799話 魔女様は空を翔ける
巨大なドラゴンの一撃を何とか上空へと逸らし、先行している皆さんに遅れを取らないように接近を試みます。
あれほどの出力を誇るブレスです。直線的な動きさえ取らなければ、狙われたとしても直撃することは無いはずです!
「お願い……フェアリーブーツ!!」
足元に魔力を注ぎ込み、発動中のフェアリーブーツの効力を上昇させます。
私の魔力に応じたフェアリーブーツは、これまでとは比較にならないほどの足場の安定感を生み出してくれました。これなら、空中戦でも自由に動けそうです。
何度も何度も屈折を繰り返しながら近づく私に対し、ドラゴンが大きく口を開きました。
こんな状態でもレーザーを撃ってくるのですか!? と警戒を強めながら移動速度を上げると同時に、ドラゴンの口に集中していた魔力の波長が先ほどとは異なっているのを感じ取れました。
この感覚は恐らく、炎属性の魔法です!
「ディヴァイン・シールド!!」
足を止めて盾を構えた私に向けて、無数の火炎弾が放たれました。
その威力はひとつひとつが中級以上の魔法に相当するほどで、盾に込める力を一切緩めることなどできそうにありません。
ですが、だからと言ってこのまま足止めされる訳にはいきません。今はシリア様達が術者である魔術師の方を狙ってくださっているとは言え、向こうの狙いは私なのです。こんな状態でい続けるのは、自ら狙って欲しいと言っているような物なのですから。
強引に横に移動し、火炎弾の弾幕が薄いところに出た瞬間に、一気に加速してその場から離れます。
それを追うように、今度は小さなドラゴンを模した追尾魔法を放ってきました。
一斉に追いかけてくるドラゴンから逃げながらも本体への接近を試みますが、私の接近を遮るように炎の壁が立ち塞がりました。
この壁を何とかするためにも、まずは後ろを対処した方が良さそうです。
全てをディヴァイン・シールドで受け止めてもいいのですが、あまり受け止め過ぎるとあのレーザーに狙われた時の耐久力に不安が出てきます。
上手くいくかは分かりませんが、ここはひとつ、同士討ちを狙ってみるべきでしょう。
私はいったんその場から離れ、追尾する炎のドラゴン達と共に空を翔け周ります。急旋回、急上昇、急降下。そのいずれもほとんど意味を成さないあたり、非常に精度の高い魔法だと言う事が分かります。
流石は伝説上の生き物です。そんな関心を抱きつつ、少し距離を離すことに成功した私は、その場で身を翻して炎のドラゴン達と対峙します。
目標が動きを止めたことに反応し、さらに速度を上げて迫りくるドラゴン達を見据えながら、そのタイミングを見計らい――。
「テレポート!!」
衝突寸前で刻んでおいた印に転移します。その直後、大きな爆発が生じたことを背中で感じ取りました。
念のため周囲に探知魔法を使ってみましたが、もうあのドラゴンの反応は感じられません。どうやら、先ほどの爆発で全てを巻き込むことができたようです。
無事に対処できたことに安堵しつつ、今度こそ本体の方へと向かいます。
私の接近に合わせて再びあの炎の壁が立ち塞がりますが、あの壁の強度より私の防護陣の方がそれを上回っていることを信じて、自身を中心とした防護陣を展開します。
「……熱っ!」
かなり強引な突破となりましたが、全身を焼くような熱さが一瞬襲い掛かって来ただけで抜けることができました。
私もラティスさんのような氷系統の攻撃魔法が使えたら良かったのですが……と、自身に掛けられているソラリア様の【制約】に嘆息しながらさらに接近を試みると。
『グゥオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
巨大なドラゴンが唐突に咆哮を上げ始めました!
最初の時のようにゼロ距離ではないとは言え、耳を塞いでいないと耐えられないそれに私の足が止まります。
すると、その咆哮に応じるようにどこからか別のドラゴンが飛来し、私に向けて大きく口を開き始めました。
このままでは盾を出す前に攻撃を受けてしまいます。ですが、盾を出そうものなら耳がやられてしまう……。
そんな絶体絶命な状況に陥り、飛来してきたドラゴンをどうにかできないかと見据えていると、唐突に私のお腹に何かが絡みつき、そのまま強く引き寄せられました。
何が起きたか分からず困惑する私に、可愛らしい私の娘が声を掛けてきます。
「お母様、大丈夫ですか!?」
「ティファニー!?」
「わたしもいるよ、お姉ちゃん!」
メイナードと一緒に戦っていたはずのティファニー達が、私を助けてくれたのです。
そう分かった瞬間、何て頼もしくて優しい子達なのでしょうという感情が溢れ出してしまい、戦闘中にも関わらず二人を強く抱きしめてしまいました。
「ありがとうございます、二人共! おかげで助かりました!」
「「えへへ~!」」
『おい主よ、そんなことをしている暇はないぞ』
水を差すようなメイナードの声に少しムッとしながらも、彼の言葉が正論であることを認めて二人を抱くのを止めます。
物足りなさそうな二人に申し訳なさを感じますが、この戦いがひと段落してから思う存分撫でてあげることにしましょう。
「メイナード、もう少し近づくことはできますか?」
『無論だ。だが、主が狙いである以上、二人を乗せたままではそこまで近づけないぞ』
「大丈夫です。エミリ達を危険な目には遭わせません」
メイナードは鼻を鳴らすと、私を乗せて巨大なドラゴンの方へと飛んでくれました。
そんな彼を撃ち落とさんと、またしても無数の火炎弾が放たれますが、メイナードにとってはそれを避けることは容易であるらしく、弾幕の隙間をすいすいと縫って切り抜けます。
「凄いですねメイナード。私は避けられる気がしませんでした」
『飛べるようになって数か月の主と我を比べるとは、随分と舐められたものだな』
「ふふ、それは失礼しました」
『ふん。……ここらで構わないな?』
「はい。ありがとうございます」
程よい距離まで乗せてくれた彼に感謝して立ち上がった私へ、エミリ達が声を揃えます。
「頑張ってねお姉ちゃん!!」「頑張ってくださいお母様!!」
「任せてください。では、行ってきます!」
私は二人に見送られながら、メイナードの背から飛び降ります。
即座に巨大なドラゴンが私を見据えてきますが、ここまで近づかれてはレーザーは放てないはずです。
あとはシリア様達が倒してくださるまで、時間を稼ぐことだけに集中しましょう!




