?」
「良くはないよ。でも、自分達のワガママを通してまで世界を壊そうとは思わないってだけさ。前に誰かにも、自分を認めて欲しいからって何でもしていい訳がないって殴られたしね」
ロジャーはあたしを見ながらそう答えた。
確かにそんなことを言った気がするし、ぶん殴ったのもその通りだけど、それをそのまま受け取って反省されるとやりづらいわね……。
気まずさにそっぽを向くあたしを笑ったロジャーは、改めて問いかけてくる。
「どうかな、レナちゃん。今だけの共闘関係でも構わない。僕に協力してくれないかい?」
信じるか、信じないか。
その判断ができないままに口を開きかけると――。
あたしの目の前で、花を咲かせるように真っ赤な血が飛び散った。




