778話 義妹達は懇願する・前編
洗濯物も終わり、レナさん達がお風呂から上がって来るのを待つべく、食堂でお茶を作ろうと準備していると。
「お姉ちゃん、わたしも飲みたい!」
「ティファニーもお願いします!」
一足先にお風呂を済ませていた可愛い妹達から、そんな声が上がりました。
彼女達に作るのなら、お茶ではなくココアの方がいいかもしれません。
「分かりました。寝る前に少し体を温めておきたいですし、ココアを用意しますね」
「わぁい!」「ありがとうございます!」
嬉しそうな笑みを浮かべてテーブルに着く二人。
そんなエミリ達を愛おしく感じながらも、手早くココアを三人分作ってテーブルに運びます。
「はい、できましたよ。熱いので気を付けてくださいね」
「あったかぁい……」
「甘くていい香りです……」
マグカップを両手で包み込み、ほっこりと顔をほころばせたエミリ達に微笑みながら、私も一口啜ります。
ココアの甘い優しさがじんわりと体に染み渡っていき、エアコンをつけていても外の景色から肌寒さを感じる夜にピッタリでした。
やや猫舌気味なティファニーが何度も息を吹きかけて冷ましている隣で、熱さに強いエミリがずずずっと啜り、その甘さに顔を蕩けさせます。
「甘ぁい……美味しい~」
「うぅ、まだまだ熱くて飲めません……」
しゅんとしてしまっているティファニーに小さく笑い、冷凍保存庫から氷をひとつ取り出して入れてあげます。
「少しだけ味が薄まってしまいますが、この方が飲みやすいかもしれません」
「ありがとうございますお母様! ふー、ふー……」
その上でもしっかりと冷ましてからココアを啜ったティファニーは、エミリと同じようにとろんと顔を蕩けさせました。
幸せそうにココアを楽しむ二人を優しく見つめていると、ふと視界の端に時計が映り込んできました。
時刻はまもなく、夜の八時を過ぎようとしています。もう少ししたらエミリ達をベッドに入らせて、私もお風呂に入ったり掃除をしたりと忙しくしなければなりません。
家事と家事の束の間の安らぎではありますが、やはりこうしたひと時は至福ですね。
そんなことを考えていると、さっきまでは幸せそうにココアを楽しんでいた二人が、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見てきていました。
「どうしたのですか?」
私が尋ねてみると、二人はほぼ同時に視線をテーブルに落としてしまいます。
何か言いたいことがあるけど言い出せない。そんな雰囲気を感じ取っていると、ぽつぽつとエミリが口を開き始めました。
「あの、ね? 明日、お姉ちゃんが捕まっちゃうでしょ? お姉ちゃんが捕まっちゃったら、もうココアも飲めないし、美味しいごはんも食べられなくなっちゃうんだって、思い出しちゃったの」
「ダメですエミリ、お母様を困らせてはいけません。ご飯はシリア様が作ってくださるって言っていたじゃないですか」
「でも! シリアちゃんのご飯よりお姉ちゃんのご飯の方が美味しいのは、ティファニーも言ってたでしょ!?」
「それは、そう言いましたけど!」
エミリは堪えきれなくなった涙を、ぽろぽろと零し始めてしまいました。
「やっぱりやだ……! お姉ちゃんと離れたくない……!! 仕方ないってみんな言うけど、やっぱりお別れしたくないよ……!!」
「エミリ!! なんでそんなことを言うんですか!? もうずっと前に決めたことなのに、そんなこと言われたら、ティファニーだって……! うっ、ぐすっ……!」
エミリに引きずられるように、ティファニーまで顔を覆って泣き出してしまいました。
二人の言いたいことは痛いほど分かります。さらに言えば、今までも何度か私に抱き着いて泣き出してしまうことが度々あったくらいには、エミリ達は私と離れることを強く拒んでいました。
シリア様の意向で、少しでも二人が私離れできるようにと旅をさせたり、時々料理を交代していただいたりしていたのですが、二人はそれを受け入れていたのではなく、我慢していただけのようです。
エミリはぐすぐすと泣きじゃくりながら、イヤイヤと首を振ります。
「お姉ちゃんがいなくなっちゃったら、わたし起きられないよ! お風呂上がってから尻尾だって乾かせないし、あの大きなベッドで一人きりだよ!? そんなのやだ……!!」
「シリア様が一緒に寝てくださるって言っていたじゃないですか! 尻尾だって髪だって、できるだけシリア様がやってくださるって」
「シリアちゃんはお姉ちゃんじゃないんだよ!!」
今まで聞いたことの無いような強い否定の言葉を受け、ティファニーが驚きで固まってしまいました。
その一方で、エミリは私に抱き着き、離さないと言わんばかりに力んできます。
「お願い、行かないで……! わたしを一人にしないで……! わたしは、お姉ちゃんとずっと一緒にいたいの! お姉ちゃんがいない家なんて、家じゃないもん!!」
お腹に頭を何度も擦り付け、泣きじゃくるエミリの悲痛な叫びが私に深く突き刺さります。
そこへ、席を立ったティファニーが、追い打ちのように横側から同じように抱き着いて来ました。
「悪い子で申し訳ありません、お母様! ですが、ティファニーもお母様と離れたくありません! いつかは離れなければいけないと分かっているのに、こうして別れを前にするとどうしようもないのです!!」
「お姉ちゃん!」
「お母様!」
行かないで。傍にいて。
何度も何度も、エミリ達は私に懇願してきます。
……本音を言えば、私だって二人と離れたくはありません。
ですが、こればかりは本当にどうしようもないのです。
私は二人の頭を優しく撫でながら、心を鬼にすることに決めました。




