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784話 魔女様達は拠点に到着する

 亜空間通路を抜けると、とても整備されているとは言い難いやや厳しめな環境が私達を迎えました。

 ゴツゴツとした岩肌の壁や、踏み固められただけの地面。そして、少し奥にある崖の先には、豆粒のような大きさの街並みが一望できます。

 それに加えて、先ほどまで森にいた頃の気温よりもだいぶ寒く感じます。恐らく、目的地であるオルゲニシア山脈の山間部なのでしょう。


 そんなことを考えていると、隣にいたエミリが小さくくしゃみをしました。

 神狼種という動物に近い感覚を持つエミリにとって、急激な温度変化に体が驚いてしまっているのだと思います。

 エミリに追加でマフラーを巻き終わるのを見計らい、ローブの方が私達へ静かに言いました。


「こちらが、現在制圧済みの第一拠点となります。総長様達はこの先、第二拠点にてお待ちでございます」


「え、ここじゃないの?」


 レナさんの疑問に、シリア様が答えます。


『空間転移は、その規模や移動距離で特に感付かれやすい。転移先で敵が待ち構えておるなぞ最悪の展開になり得るが故に、基本的には目的地から少し離れた場所に転移するのじゃ』


「へぇー、シルヴィに連れて行ってもらう時はだいたい現地だったから、あまり気にしたことが無かったわ」


『こ奴の魔力は異常過ぎるからの。仮に悟られたとしても、事を構えるより穏便に済ませられないかと様子見される方が常じゃよ』


 呆れたような視線を向けられ、私はとりあえず苦笑して誤魔化すことにしました。


「それじゃ、私達はこのまま少し山登りすればいいのかしら?」


「大変お手数をお掛けしてしまい、恐縮でございます」


「いいのよ~。美少女を侍らせてハイキングなんて、最高に楽しいもの!」


「あんた、ホントどこに行ってもブレないわよね……」


「えぇ? じゃあこうした方がいい?」


 フローリア様は自身の体を抱くと、瞳を潤ませ始めました。


「こんな、いつどこから魔術師が飛び出してくるか分からない場所、怖すぎて歩けないわ……。レナちゃん、守って……?」


「あんたを餌にして飛び出してきたところをぶっ飛ばしてあげるから安心しなさい」


「やーん!! レナちゃんの意地悪ぅ!!」


 レナさんの先ほどの言葉を繰り返すことになりますが、本当にフローリア様はブレないと思います。

 それに対処するレナさんもレナさんだとは思いますが。


『ほれ、阿保やってないで先に進むぞ。既に先行部隊は戦っておるのじゃ、妾達が遅くなれば遅くなる分、被害が増えるぞ』


「そうですね。早くアーデルハイトさん達と合流して、作戦を開始しましょう」


「皆様、どうぞご武運を」


「送っていただき、ありがとうございました。では、行ってきます」


 私達に深く頭を下げるローブの方に別れを告げ、私達は登頂を開始しました。





 登頂を開始してから、約一時間ほど。

 あちこちに雪化粧が施された山道を歩き続けていると、ようやく次の拠点と思われる場所が見えてきました。

 急造したにしては綺麗な建物がいくつか並び、小さな人影が忙しそうに駆け回っている様子が伺えます。


「なんか忙しそうね」


『事前の作戦会議では、ちょうど次の拠点を制圧する頃合いじゃ。後方支援となる連中が慌ただしくしておるのじゃろう……む?』


「シリア様、どうかしましたか?」


『あれはヘルガか? 何やら急いているようじゃが』


 徐々に鮮明になっていく人影の中に、金色の短髪に白を基調とした軍服のような魔導士服を着こんでいる男性の姿がありました。シリア様の仰る通り、あの外見はヘルガさんだと思われます。


