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788話 ご先祖様は対峙する・後編

 シリア様の謝罪という、初めて見たかもしれない貴重な光景でしたが、今まで迫害され続けていた錬金術師である本人からすれば到底受け入れてもらえるはずが――。


「そう言う事なら、お互い様じゃないですかね……」


 ない、と思っていたのですが……。

 私の予想とは異なり、痛みに顔をしかめながらもユリアナさんが体を起こしました。

 未だに顔を上げないシリア様に対し、ユリアナさんは小さく嘆息しながら言います。


「新世界の鍵であるシルヴィと一緒に、魔術発足のきっかけとなったシリアがいる。その話は聞いてましたし、あなたの名前が出た瞬間に、同胞が殺気に満ちた罵詈雑言を投げていたのも知ってます。やれ、シリアのせいで居場所がなくなっただの、あの女のせいで人生が狂っただの凄いものでした」


「恨まれて当然であろう。妾はお主ら錬金術師を――」


「でもそれって、さっきも言った通りお互い様だと思うんですよ。どちらも自分達の方が優れていると主張しただけ。そんなの、研究職なら日常茶飯事じゃないですか」


 ユリアナさんの言葉にシリア様が顔を上げると、彼女は苦笑しながら言葉を続けます。


「私達はずっと、魔女は忌むべき存在で絶対に相容れないものだって言い聞かされてました。その具体的な理由は明示されないまま、魔女は殺せと刷り込まれてました。でも、そう言う事ならさきに殴った私達錬金術師の方が悪いとも思えるんですよ」


「……随分と、妾達に理解を示すなお主は」


「まー、私個人としては魔女に恨みも無いですし、仕事だから敵対してた面が強いですからね。こんなだから、他の魔術五指に比べて扱いが雑だったり薄給だったりするんでしょうけどねー」


 自虐気味に笑ったユリアナさんは、「でもまぁ」と続けます。


「いち錬金術師としては、失われた太古の錬金術を知っているということの方が重要かなって思います。流転の経典もそうですけど、さっきのは多分“星の生誕”ですよね?」


「うむ」


「初めて見たけど、凄かったなぁ……。この世界には、あんなに凄い錬金術がまだまだ沢山あるんだって、ワクワクしました。それと同時に、あなたに嫉妬して錬金術を諦め、魔術に転向したご先祖達を恨めしくも思いました。どうしてこんな凄い技術を捨てたのかって、小一時間問い詰めたいくらいです」


「捨てさせた本人である身としては、何とも言えぬのぅ」


 苦笑するシリア様に、ユリアナさんは「またまたぁ」と笑います。

 場の空気が少し和んできたのを感じ始めた頃、ふとシリア様が問いかけました。


「そうじゃお主。何やらプラーナらに不満を抱いておったようじゃが、お主は根っからの魔術師サイドでは無いのか?」


「そうです。私は元々、どこにも所属していない錬金術師の家系だったんですけど、ひょんなことからプラーナ様に目を付けられまして、秘匿の魔術(オブリビオン)に勧誘されたんです。資金援助と環境の提供と引き換えに、魔術師として仕事を手伝ってくれって」


「なるほどのぅ。つまりお主としては、魔術師に大した思い入れも無いのか」


「ぶっちゃけちゃえば無いですね」


 彼女の回答に、シリア様は少し考え込み始めます。

 やがてご自身の中で結論が出たらしいシリア様は、ユリアナさんにこう提案するのでした。


「ならばお主、妾達の下で腕を振るわぬか?」


「今よりお給料が高くて研究設備が整ってるなら全然いいですよ」


「そうか。今はどれほどの給金が出ておる?」


「今はですね……」


「ちょっと待ってもらえるかしら」


 まさかのスカウトの話に発展し始めたシリア様達に、ストップをかけたのはエルフォニアさんでした。

 話を中断させられたお二人は、きょとんとした表情でエルフォニアさんへ振り返ります。


「何じゃエルフォニア。今は大事な交渉中なのじゃが」


「その交渉が成立している時点でおかしいと思うのは私だけかしら」


「ヘッドハンティングは人材確保の要ですよ?」


「あなたは黙っててもらえないかしら。殺されたいなら話は別だけれど」


「うぇー、おっかな……」


 エルフォニアさんから発せられた殺意に身を縮こまらせたユリアナさんに代わり、シリア様がやれやれと立ち上がって問いかけます。


「お主にとって、魔術師が皆仇敵に見えるのは妾も理解しておる。じゃが、その魔術師の全員が全員、かつてネイヴァール領を攻めた者共では無かろう」


「えぇ、そうね。だからと言って、魔術師を味方に付けるなんて賛同できないわ。魔術師の家系では無いとは言え、そいつもさっき自分で言っていたはずよ。魔女は殺すべきだと刷り込まれていたと」


