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794話 魔女様は励ます

 唐突に報せられた、ドラゴンの襲来。

 その報告は室内にいた私達全員を震撼させるのに、十分過ぎるものでした。


「ドラゴンって……あのドラゴン、よね……?」


 にわかには信じられない。

 そんな口調で尋ねるレナさんに、誰一人として口を開く方はいません。

 しかし、受け入れ難い事実と直面してしまっていたセリさんは、反応が無いことに余計に焦りを感じたらしく、一層声量を上げてアーデルハイトさんの名前を呼び続けます。


『総長様! 総長様!! 聞こえておりますか!? 指示をくださいまし!!』


 悲痛なその叫びに我に返ったアーデルハイトさんは、冷静さを欠いた様子ではあったものの、セリさんへと指示を出します。


「分かった、今すぐそちらに確認に向かう! お前は生存者の保護と負傷者の手当をしろ!!」


『かしこまりました!』


 セリさんとの通話を切った彼は、深刻な表情で私達へ改めて告げます。


「……聞いた通りだと思うが、ドラゴンの襲来という、完全に予想外の事態が起きた。私はこれから第一拠点と第二拠点の被害状況の確認に向かう。ヘルガ、お前も来い」


「あぁ、構わないぜ。だが、俺達が抜けるとなると、現場の指揮はどうする?」


「【氷牢の魔女】ラティスに一任する。頼めるか?」


 ラティスさんは静かに頷くと席を立ち、暖炉前で丸くなっていたシリア様をむんずと掴みあげながら答えました。


「補佐として、シリアを付けます。それでも構いませんね?」


「私は構わないが、本人からも確認を取ってからにしてくれ。他の各員は指揮に従い、戦闘に備えて向かえ。頼んだぞ」


 簡単に指揮を残し、アーデルハイトさんはヘルガさんを連れて駆け足で外へと向かっていきます。

 残された私達は、首根っこを掴まれているにもかかわらず、反応を示さないシリア様へと視線が向きました。


「いつまでしょげているつもりですか? ドラゴンは想定外ですが、他は概ね想定の内でしょう」


『……すまぬ。妾が奴らを引き抜かなければ、こうはならなかった』


「その通りです。シリアが敵に情けをかけなければ、情の移った敵を手に掛けるという選択にはなりませんでした。ですが、もう終わったことはどうしようもありません。あなたがやるべき事は、出現したドラゴンの対処と敵対した魔術五指の討伐です。違いますか?」


 ラティスさんに問われるも、シリア様は意気消沈してしまっているらしく、何も答えようとしません。

 そんなシリア様に嘆息したラティスさんは、私に向かってシリア様を放り投げてきました!


「シルヴィさん。あなたの手のかかる面倒な御先祖様に喝を入れておいてください。その間に私達は作戦の準備を行います」


「わ、分かりました」


 ラティスさんはもう言うことは無いと言わんばかりに私に背を向け、他の方々を集めて作戦を練り始めます。

 私は腕の中にすっぽりと収まり、落ち込んでしまっているシリア様へ声を掛けてみることにしました。


「シリア様。私は、シリア様の選択は間違っていなかったと思います」


 シリア様からの反応はありませんが、このまま言葉を続けましょう。


「シリア様がユリアナさん達を捕虜という形で引き抜こうと考えなければ、エルフォニアさんが彼女達を殺してしまっていたかもしれません。もしそうでなかったとしても、彼女達が捕虜として情報を提供してくれず、こんなにスムーズに侵攻できなかったかもしれません。彼女達に寄り添い、共生の道を探そうとしてくださったからこそ、今があるんだと思います」


『……そんなもの、お主の都合のいい解釈じゃ』


「それは否定できません。ですが私は、そんなシリア様であったからこそ、今もこうして悩み、思い詰められているんだと思っています」


 私はシリア様をそっと両手で抱き上げ、シリア様の目を見つめながら続けます。


「シリア様、まだ間に合うはずです。彼女達を助け出し、捕まっているご両親達も助け出す。それが私達に出来る最善では無いでしょうか?」


 そんなことができるかどうか、考えるまでも無く確率は低いと分かり切っています。

 それでも私は、ここにいる皆さんと力を合わせればできるような気がするのです。


「やる前から諦めてはいけません。全てを試した上で、どうにもならなかった人だけが諦めることを許される。日頃から私にそう仰っていたのは、シリア様ではありませんか」


 日々の激しい鍛練の中で、私が弱音を吐いた時、シリア様は口酸っぱくこの言葉を繰り返していました。

 可能性を捨ててはいけない。それは僅かな可能性を手繰り寄せ続け、希望の未来を切り開いたシリア様だからこそ、その重要性を理解しているはずです。


 シリア様に優しく微笑み続けていると、シリア様はふっと呆れたような息を漏らしました。


『……ったく。お主という奴は、いつからそんなに前向きになったのじゃ。昔のお主であれば、そう言うものだとすぐに受け入れて諦めておったのじゃがな』


「私に教鞭を振るってくださる方が、常に前向きでいらっしゃったからうつってしまったのかもしれません」


『とんだ迷惑者じゃなそ奴は。間違いなく人一倍諦めが悪く、負けず嫌いなのであろうよ』


「ふふっ、そうかもしれませんね」


 そう笑いあうと、シリア様は私の手からするりと抜け出して、机の上に着地しました。


『可愛い弟子に叱咤されるようでは、妾もまだまだじゃのぅ。じゃが、その期待には応えねばなるまい』


「はい。きっと何とかしてくださると信じています」


『うむ。出来うる限りの札を使い、新たな弟子候補を迎えに行くとするかの。無論、発破をかけたお主には責任を取ってもらうぞ?』


「もちろんです」


 シリア様はくふふと笑い、着いてこいと言わんばかりに私に背を向けます。

 その後ろ姿に安心感を覚えながらも、私達はラティスさん達の作戦会議に混ざることにしました。

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