796話 ハイテンション魔女は加減が苦手
「邪魔よ!! 怪我したくないならどきなさい!!」
高く跳んだレナさんが、上空から下級風魔法――スパイラル・ウィンドを放ちました。
小さな竜巻となりながら進むそれに、魔女や魔術師が巻き込まれていき、次々と上空へ打ち上げられていきます。
そして、打ち上げられた彼らにトドメを刺すように、同じく上空で構えていたエルフォニアさんが、影の大剣を大きく薙ぎ払いました。
「言うだけ無駄よ。何も言わずに倒す方が疲れないわ」
「分かり切ってることを言って水を差すんじゃないわよ!! こういうのは雰囲気ってもんがあるでしょ!?」
「こんな吹雪いてる山の中で、雰囲気も何もある訳ないじゃない」
「あんたねぇ! 一々突っ込んでこないでよ!!」
戦闘中だと言うにも関わらず、全くブレる様子の無い二人に小さく笑いながら、飛ばされてくる方々を光の網で受け止め、一か所にまとめるように拘束します。
拘束し終えた方々を猫騎士達に洞窟まで運ばせ、悪天候の中でもあちこちで魔法が弾けている戦場へと視線を移します。
大規模な戦闘が始まって十分ほどが経過していますが、私達はまだ魔術五指の下へ辿り着けていません。
と言うのも、魔術五指の方々を直接叩こうとすると、操られている魔導連合の面々や、まだ控えていた魔術師から攻撃を受けてしまうため、先にそちらから片付けようと言う運びとなっているのです。
しかし、だからと言って彼らを放っておくと妨害や攻撃が飛んでくるため、現在はロジャーさんにはフローリア様、ユリアナさんにはシリア様、ライゼットさんにはネフェリさんが牽制している状況です。
『来るぞシルヴィ!! 北西方面じゃ!!』
『はい!!』
戦況の整理をしていた私へ、シリア様から鋭く念話での指示が飛ばされました。
言われるがままに空へと飛び上がり、ディヴァイン・シールドを前方へと展開すると、直後に吹雪など物ともしない爆炎弾が盾に激突してきました。
魔法とも魔術とも異なるその攻撃を防ぎきり、攻撃を放って来た相手を見据えます。
そこでは、空中を縦横無尽に飛び回るラティスさんとメイナードが、二匹のドラゴンに対して猛攻を仕掛けている最中でした。
……あ、一瞬でしたが、ラティスさんがこちらに振り返って微笑んだような気がしました。どうやらそれは見間違いでは無かったらしく、彼女はこの吹雪の中でもしっかりと見えるような氷の花丸を空に作り出すと、それをドラゴンに叩きつけました。
こんな状況下でもしっかりと褒めてくださるラティスさんに嬉しさ半分、私のせいで戦闘がおろそかになってしまわないかと言う不安半分で苦笑していると、背後から誰かが近寄ってくる気配がありました。
「お待たせ~! みんなの美少女、エリアンテさん! ただいま到着ぅ☆」
「エリアンテさん! もう下の拠点は大丈夫なのですか?」
「うん、大丈夫大丈夫! 拠点は復興させたし、負傷者はセリが診てくれてるから心配いらないよ。あぁ、そうそう。有事に備えて総長達が残るらしいから、それを伝えて欲しいって言ってたよ」
「そうでしたか。ではそれをシリア様にも伝えておきます」
「お願いねー。で、これは今どんな状況かな?」
拠点復興を終えたエリアンテさんに戦況を伝えると、今もエルフォニアさんと連携して数を減らそうと頑張ってくれているレナさんを見ながら、「なるほどねぇ」と零しました。
「悪くない方法だけど、これじゃあ時間がかかり過ぎかな。でも、出力が弱いレナさんにしては頑張ってる方だね」
彼女は「そこで待ってて」と言い残すと、すたすたと戦場の方へと向かっていってしまいました。
一体何をするつもりなのでしょうか……と注視しながらも、新しく薙ぎ払われた方々を回収していると、エリアンテさんは自身の魔力を爆発的に高め始めました!
「よく見ておいてねレナさん!! 雑魚掃除って言うのは、こうやってやるんだよ!! ――フレンジー・テンペストォ!!!」
腰元で溜めていた魔力を体ごと一回転させ、放り投げるように放たれたその魔法は、即座に空をも飲み込むような巨大な竜巻へと変貌しました。
少しでも気を抜けば自分の体も飲み込まれそうな吸引力に、操られて魔法抵抗力が低下している魔女の皆さんはおろか、魔術師の方々も次々と飲み込まれていってしまいます。
荒々しく手のつけようが無さそうに見えるそれですが、精巧な魔力調整が施されているらしく、中心部で戦っていた皆さんには影響があまりなく、足場のない空中で戦っているラティスさんとメイナードも、問題なく滞空ができていることに驚かされてしまいました。
とは言え、暴風に巻き込まれていることには変わらず、素早く脱出したラティスさんがエリアンテさんの横に降り立つと、ラーグルフの剣の腹で、勢いよく彼女のお尻を叩きました。
「いった!! 冷たっ!!」
「少しは加減しなさい。髪が乱れるではありませんか」
「でっ、でもラティス様! こっちの方が早――いぃぃぃっ!?」
それ以上の口答えは許さない。エリアンテさんの頬を抓り上げているラティスさんの顔には、くっきりとそう書かれていました。
涙目で謝り続けているエリアンテさんに苦笑していると、先ほどまで私達を襲い続けていた吹雪がすっかり止んでいることに気が付きました。空も快晴とまでは行かないものの、十分晴れと言えるほどの天気となっています。
エリアンテさんが放った魔法によって打ち上げられた人達を網で一遍に回収しながら、天候までも風の力で変えてしまうなんて……と感心していると、奥の方から強い衝撃波と爆風が同時に発声し、それに少しだけ遅れて落雷のような音が聞こえてきました。
そちらへと視線を移すと、牽制する必要が無くなった皆さんが本気で戦いを始めたようでした。
黒いモヤでお互いに剣身を消しているネフェリさんとライゼットさんは、顔と顔の距離が近くなるまで鍔迫り合いをしていますし。
「剣身を消す暗殺の剣、【夜刃】か。悪くはないが、あたしも同じことはできるんだよ」
「くっ……!!」
投げつけられる星型の爆弾や、立ち昇る火柱などを優雅に躱しては、それらを猫の遊び道具にする演出を施しながらお返しするシリア様。
「どうじゃユリアナよ。単純な殺傷道具にも、斯様な遊び心を加えるだけで随分と見栄えが良くなるであろう?」
「だからって、私が作った物をその場で模倣しないで欲しいんですけどねぇ!!」
そして、いつの間にか人質の入っていた檻を奪取し、その上に腰掛けて落雷を落とし続けるフローリア様などなど、戦況が一気に進展したように見えました。
「ほらほらロジャーくん、頑張って逃げないと丸焦げになっちゃうわよ~!?」
「はははっ! 本当に嫌な女神様だ!!」
「あら! そんな酷いことを言う子は……こうっ☆」
「うおっと!?」
そこへ、元々の担当であったエルフォニアさんやレナさん達も参戦し、このまま行けば決着も秒読みとなるかと思った時のことでした。
『グゥオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
「うっ……!?」
突如、私達が立っている地面が大きく揺れ始め、耳を塞ぎたくなるような咆哮が聞こえてきたのです!
 