「それが魔術師における共通理解であり、信念であることは妾も知っておる」


「なら、引き入れて油断させたところで魔女を手に掛けるとは考えないのかしら」


 シリア様はちらりとユリアナさんを見ましたが、呆れた顔を浮かべ、親指で彼女を示しながら答えます。


「こ奴にそんな魂胆があると思うか? こ奴のような研究者は、与えられた職務より自身の研究に繋がる利益を最優先する変人共じゃぞ?」


「私今、さらっとバカにされましたか?」


「その利益に、魔女を裏切ることで魔術師側からさらに報酬が得られる……という可能性は考慮しないのかしら」


「他の魔術師ならばあり得る話じゃろう。じゃが、先のこ奴の反応を見たか? 妾の錬金術を見て、敵に感動を示す根っからの錬金術師であり、戦場で呆けられる阿呆じゃぞ?」


「え、やっぱり私バカにされてますこれ? ――ひぃ!?」


「黙ってろと、言ったはずよ」


「あ、すいません……」


 魔術師が不快なのは分かりますが、既に敵意が無い相手に対し、服を地面に縫い付けるように影の剣を投げつけるのはどうなのでしょうか……。

 魔術師を許せないエルフォニアさんを、どう説得するのでしょうかとシリア様へ視線を移すと。


「ならばこうしよう。こ奴の管理は妾がする。万が一、こ奴が不審な動きを見せたり裏切ろうものなら、妾ごと処断するがよい」


『シリア様!?』


 とんでもない交換条件を提示し始めました!

 予想だにしていなかったその条件にエルフォニアさんと驚愕していると、シリア様はうんうんと一人で頷いています。


「確かに、こ奴の今の所属は秘匿の魔術じゃ。そこに属しておる錬金術師を信じるに値しないというのも十分に頷ける。ならばこ奴は当面、捕虜として妾が――もとい、魔導連合の管理下で監視させよう。捕虜として生かしておく交換条件として、魔術師側の動きや作戦を告白させる、という体でどうじゃ。幸い、こ奴から聞いた感じでは、どのみちもう後は無いようであったからの。魔術師を売ったところでデメリットにもなるまい」


「……なら、もし万が一のことがあった場合、総監督責任者としてシリア様が責任を取るのね?」


「うむ。どんな非難も受け入れ、あらゆる罰も受けよう」


 シリア様のためらいの無い返答に、エルフォニアさんは深く、深ーく溜息を吐きました。

 そんな彼女に苦笑していると、あなたはどうなのかしらと言わんばかりに視線を投げかけられました。


『シリア様、本当によろしいのですか? 敵意が無いとは言え、数分前までは敵対していた方ですよ?』


「構わぬ。妾とて、無策で言っておる訳では無いからの」


 シリア様はそう言うと、指をパチンと鳴らしました。

 それに応じるように、ユリアナさんの首と両手に無骨な枷が課せられ、彼女の自由を奪います。


「どうじゃユリアナよ、その状態で亜空間収納にアクセスできるか?」


「無理ですねー、アクセスしようとすると弾かれます」


「とのことじゃ。これならば錬金術で生成した道具も取り出せぬし、このなりで魔女を手に掛けるなどできまい。妾以外の者から信頼を得るまでは、この拘束具を用いることで手打ちとせんか?」


 シリア様がそれでいいと仰るのならば、私は異論はありませんが……と、エルフォニアさんを見上げます。

 彼女はまたしても深い溜息を吐くと、やや諦めたような口調でシリア様へ答えました。


「……そこまで言うなら好きにして頂戴。その代わり、私は関わり合いたくないわ」


「うむ、お主の手は煩わせんよ。さて、話が逸れたがユリアナよ。今後の条件を詰めていくとするかの」


 再び雇用条件に関する話し合いを始めたシリア様達と、頭痛を押さえるように額に手を当てるエルフォニアさんに、私は苦笑を浮かべる外ありませんでした。

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