791話 錬金術師は情報提供する
――オルゲニシア山脈、標高三千二百メートル地点。
魔術結社、及び秘匿の魔術合同拠点にて。
「ほ、報告いたします!! 魔導連合が進軍を再開! 第四拠点が陥落しました!!」
「へぇ~、思ったより早かったじゃない。案外、環境に適応するのが上手いのね」
はしたなく机の上に足を乗せ、揺りかごの様に椅子を傾けて遊んでいるソラリアに、プラーナは小さく首を振る。
「ソラリア様。そのようなはしたない真似はお止めください」
「別にいいじゃない。誰が見てる訳でもないんだし」
「私の部下が見ています」
プラーナの返答を受け、ソラリアは小さく舌打ちをすると、第五拠点へと報告に駆け込んできた魔術師に手をかざす。
それが何を意味するかを悟ってしまった魔術師の男性は、顔面を蒼白にして床に額を擦り付けた。
「も、申し訳ございませんでした!! どうか、どうかお許しを!!!」
「ソラリア様。魔女に敗れて、ただでさえ戦力が少なくなっている今、悪戯に頭数を減らすのは控えてください」
「その指揮を執ってたのは誰だったかしら」
「私です。何かご不満であれば、どうか私へお願いします」
静かに頭を下げるプラーナに、ソラリアは心底つまらなさそうに溜息を吐く。
手のひらに集めていた魔力を霧散させながら、彼女はテーブルの上の足を組みなおした。
「で? どうすんのよこれ」
「何人かが捕虜となり、情報が洩れる可能性は考慮していました。ですが、まさか魔術五指の内ふたりが寝返るとまでは先読みできませんでした」
「やっぱ第三拠点前で分断された時に殺しておくべきだったんじゃないのー?」
「……それについては、申し開きもありません」
「お望みなら、今からでも殺しに行ってあげるけど?」
どこからともなく現れた大鎌を片手で弄ぶソラリアに、プラーナは首を横に振る。
「その必要はありません。敵がすぐそこまで来ている現状、無駄に力を削ってしまえば本末転倒です」
「じゃあどうすんのよ。寝返られましたーはいそうですかーで済ませるほど、あんたも無能じゃないんでしょ?」
ソラリアの挑発的な言葉に対し、プラーナはこくりと頷く。
「彼女達には、一番辛い選択をしていただきましょう。そのためのこれがあるのですから」
閉ざされていた瞳をゆっくりと持ち上げながら、パチンと指を鳴らした。
それに応えるように姿を現したのは、猛獣を捕らえるための四角い檻と。
「……へぇ、いいもの用意してあるじゃない」
プラーナの怪しく輝く紅い瞳に怯え切っている、数人のエルフと人間の姿だった。
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「吹っ飛びなさい!! ストームフィストッ!!」
「ぐあああああああああっ!!」
「邪魔よ」
「きゃああああああああ!!!」
最後まで応戦していた魔術師の方々にレナさんとエルフォニアさんがトドメを刺し、ようやく辺り一帯から殺意を感じ取れなくなりました。
念のために周囲を探知してみますが、魔術師はおろか、野生の動物さえも検知しません。
「ふぅ! これで終わりかしらね」
『うむ。第四拠点に残っておった連中は皆、掃討できたようじゃ。ご苦労であったな』
「では、これから私達は拠点を整える。お前達はそこの建物で休んでいてくれ」
「でしたら、私は周囲を警戒してきましょう」
「すまないな、ラティス」
アーデルハイトさんに頷き返したラティスさんは、トントンと崖を上っていきました。
それぞれが拠点の安全確保の準備に取り掛かる一方で、魔術師の方々が使っていた建物に入った私達は、ここまでの疲れがどっと押し寄せて来たかのように、近くにあった椅子などに腰を下ろしてしまいました。
「あ゛ぁ~……。つっかれたぁ……」
「標高もかなり高くなってますし、流石に疲労の溜まり方が激しくなってきましたね……」
「疲れたわぁ~。レナちゃぁん、よしよししてぇ~?」
「あたしもしんどいんだけど……ほら」
チェストの上に腰を下ろしていたレナさんの膝に、フローリア様がごろんと転がります。
そんなフローリア様を苦笑しながら頭を撫で始めるレナさんを見て、エミリ達も触発されたように私に甘え始めました。
「お姉ちゃん、わたしも頑張ったからなでなでして?」
「お母様お母様、ティファニーにもお願いします!」
「ふふ、では……」
両サイドから膝に頭を置いてきた二人の頭を優しく撫でます。
外の寒気ですっかり冷たくなってしまっていた髪を撫でていると、コトッとテーブルにコーヒーが置かれました。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます、ユリアナさん」
首輪だけになり、一時的に自由となっているユリアナさんが、私達にコーヒーを淹れてくださっていたようです。
マグカップを両手で包み、その温かさに頬をほころばせていると、奥の方から悲鳴が聞こえてきました。
「な、何でよ!? 何でこれに着替えないといけないのよ!?」
「黙りなさい。あなたに拒否権は無いわ」
「くっ……殺せぇ!!」
今にも泣き出しそうなライゼットさんの手には、フローリア様の誕生日会で着た“メイド服”が握られていました。
何故エルフォニアさんが、あの服を持っていたのでしょう。もしかして、先ほどから続いている嫌がらせ目的で、フローリア様から貰っていたのでしょうか?