「ヘルガさん、遅くなりました! 【森組】です!」


「お? おぉー! シルヴィちゃん達、ナイスタイミングだ!!」


「はい?」


 彼はこちらに駆け寄ってくると、パンッと両手を重ねながら頭を下げてきました。


「悪い! 来て早々なんだが、ちょっと手を貸してくれないか!?」


「それは構いませんが、どういう状況なのでしょうか?」


「そうだな、どこから説明するか……」


 ヘルガさんが説明内容を考えていると、彼の影が蠢き始めているのが視界に入ってきました。

 それは徐々に人の形となっていき、やがてよく知った人物の姿へとなっていきます。


「私から説明するわ」


「おわっ! お前なぁ、俺の影使う時は一声かけてくれって言ってんだろ?」


「転移前に連絡は入れたはずよ」


 エルフォニアさんから即答され、ヘルガさんはポケットからウィズナビを取り出します。

 すると、どうやら着信があったことに気が付いていなかったようで、嫌そうに顔をしかめていました。

 そんな彼に構わず、暖かそうな毛皮で作られた冬仕様の魔女服を着こんでいるエルフォニアさんは、私達に状況の説明を開始しました。


「まず、今起きている事態は二つ。一つは、第三拠点の制圧に手間取っていること。もう一つは、後方支援部隊が前線と分断されていること。そのどちらも、魔術五指が姿を現したことで対処に追われているわ」


「っ!!」


 魔術五指という単語に、レナさんが強く反応を示しました。

 確か彼女は、魔術五指の中の一人である、【罠士】ロジャーという方と因縁があるのでしたっけ。何度か彼と相対し、引き分けたり不意を突かれてフローリア様が負傷してしまったりと、中々苦い思いをさせられている相手だと聞いています。


 私自身も、魔術五指に匹敵するというマリアンヌさんと対峙して苦戦を強いられたことがありました。

 特殊な道具を持っていたとは言え、彼もかなりの実力者でしたし、先行部隊が足止めされてしまっているのも無理はないと思います。


 私はレナさんが硬く握りこぶしを作ってしまったのを隠すように、一歩前へ出て代わりに対応します。


「分かりました、すぐに向かいます。私達は前線と後方支援、どちらへ向かえばいいでしょうか」


「前線はラティス様達が対応してるから、シルヴィちゃん達は後方支援組を助けてやってくれ!」


「子ども達はあそこに預けてきなさい。準備ができ次第案内するわ」


 エルフォニアさんに頷き、私はエミリ達を連れて拠点内へと向かいます。

 中では負傷した魔女や魔導士の方々が体を休めている姿も見受けられますが、作戦の出番が来るまでリラックスするためにお茶を楽しんでいる方々もいらっしゃるようです。

 そして何より、そんな方々の中で一番目を惹いたのは――。


「あぁ! 【慈愛の魔女】様、お久しぶりでございます!」


「お久しぶりです、セリさん」


【豊穣の魔女】である、セーリンデさんでした。

 今日も私と同じように、綺麗な金色の髪で片目を隠している彼女は、私達の下へパタパタと駆け寄ってくると、ふわりと笑みを浮かべました。


「外は大変お寒かったでしょう? 今、温かいものをお持ちいたしますので、少々お待ちくださいませ」


「いえ、私達はこれから戦闘に向かいますのでお構いなく。それより、エミリ達をお願いできますか?」


「もちろんでございますわ。このセリ、命に代えても【慈愛の魔女】様のお子様方をお守り致します」


「ふふ、ありがとうございます」


 私はエミリ達に視線を合わせるべくしゃがみ込み、二人の目を見ながら言います。


「いいですかエミリ、ティファニー。ここから先は命のやり取りが発生する戦場です。二人の力を借りないといけない時が必ず来ますので、今はここで待機していてください。もしできそうなら、セリさんのお手伝いをしてくれると嬉しいです」


「うん、待ってるねお姉ちゃん」


「お母様、どうかお気をつけて」


 二人の頭を軽く撫で、セリさんにお願いして外へ出ます。

 外ではレナさん達が動き方について話し合っていた模様で、私が来たと同時に簡単に説明してくれました。


「シルヴィ、あたし達が担当するポジションには魔術五指が二人いるみたい。で、それぞれ分断して倒しちゃいたいらしいんだけど、シルヴィはエルフォニアと組んでもらえる?」


「分かりました。ですが、レナさんの方は」


「あたしはメイナードを借りてくわ。フローリアも今回は戦ってくれるみたいだし、こっちは気にしないで」


「任せなさいっ♪」


 厚手のコート越しでも形が分かるくらいに、両腕で豊満なそれを挟み込んだフローリア様に対し、レナさんが小さく舌打ちした気がしましたが、聞かなかったことにしましょうか。

 私はレナさんに頷き、改めてエルフォニアさんへ向き直ります。


「それではエルフォニアさん、お願いします」


「えぇ、こっちよ」


 私達を先導するため、エルフォニアさんが先を歩きだします。

 遂に戦闘が始まってしまう……。そんな緊張感に自然と顔が強張るのを感じながら、私達はその後に続いていきました。

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