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783話 魔女様は出発する

 朝食を終え、連絡があるまでゆっくりし始めた頃。

 まるで私達の行動を呼んでいたかのように、私のウィズナビが着信を報せました。


『来たか』


「はい、アーデルハイトさんからです。……おはようございます、シルヴィです」


『おはよう、【慈愛の魔女】。体調は万全か?』


「はい、おかげさまで心身共にリラックスできていると思います」


『そうか、それならいい。今日の作戦はお前が要だからな、頼んだぞ』


 念押しするように言われ、自然と気が引き締まるのを感じました。

 しかし、その緊張を解すかのように、ウィズナビ越しに陽気な声が聞こえてきます。


『おーっすシルヴィちゃん! 今日も可愛い声をしてるなー!』


「ふふっ。ヘルガさんもおはようございます。声を褒めてくださってありがとうございます」


『おう! 可愛い子はちゃんと褒めて伸ばしていかないと――いっで!? んだよトゥナ! まだ何もしてねぇだろ!?』


『お前は黙っていろ!!』


『あでっ、蹴るな蹴るな! せっかくの一張羅が汚れちまうだろ!?』


『どうせ戦闘で汚れるものだ! 今多少汚れようと関係ないだろう!』


『んだよ、この焼きもち焼きさんめ! ……おわっと!! だから室内で炎魔法はやめろって! 分かったよ、出てけばいいんだろ出てけば!! じゃあなシルヴィちゃん、また後でなー!!』


 小さな爆発音や打撃音、そしてバタバタと駆けまわる足音などが響き続けていましたが、ヘルガさんが室内から出ていったことでアーデルハイトさん一人になったようでした。


『ったく、あいつと言う奴は……。おい、【慈愛の魔女】。何がおかしい?』


「い、いえ! 何でもありません!」


『……まぁいいだろう。さて、話を戻すが、これよりそちらへ迎えを寄こす。迎えの者が到着次第、その者に従って移動を開始してくれ。あぁ、あと現地の情報についてだが、オルゲニシア山脈山頂の天候は吹雪だ。防寒対策を怠るなよ』


「分かりました、可能な限り防寒着を着ていきます」


『あぁ。他に質問が無ければ、あとは現地で話すぞ』


 念のため、シリア様へ質問しておくことはあるかどうか確認を行いましたが、シリア様も特に無かったらしく、ふるふると首を横に振っていました。


「大丈夫です」


『分かった。では、また後で』


 その言葉を最後に、アーデルハイトさん側から通話を切られてしまいました。

 十二月も下旬と言う事もあり、冷え込むことは予想できていましたが、まさか吹雪いているとまでは考えていませんでした。

 迎えの方が見えるまでに、防寒服の準備をしておくことにしましょうか。





 それから十分も経たないうちに、我が家に到着したらしい迎えの方が呼び鈴を鳴らす音が聞こえてきました。


「シルヴィー、魔導連合の人が来たわよー!」


「すぐに行きますと伝えてくださいー!」


 エミリの頭に可愛いニット帽を被せて、他に見落としや忘れ物が無いかを再度確認します。

 メイナードは既に屋根の上にいますし、ティファニーの服も着替え済みです。エミリも今終わったところですし、私自身の忘れ物は……。


『ほれ、これを渡すのじゃろ?』


「え? わわっ!」


 唐突にシリア様から何かを投げられ、落とさないように両手でキャッチします。

 両手の中に視線を落とすと、それは昨夜調整してそのまま置き忘れていた、レナさんのためのキーホルダーでした。


「ありがとうございます、シリア様!」


『よいよい。他に忘れ物は無いな? お主は特に、三カ月先まで帰ってこられんのだからな』


 シリア様に再度確認を取るように促され、部屋の中を見直します。

 獣人族の方々に家を建ててもらってから、ほぼ何も持っていなかった私の質素な部屋でしたが、今ではエミリやティファニーが増えたことで、可愛らしいぬいぐるみやお気に入りの花を飾った額縁など、しっかりと生活感が感じられるいい部屋になっています。


