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781話 天空の覇者は契約を絶つ

『何じゃお主、やけにぐったりとしておるな』


 部屋に戻って来た私に、シリア様が声を掛けてきました。

 視線をそちらへ向けると、既にエミリはベッドで眠っているようで、ティファニーも窓際の植木鉢で眠っているようでした。


「お風呂場でフローリア様に洗われまして……」


『はぁー……。何故あ奴は最後の最後までこうなのじゃ』


『フローリア様に落ち着きを求める方が酷という物でしょう』


『そうやも知れんが、何とも頭の痛い奴じゃ』


 メイナードに同意を示しながらも、シリア様はやれやれと額を手で押さえていました。

 そんな二人に疲れた笑みを向けた私は、シリア様のための最終調整を行うべく、魔力体で生成した私の体を出現させました。


 椅子に座らせた私の体に魔力を流し込み始めた私へ、シリア様が尋ねてきます。


『む、まだそれは終わっておらんかったのか』


「一応終わってはいますが、もう少し魔力保有量を拡張できないかと調整していたところです」


『じゃが、その器だともう限界まで注がれていよう。その量なら妾が全力で“全てを無に帰す(エクスターミネイト・)洛星(メテオ)”を撃っても、まだ余りがあるほどじゃ。無理に拡張して壊しては、元も子もないぞ?』