「ね、ねぇ……これ、他に無いの……?」
「文句でもあるのかしら」
「無いです……うぅ……」
泣きながら着替えさせられたライゼットさんでしたが、それは彼女の体型からして、非常に厳しいものがあるものでした。
全身フリフリのレースがあしらわれたそれのスカート丈はかなり短く、長身のライゼットさんの股下から二十センチほどしかないそれを必死に引っ張り、下着を隠そうとしています。
「あらぁ~! 可愛いじゃないライゼットちゃん! 似合ってるわ~!」
「似合ってない!! 私が着るものじゃないわよ!!」
「文句がある、ってことかしら」
「ひぅっ」
「私は良いと思いますけどねぇ。普段より肌面積狭いですし、健全じゃないですか」
「ユリアナああああああ!」
泣き出してしまったライゼットさんに苦笑しながら、私はユリアナさんにお礼を言うことにしました。
「話は変わりますが、ありがとうございましたユリアナさん。ユリアナさんが教えてくださったおかげで、迷わずにここまで来ることができました」
「いえいえ、私にできることなんてこれくらいですし。むしろ、私達を信じてくれたことにお礼を言いたいくらいです」
『しかし、本当に良かったのか? 妾達としては楽で良いが、お主らのリスクはかなり高いのじゃぞ?』
シリア様の言葉を代弁すると、ユリアナさんは小首を傾げました。
「リスク?」
『ほれ、場合によってはお主の家族などを人質に取られる可能性もあるじゃろう?』
「あー、それなら大丈夫です。私がスタースミス家の最後の末裔なんで」
「そうなのですか?」
「はい。って言うのも、私の両親は私に借金を押し付けて消えちゃったんですよ」
「えっ……」
言葉を失ってしまった私達に、彼女はなんてことも無いかのように言葉を続けます。
「よくある話ですよ。錬金術に期待されて研究費用とかも沢山もらってたのに、成果が出せなくて蒸発しちゃうんです。それはウチも例に洩れなかったってことです」
「じゃあ、ユリアナって今まで一人で……?」
「そうですね。今でこそライゼットと一緒に暮らしてますけど、プラーナ様に目を付けられるまでは一人でした」
ユリアナさんの言葉を継ぐように、ライゼットさんが頷きます。
「家では私が家事を担当しているわ。こう見えて私は、デキる女だから」
「え、あんたが家事してんの!? 十二歳よね!?」
「そうよ?」
「信じられない……」
「何で信じられないのよぉ!!」
バンッと机を叩いて抗議するライゼットさん。
ユリアナさんに家族がいないという事実に驚かされましたが、ライゼットさんが家事全般をこなしていると言う事にも驚きです。
彼女達も彼女達で、非常に苦労しているのですね……と、若干私の境遇と重ねて共感していると、周囲の警戒を終えて戻って来たラティスさんが姿を現しました。
「シリア、少し話があります」
『何じゃ?』
彼女はそれ以上語らず、もう一度外へと戻っていってしまいました。
私とシリア様は首を傾げながら顔を見合わせましたが、シリア様は何も言わず、彼女の後を追って出ていくのでした。




