表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

827/994

792話 錬金術師達は迫られる

 ラティスさんがシリア様を連れ立ってから、まもなくニ十分が経過します。

 私達に聞かれたくないお話があったにしては長すぎるような……と、お二人が戻られないことに不安を感じていた矢先、仮拠点の扉が音を立てながら開きました。


「戻りました」


「ラティスさん! シリア様もおかえりなさい!」


『流石にこの高さは冷えるな……』


 シリア様はそう言うと、そそくさと暖炉の前へ移動し、体全身を温めるように横になりました。

 その動きが本当の猫のように思えてしまい、クスクスと笑っていると、セリさんから温かいお茶を受け取ったラティスさんが私達に問いかけてきました。


「良い話と悪い話、どちらから聞きたいですか?」


「え、どういうこと?」


「言葉通りの意味です。周囲を警戒した結果、私達にとって良い話と悪い話があります」


 私達は顔を見合わせ、どちらがいいか視線で問い合います。

 やがて、誰も答えないことにしびれを切らしたエルフォニアさんが、代表して答えました。


「なら、良い話からでお願いできるかしら」


「えぇ。良い話についてですが、ここから第五拠点まではほぼ一本道であり、そこまでの道のりで待ち伏せしていた魔術師は全て掃討してきました。残すところは魔術五指の一人と、魔術師を統率するプラーナ、そして【夢幻の女神】ソラリアのみです」


「わぉ! こんな短時間でやっつけてきちゃうなんて、流石ラティスちゃんね~!」


「お褒めに預かり光栄です、フローリア様」


「なら、さっさと第五拠点まで移動して、残りの幹部を潰した方が良くないかしら」


「そうですね。残すはあなた達も知っている、【罠士】ロジャーだけです。彼を倒せば第五拠点も陥落し、あとは頂上での決戦のみとなるでしょう」


「ロジャー……」


 ラティスさんからの話を聞いて、レナさんがギリッと拳を握りしめました。

 本当なら私達全員で奇襲なり援護なりをしてロジャーさんを倒すべきなのだとは思いますが、その提案は間違いなくレナさんに断られることでしょう。

 この件に関してはレナさんに一任することにして、私達はその先――頂上での決戦を見据えるべきです。


「それで? 悪い話の内容を聞いてもいいかしら」


「悪い話は、具体的に言えば私達魔女にとって、さほど悪い話ではありません」


「どういう事かしら?」


 何かを含む言い方をしたラティスさんに、全員が一瞬困惑します。

 しかし、それは“魔女では無い人物”がここにいることで、私達全員の視線が、自ずと正解へと向けられることになりました。


「……この先の第五拠点で、この戦いに無関係と思われる人質を見つけました。これを見てください」


 ラティスさんが指を鳴らすと、それに応じてマジックウィンドウが複数枚展開されました。

 そこには、猛獣を入れるような四角い檻の中で、身を寄せ合って震えている人間の男女と、エルフ族と思われる女性の姿がありました。


「なっ――」


「……これは、想定外ですね」


 映し出されたそれに対し、ライゼットさんは言葉を失ってしまい、ユリアナさんは苦虫を嚙み潰したような反応を示します。


「もしかして、そこにいた方々は……」


 恐る恐るお二人に聞いてみると、顔色を悪くしたライゼットさんの代わりに、ユリアナさんが答えました。


「そうです。ライゼットの母と、私を置いて逃げ出した両親です」


「やはりそうですか」


 小さく頷いたラティスさんは、ウィンドウを指で操作して別の画面へと切り替えます。

 新しく映し出された画面には、防寒用の黒い厚手のコートを身に纏い、ナイフを弄んでいる男性の姿と、その男性の傍に立てかけられている看板のような物が確認できました。

 映し出されたその男性の姿に、レナさんが目を見開きながら反応を示します。


「ロジャー!!」


「えぇ。あの【罠士】ロジャーが、この人質を管理しているようです」


「……あたしが行くわ。今すぐにでも行って、二度と立てないくらいにぶっ飛ばしてくる」


「そういう訳にはいきません」


「何で!?」


「ここをよく見てください」


 ラティスさんが指で示した場所を拡大すると、看板の文字がはっきりと読み取れる大きさになりました。


「『見ているんだろう? 裏切者諸君?』って、まさか!?」


「そのまさかです。組織を裏切った私達に対する最終勧告です」


 ユリアナさんの言葉を、エルフォニアさんが継ぎます。


「大方、家族を殺されたくなければ今すぐにでも魔女と手を切り、その場で殺せと言いたいのでしょうね。簡単かつ効果的な脅迫の仕方だわ」


「あら? でも確か、ユリアナちゃんは家族はいないって言ってなかったかしら?」


「えぇ、言いました。でもまぁ、私に借金を押し付けて蒸発した家族が、目の前でどう殺されようと今さら大した感情も湧きませんけどねー」


 ユリアナさんは、ちらりと傍にいるライゼットさんを盗み見ます。

 当の本人はと言えば、ラティスさんが撮ってきてくださった様子を見てから、非常に顔色を青ざめてしまっていました。


「私はともかく、ライゼットにとってはかけがえのない独り親です。友人の親が拷問に掛けられるのを見殺しにするかどうか……そこを私は問われているのでしょう。はぁ、面倒くさいですね……」


 やれやれと言いながらも、本当に迷ってしまっているのがありありと見て取れます。

 それもそうでしょう。ユリアナさんにとって、今はライゼットさんが大切な家族な訳ですし、その家族の親が殺されるのを見捨てるかどうかという選択を迫られているのですから。


「この件に関して、私達から選択を強制することはありません。あなた達がどの選択を取り、どの立ち位置に付くかもあなた達で決めてください。その結果、私達と敵対することになっても私達はそれを受け入れるだけです」


 無情に見えて、最大限相手を尊重するラティスさんの申し出に、ユリアナさんは「考える時間をください」とだけ言い残し、ライゼットさんを連れて外へと出ていってしまうのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