「ですが、私が不在の状況下ではシリア様の魔力供給も万全ではありませんし……」


『阿呆。万全では無いとは言え、無策な妾ではないわ。お主がおらん状況でも、魔力の補充手段はいくつか講じておる』


 シリア様はそう言うと、猫の体から私の魔力体へと移り変わりました。

 パチリと目を開いたシリア様が立ち上がり、感覚を確かめるように手を開閉させます。


「うむ。魔力の流れも問題ない。言ってしまえば、全盛期の妾よりちと劣るかと言った具合の魔力量じゃ。これ以上は高望みという物よ」


 くふふと笑うシリア様に頷き、私は続けて別の物を取り出します。

 机の上に置かれたそれを見て、シリア様は怪訝そうに問いかけてきました。


「何じゃそれは? 桜の花を模したアクセサリーにも見えるが」


「これはレナさん用のキーホルダーです」


「キーホルダーじゃと?」


「はい。厳密には、魔導石を加工して作ったキーホルダーです。ここに、私の魔力を込められるだけ込めて、有事の際の保険代わりにしてもらおうと思いまして」


 私の回答を受け、シリア様はまたしても深い溜息を吐きました。


「それは過保護と言うものでは無いか? レナにはフローリアが持たせておるクロノス教徒の証もあるのじゃぞ?」


『フローリア様が作られた、命の危機に反応する特殊な代物だ。その効果を信じていない主では無いだろう?』


「それはそうなのですが」


 シリア様とメイナードを疑う訳ではありませんが、どうしてもレナさんが心配なのです。

 こう言ってしまうと聞こえが悪くなるかもしれませんが、エミリ達のことが心配である以上に、レナさん自身の身が心配と言いますか……。


 何と答えようか考えていた私へ、シリア様は小さく嘆息しました。


「まぁよい。保険なぞ多くあって困ることは無いからの」


「ありがとうございます、シリア様」


 ふっと笑うシリア様に微笑み返し、キーホルダーに魔力を注ぎ込みます。

 しばらくして魔力を受け付けなくなったそれを持ち上げると、ほんのりと淡く発光しているのが見て取れました。


「うむ、良い色じゃの」


「はい。きっとレナさんに似合うと思います」


『小娘小娘と、主はアレの母親にでもなったつもりか』


「そういう訳ではありません。友達として、私がいなくなった後のことを心配して」


『別になんだって構わんが、我の方もそろそろ始めろ。遅くなると休息に支障が出るぞ』


 ぶっきらぼうな言い方に私が小さく息を吐くと、シリア様がくふふと笑っていました。


「ほれ、メイナードの言う通りさっさと始めるぞ」


「分かりました。メイナード、こっちへ来てください」


 彼を呼び寄せ、椅子の背もたれの上に止まらせます。

 今は手のひらサイズになっている彼に手をかざし、私とメイナードとの契約情報を呼び出します。


 天空の覇者であり、凶兆の大鷹(カースド・イーグル)と恐れられていた誇り高き翼、メイナード。

 彼が私の召喚に応じて契約してからという物、本当に助けられることが多々ありました。

 怖くて空を飛べない私を背に乗せ、大空を舞った時のあの感動。

 何事にも興味を示さないようにしていながらも、誰よりも私のことを気に掛けてくれていた優しさ。

 私が不在の森を、外敵や森に住む危険な魔獣から守ってくれていたりと、その力を存分に発揮してくれていましたね。


 去年の四月頃に契約を交わしてから、ずっと私を見守り続けていた彼と契約を解消することに、非常に躊躇ってしまいます。

 そんな私の背を押すように、メイナードがいつになく優しい口調で言いました。


『これが今生の別れという訳では無い。我の主がシリア様になるだけだ』


「そう、ですね。すみません」


 そう。万が一私が再び洗脳され、私と戦わなくてはならなくなってしまった場合、主従関係であるメイナードが手出しできなくなることから、一時的にシリア様へ契約情報を移行させていただくだけです。

 そう理解はしているのですが、いざその時が来ると、どうしても契約解消の手が止まってしまいます。


 やがて、一考に作業を進めようとしない私を見かねたメイナードが、金色に表示されていた契約情報に自身の額を押し当てながら、解消手続きを始めてしまいました。


「メイナード」


『主よ。我も主と会うことができて良かった。当初は暇潰し程度になればいいと考えていたが、魔王様と手合わせさせていただいたり、街を容易く滅ぼせる化け物と対峙したり、挙句に神と戦う機会が得られるなど夢にも思わなかった』


 契約情報がどんどん解消されていき、金色に染まっていたそれが彼の色に戻りつつあります。


『その行く先で、己が仕えた最強の魔女と相対することができるなど、広い世界を見ても我くらいだろう。我は必ず主の下まで辿り着き、主と神を超えることで世界最強の名を手にして見せよう。主はその時まで、安心して囚われていろ』


 自信に満ちた口調ではありますが、彼が言いたいことを表面だけで受け取ると、ただ強い人と戦いたいだけにしか聞こえません。

 ですが、これまで長い月日を共にしてきたパートナーだからこそ、彼が本当に言いたいことも汲み取れるという物です。


「……ふふ。まるで囚われのお姫様を助けに来てくれる騎士様のようですね」


『従魔契約とは元来、君主に忠誠を誓う騎士が決して刃向かわないようにと作られた魔法だ。その在り方からして、我も騎士であると言えるだろうな』


「こんなに頼りになる騎士は、世界のどこを探してもきっと見つからないでしょうね」


 ほぼほぼ契約情報が解消されてしまい、残すは中央にほんの一部分染められている金色の紋様だけです。

 私は今度こそ、頼れる騎士が迎えに来てくれることを信じて、彼を送り出すために言葉を紡ぎます。


「我、ここに主従の契約を解消し、汝の新たな主をシリア=グランディアとす。我への忠誠を以て、彼の者へ変わらぬ忠誠を示せ」


『我、新たな主へ変わらぬ忠誠を誓い、この身滅ぶまで主を守らん。前契約者との契約を解消することを、ここに同意する』


 私達の言葉を最後に、僅かに残っていた金色も染め上げられ、私の左中指にあったメイナードの契約指輪が光の粒子となって消えていきました。

 その粒子は導かれるようにシリア様の下へと向かい、シリア様の左中指に同じ形を形成します。


「……うむ。無事に移行は成ったようじゃな」


「はい」


 外出する時は、ほぼ必ずと言っていいほどつけていた指輪が無くなり、少し寂しさを覚える左の中指を擦ります。

 シリア様の魔力のように、これまでずっと体の一部のように感じていたメイナードの魔力を、もう感じることはできません。


「シルヴィよ」


「……何でもありません」


 ふるふると首を振り、努めて平静であるようにとシリア様に微笑みます。


「私の騎士を、よろしくお願いします」


「……うむ。必ずや、姫君の下まで送り届けて見せようぞ」


 見え透いている強がりに、シリア様は追及することなく、いつものように笑ってくださるのでした。

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