790話 異世界人達は合流する
シリア様がレナさんへ連絡を行ってから、約五分ほど。
一足先に拠点へと帰還し、レナさん達の帰りを待っていると、遠くの方からレナさんと芋虫のような人を足で掴んでいるメイナードが戻って来たのが見えてきました。
「シリア様、レナさん達が戻って来たようです」
『うむ。じゃが、あれは何じゃ?』
「分かりませんが、先ほどの剣士の方……でしょうか?」
一応、レナさんの方も敵魔術師を捕まえたとは言っていましたし、その可能性が一番強いと思うのですが……と話しながら待っていると、私達の前に降下してきたメイナードが、その足で鷲掴みにしていたレナさん達を放り投げてきました!
「わあああああ!?」
「嘘でしょおおおおおお!?」
「危ない!!」
『ったく、何をしておるのじゃ』
私が受け止めようと下で構えますが、それよりも先にシリア様がお二人に対し、浮遊魔法を使用しました。
そのままふわりと地面に着地したお二人は、私達の少し後方に降り立ったメイナードへ、同時に抗議の声を上げます。
「ちょっとあんたねぇ!? レディの扱いがなってないわよ!!」
「全くだ貴様!! 捕虜に対してこんな扱いをして、許されると思ってるのか!?」
『あ゛?』
「ひぅ……っ!!」
不快感全開で睨みつけて来たメイナードに、芋虫のように縛り上げられている剣士の女性が涙を浮かべながら怯えました。
そんなメイナードの背から降りたフローリア様が、彼の頬をつんつんと突きながら言います。
「女の子をそんな風に威圧したらダメでしょ~メイナードくん」
『フローリア様がどう仰ろうとも、ソレは敵です。慈悲など不要では?』
「それがダメなの! 敵だろうと味方だろうと、可愛い女の子には相応の接し方ってものがあるのよ?」
フローリア様は「お手本を見せてあげる☆」と剣士の女性へと近寄っていき、彼女の傍にしゃがみ込みました。
「怖い魔獣に凄まれて怖かったわね~。でももう大丈夫! お姉さんが傍にいるわ!」
「な、何だ貴様は……」
「私はフローリア。【刻の女神】として崇められている神様よ」
「神、だと?」
「気を付けなさい。その神様、女の子だったら誰でも手を出すド変態だから」
「ちょっとレナちゃん! 何て事言うの!?」
レナさんの嘘偽りない言葉に、剣士の方が信じられないと表情で訴えています。
そんな彼女に、フローリア様は慌てて訂正し始めます。
「今のは冗談よ! 嘘に決まって……いや嘘じゃないかも? あ、でも安心してね!? ちゃんと節度は守ってるし」
とは言いますが、私も出会って初日で激しく抱きしめられたり、シリア様の先祖返りと言う事に強く興味を示されて、全身を撫でまわされたりしましたっけ……。
そんなことを思い出しながら苦笑していたはずでしたが、うっかりそれが口に出てしまっていたらしく、その事実を知らないエルフォニアさんとユリアナさんから、冷ややかな視線がフローリア様に注がれました。
「待って待って! 何でそういうこと言うのシルヴィちゃん!? 今のは違うのよ!? えっと、こういうのを何て言うんだったかしら……。そう! ヘンケンホードーよ!! 私の話も聞いて!」
「いや誰に対して報道してるのか分からないし。って言うか事実だし」
レナさんからの冷たいツッコミを無視したフローリア様は、今までの流れを完全に無かったことにして、彼女の頬に触れながら、慈愛に満ちた女神のような声色で言います。
「もう安心なさい。決して悪いようにはしないわ。ここに、あなたを傷付ける人は誰もいないもの」
『お主を別の意味で食す阿呆はおるやも知れぬがな』
「嫌ああああああああ!! 助けてユリアナああああああ!!!」
遂に剣士の方が耐えられなくなり、大粒の涙を流しながらユリアナさんに助けを求め始めてしまいました。
一方でユリアナさんはと言いますと、手枷がされている両手でコーヒーの入っているマグカップを包み、ゆったりとくつろいでいました。
「ずず……。はぁ、雪景色の中で飲むコーヒーって、なんでこんなに美味しいんですかねぇ」
「ユリアナああああああ!!」
「あー、はいはい。すいませんけど、その辺でからかうのを止めてあげてください。ライゼットはその見た目でまだ十二歳なんです。子どもへの性教育はもう少しお手柔らかにお願いします」
「「十二っ!?」」
思わずレナさんと声が重なり、剣士の方――ライゼットさんを凝視してしまいます。
つり目がちではあるものの、非常に整った成人女性の顔つき。巻き付けられている毛布越しからでも分かる、メリハリが強い体つき。
この見た目で、十二歳なのですか……。やはりエルフ族という種族は、私達人間に比べて、成長速度が大きく異なるのかもしれません。
驚きと感心の視線を向けていた矢先、レナさんが彼女に歩み寄り始めると。
毛布を引き剥がし、むんずっ! と彼女の胸を鷲掴みにしました!!