 その中でもやはり、私の私物と言うものはあまり多くは無いのですが、唯一手放したくないものと言えば、枕元に飾ってある家族の集合写真でしょうか。

 シリア様を抱いた私が中心で、両サイドにエミリとティファニーがピタリと抱き着き、私の肩にメイナードが止まっています。その私達の前にはレナさんとフローリア様がしゃがんでピースサインをしているその写真は、心地の良い夏入り前の記念写真です。


 一瞬それを持って行こうかとも考えましたが、それを持ち出したが最後、この家に私がいた痕跡が残らなくなってしまうような気がしてしまいました。


『どうしたシルヴィ?』


「……いえ、何でもありません」


 私はエミリの手を取り、自室を後にします。

 そのまま階段を降りて診療室を通過しようとして、今日も清潔に保たれているベッドに視線が吸い寄せられました。


 このベッドの上で、沢山の人を治療しましたね。

 大怪我を負いやすい獣人族の方々に始まり、狩りの手伝いや農具の扱い誤りで怪我をしたハイエルフの方々。そして最近では、街の教会で治せない呪いや怪我を何とかしてほしいと駆け込んでくる冒険者の方々も来るようになっていました。


 そんなベッドの脇にある小さな椅子に腰を下ろし、完治したと喜ぶ彼らに寄り添いながら笑っていた毎日は、忙しいながらもとても充実して楽しいものでした。

 三か月後、またあの日常に戻れるのでしょうか。……いえ、戻れるかではありません。戻るために、私達はこうして戦いに行くのです。


 瞳を閉じ、小さく深呼吸をして前を向きなおします。

 私達はそのまま待合室である玄関を後にし、扉を開いて外へと向かいました。


「あ、シルヴィちゃん達来たわよ~」


「すみません、お待たせしました」


 既に外で待っていたフローリア様達に謝りながら近づくと、彼女達の影に隠れていた黒いローブの方が恭しく頭を下げてきました。


「とんでもございません。こちらこそ、急かすような形となってしまい大変申し訳ございません」


「いえいえ。吹雪になっていると予想できなかった私達が悪いので」


『社交辞令はその辺にしておけ。早う移動せんと、吹雪が悪化するやも知れんぞ』


「そうですね。すみませんが、早速案内をお願いできますか?」


「かしこまりました。では、準備いたしますので少々お下がりください」


 ローブの方はそう言うと、自身の背後にあった空間の亀裂を横に広げ始めました。

 久しぶりに見るその光景に懐かしさを感じながら、私は今の内にとレナさんに声を掛けます。


「レナさん、渡しておきたいものがあります」


「え、何?」


 ポケットに入れておいた桜のキーホルダーに、我が家の鍵を取り付けて彼女に手渡します。


「家の鍵です。私が留守の間、家のことをお願いしますね」


「わぁ、可愛いキーホルダーも付いてる……! もちろんよ、バッチリ任せて!」


「あら、そのキーホルダー……魔導石で出来てるのね~」


「はい。私の魔力と神力を込めてありますので、何かあった時に使えるかもしれません」


「えぇ!? 魔導石って確か、かなり高いんじゃなかった!?」


「それはお手製の魔導石ですので、金額は気にしないでください」


「いやいや、魔女お手製の魔導石ってもっと価格が跳ね上がるとかシリアが言ってなかったっけ……? まぁいいけど。ともかくありがとね! 失くさないように大事にするわ!」


 レナさんはキーホルダーをポケットにしまい、私ににぃっと笑いかけます。

 そんな彼女に微笑み返していると、準備が整ったらしいローブの方から声を掛けられました。


「お待たせいたしました。それでは、こちらへ」


 私達は頷き、一人、また一人と亜空間の中へと足を踏み入れていきます。

 一番最後に入ろうとしていた私でしたが、言い忘れていたことを思い出して我が家へと振り返ります。


「……行ってきます」


 塔で過ごしていた時間に比べれば、二年にも満たない短すぎる期間でした。

 それでも、塔にいた頃と比べるまでも無く、私に幸せな時間と温もりを与えてくれた大切な場所でした。

 私は必ず、ここに戻ってきます。私の居場所は、ここなのですから。


「お姉ちゃーん、どうしたのー?」


 亜空間の奥から聞こえてきたエミリの声に、私は笑って答えました。


「何でもありません。すぐに行きます」

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