798話 魔女様は受け止める
頭部だけで山の頂ほどはありそうなドラゴンが、ゆっくりと頭を持ち上げてこちらを見据えてきます。
それはまるで、ドラゴンの眠りを妨げたことに対して怒りを覚えているような、背筋がゾクリとする眼差しで――。
「シルヴィ!! 狙いはお主じゃ! 盾を構えよ!!」
シリア様に鋭く指示され、反射的に全力でディヴァイン・シールドを構えます。
その一秒にも満たない後、ドラゴンの口から放たれた漆黒の光線が私を襲いました!
「くっ……!? う、うぅ!!」
空中という足場が不安定な状況もありますが、それ以前に、この攻撃が持つ質量があまりにも桁違い過ぎます!
そのまま防ぎきろうと踏ん張りましたが、全てを受け止めきるのは不可能と判断し、天に向かって軌道を逸らそうと試みます。しかし、直撃している状況で今さら軌道を逸らすのは無理があり、僅かに天へと逸らした代償として、私自身が吹き飛ばされる形となりました。
「きゃああああああああ!!!」
「シルヴィ!!」
きりもみ状態で吹き飛ばされる私が受け身を取るよりも早く、レナさんが私の飛ぶ方向に先回りし、抱き留めてくれました。
「ありがとうございます、レナさん」
「大丈夫よ。それよりあれ、どうする?」
私達の視線の先では、本格的に目を覚ましたドラゴンが再度大きく咆哮を上げ、今にも山から飛び立とうとしています。
あの巨体で飛び回られたら、周囲にどれだけの被害が出るか分かりません。可能であれば、このオルゲニシア山脈に留まらせ続けたいのですが……。
今後の戦い方について思考を巡らせ始める私へ、ティファニーが呼びかけてきました。
「お母様ー! あちらに、どなたかいらっしゃいます!!」
彼女が指で示す先を見てみると、そこには先ほどまでラティスさんとメイナードが戦っていたドラゴンが三匹に増えていて、それぞれにユリアナさんを始めとした魔術五指の方々が乗っています。
さらにその奥では、山ほどの大きさのある巨竜の頭部にも誰かが乗っているようにも見えました。
あれは……どなたでしょうか。恐らくですが、初めて見る方だと思います。
隣にいるラティスさんへ尋ねようと顔を向けると、何故か彼女は少し嫌そうな顔を浮かべながら、同じ場所を見つめています。よく見れば、ネフェリさんやエリアンテさんも似たような表情を浮かべていて、私達一家以外の全員が警戒しているのが見て取れました。
そんな中、シリア様が私達を代表して口を開いてくださいます。
「……ラティスよ。もしや、アレが例の離反者か?」
「えぇ。彼がそうです」
「なるほどのぅ。あれほどの竜を従えて見せるとは、大した魔力じゃ」
ラティスさんからの回答に感心したシリア様は、拡声魔法を用いて私達全員へ指示を飛ばしました。
「聞け! 妾達の目標は魔術五指の討伐ではあるが、斯様な巨竜を暴れさせようものなら、それこそ世界が終わりかねん! 魔術五指の相手はラティスとレナ、そしてネフェリの三名に任せ、他の者は総員で巨竜を叩く! 良いな!?」
「分かりました!」
「構わないわ」
「うん!」「承知しました!」
『御意に』
「ドラゴン退治、頑張っちゃうわよ~! ……って、レナちゃん一人で魔術五指の子と戦わせるの!?」
フローリア様の困惑は最もだとは思いますが、シリア様もレナさんにはロジャーさんとの決着をつけて欲しいと思っていらっしゃるのだと思います。それはレナさん自身も感じ取っていたらしく、ドラゴンとも戦わなくてはいけないという付属条件を前にしても、彼女は臆することはありませんでした。
「ドラゴンがいようといまいと、あたしがやることは変わらないわ。邪魔する奴は全部ぶっ飛ばして、その後でロジャーもぶん殴る。そうでしょシリア?」
「うむ。あ奴の戦い方はお主が一番知っておるからな。私的な因縁を除いても、お主が討伐に当たるべきじゃろう」
「そういうことよ、フローリア。あんたはシルヴィ達と一緒に――」
私達と一緒に巨大なドラゴンと戦ってきて欲しい。
そう言いかけた彼女の言葉は、フローリア様にふわりと抱きしめられることで遮られることとなります。
「なーに言ってるのレナちゃん? レナちゃんが行くとこなら、私も行くに決まってるじゃない」
「でも」
抗議の声を上げかけたレナさんをぎゅっと抱きしめたフローリア様は、シリア様に向かって何故か得意げな表情を向けました。
それだけでシリア様には伝わったらしく、やれやれと溜息を吐きながら承諾しました。
「好きにするが良い。貴様には何を言っても無駄じゃからな」
「さっすがシリア! 私のこと、よく分かってるぅ~!」
「二千年もの付き合いともなれば、嫌でも分かろうよ」
嬉しそうにレナさんへ頬ずりしながら言うフローリア様に、シリア様は苦笑せざるを得なかったようです。
「さて、話を戻すが……。恐らくあの巨竜は、シルヴィを狙って攻撃を放ってくるはずじゃ。お主には負担を掛けるが、可能な限りアレの注意を惹きながら飛び回り、アレの攻撃を捌き続けよ。その間に、妾達でアレを操っておる魔術師の撃破と巨竜の体力を削ろう」
「分かりました」
『我は主に背を貸しますか?』
「いや、お主がシルヴィと共に飛ぶとなると、エミリとティファニーが空で戦えなくなる。お主は二人を頼む」
『承りました』
「ごめんね、お姉ちゃん」
「お母様、メイナード様をお借り致します」
「ふふっ、振り落とされないように頑張ってくださいね。メイナードも、二人をお願いします」
『言われるまでも無いな』
頼もしいメイナードに二人を託し、改めて魔術師の面々と対峙します。
あの巨大なドラゴンの攻撃を正面から受け止めるのは難しいものがありますが、私以外の皆さんではあれを防ぐことはほぼ不可能でしょう。
皆さんが私を信じてくださっている以上、私は皆さんの期待に応えなければなりません。
先程受けた攻撃の対処方法を練り直しながら身構えると同時に、再び巨大なドラゴンの口から途轍もない質量の魔力反応が発せられました!
「シルヴィさん、任せましたよ!」
「はい!!」
「総員、戦闘再開!!」
ラティスさんの指揮で全員が散会します。
厳しい戦いになることは避けられませんが、私達はこんなところで止まるわけにはいかないのです!!
覚悟を改め、私は強度を調整したディヴァイン・シールドを真正面に構えました。