「ぎゃああああああ!?」
「ほ、本物だわ……」
「な、何するのよ変態!! くっ、殺せえええええええ!!」
捕虜になってしまったことが嫌なのか、それともレナさんに胸を揉まれることが嫌なのか分かりづらいですが、そんなに死を望むほどなのでしょうか。
そんなことを考えた次の瞬間。私は反射的にライゼットさんを守るように防護結界を展開しました。
「ひぃ……っ!?」
「ダメですエルフォニアさん! 殺してはいけません!!」
「何故、守るのかしら」
無表情に影の剣を放ったエルフォニアさんの言いたいことは、何となく分かります。
ですが、ライゼットさんはまだ十二歳。彼女がエルフォニアさんの故郷であるネイヴァール領を襲えるはずも無ければ、魔術師として行動した年月も決して長くないのです。
「彼女も魔術師ではありますが、ユリアナさん同様にあなたの仇敵では無いはずです。であれば、殺すのではなく捕虜として情報提供をしてもらうべきなのでは無いでしょうか」
「情報提供、ね」
そんなことをするとでも? と、血も凍りそうな冷たい視線がライゼットさんへ降り注がれます。
ライゼットさんは今にも泣きだしそうな顔を浮かべながら、同胞であるユリアナさんへ助けを求めますが。
「あー、私はもう魔術師所属では無いので。ライゼットとも無関係ですねぇ」
「嘘でしょ!?」
「ほら私、捕まっちゃいましたし。その上でヘッドハンティングされちゃいましたし。なので、敵対組織のライゼットに何を言われても助ける義理なんてないんですよねー」
呆気からんと言い放ったユリアナさんに、ライゼットさんは絶望の色を強く浮かべます。
そして彼女は、ぼろぼろと泣き出してしまいました。
「わ、私が知ってることなら……何でも答えます……。だから、ユリアナと一緒にいさせてください……。お願いします……」
『と、言う事じゃ。エルフォニア、異論はないな?』
「……ちっ。好きにしたらいいわ」
エルフォニアさんはつまらなさそうに舌打ちをすると、近くにあった椅子に腰を下ろし、魔女帽を深く被ってしまいました。
ひとまずエルフォニアさんが了承してくれたことに胸を撫で下ろしていると、拠点の扉が開かれ、聞き覚えのある声と共にある人物が姿を見せました。
「来ていたのですね、シリア。そちらの首尾は、聞くまでも無さそうですね」
『うむ。お主の方はどうなのじゃ?』
「残念ながら逃げられました。相変わらず、逃げ足の速さは一級品です」
この過酷な環境下でも、いつもと変わらぬ青と白の騎士風ドレスに身を包んでいる女性――ラティスさんです。
彼女は壁に氷の大剣ラーグルフを立てかけると、私に微笑んでからシリア様へ問いかけます。
「その捕虜はどうする予定ですか?」
『これから情報提供をしてもらう。そっちのオレンジ髪の小娘は生粋の錬金術師じゃが、今後は魔導連合の監視下で働かせることになった』
「錬金術師……この時代で、魔術師になっていない純粋な血筋が残っていたのですね」
『うむ。さて、ラティスも来たことじゃ。そろそろ話を進めることにするかの』
「分かりました。何から話せばいいですか?」
『そうじゃな、まずは――』




