777話 異世界人は心配する
「はぁ~! 久しぶりに遊んだって感じだわ!」
お祭りから家に戻った私が洗濯物を洗っていると、レナさんが大きく伸びをしながら隣に並んできました。
「ふふっ、レナさんの舞も素敵でしたよ。本当に、いつ見ても感嘆してしまいます」
「ありがと。昔習ってたお稽古がここで活きてくるなんて思わなかったわ。ホント、人生って何があるか分かんないし、いろんなことを学んでおくのは大切ね」
そう言いながら、彼女は少し照れくさそうに笑みを浮かべました。
レナさんは幼い頃から故郷で様々なことを習っていたこともあり、本当に多芸な人だと思います。
見る人全員の視線を釘付けにする、桜の舞。
護身術とは言うものの、運動不足にならないようにと自主的に続けていたというキックボクシング。
その他にも、スイミングや茶道、さらには華道などなど、聞いただけでも様々な習い事をしていたようで、時々見せていただくそれらは圧巻の一言では済まされないものです。
それだけに、何故そこまで器用にこなせる彼女が家族から嫌われてしまっていたのかが分かりませんでした。
ですが、それを聞こうとすると、毎回話を変えられてしまうかどこかへ立ち去ってしまうため、レナさんにとって踏み込んでほしくない話なのだと考えるようになり、今に至っています。
そんなことを思い出しながら、レナさんが口にした“人生”について思考を巡らせます。
私も普通の環境で生まれていたのなら、レナさんのように色々な習い事をする機会もあったのでしょうか。
いえ、平和な彼女の世界と私達の世界では、様々な価値観が異なっていますし、生まれが違っていたとしてもそんなことはまずあり得ないのでしょう。
それに、こちらの世界での習い事と言うものは貴族社会で生きていくための社交術のような物です。それこそ、貴族として生を受けない限りは無縁の人が多いはず……。
そう考えると、改めてレナさんの世界は自由に満ちていると感じてしまいました。
「ん? どうしたのシルヴィ、あたしの顔に何かついてる?」
「いえ。少し、レナさんの世界が羨ましいなと思ってしまいまして」
「あはは。まぁ、隣の芝生は青く見えるってものよ。前も言ったけど、あたしの世界に比べたらこっちの世界は隣人に優しいし、義理人情に厚いと思うわ。それもこれも、魔獣とか魔術師とかで命の危険もあるから助け合おうって気持ちが強いのかもしれないけど、それでもあたしの世界なんかよりずっと温かいもの」
「レナさんの世界の人々は、隣人に無関心なのでしたか」
「そっ。だから今日みたいに、難局を乗り越えるために激励会を開くなんてことは絶対に無いし、あったとしても頑張っての一言で大体終わり。ある意味、自分の身を自分で守っているように見えるけどね」
少し顔を伏せながら答えるレナさんは、やはり寂しそうに見えます。
自由と引き換えに、他人との接点をほぼ失うレナさんの世界。
命の危険や不自由の代償で、人との関りが多くなりやすい私の世界。
どちらも一長一短で、それぞれに住む人から見ればいいところだけが目につきやすいだけなのかもしれません。
「……すみません、変な話をしてしまって」
「何で謝るのよ。別にシルヴィがおかしなことを言ったわけじゃないでしょ。ホント、すぐ自分を責めようとするんだから」
「うゅっ!!」
呆れ気味に言ったレナさんは、そのまま私の脇腹を強めに指先で突いてきました。
変な声が出てしまったことをさらに笑われ、彼女に苦笑で返していると、レナさんは少し不安そうに聞いて来ました。
「ねぇ、シルヴィ。もう会えなくなるってことは……無いよね?」
「え?」
「あたしさ、実はかなり不安なの。明日シルヴィがわざと負けて、ソラリア達に捕まって、もう二度と今のシルヴィが帰ってこないような気がして……」
レナさんは意識的か無意識にかは分かりませんが、私のローブをきゅっと握りました。
「何があっても、三月の最終決戦でシルヴィを取り返して、ソラリアをぶっ飛ばして世界の崩壊なんて止めさせるって覚悟は決まってる。でも、あたし達から離れてる間に、シルヴィがシルヴィじゃなくなるかもしれないって考えると、すっごく怖いのよ」
「私が、私で無くなる……?」
「だって、今のあたし達が貰ってる情報なんて、三月下旬までシルヴィが死んではいないってことだけでしょ? それって、色々な実験道具にされてるけど辛うじて生きてるってだけかもしれないし、シルヴィの人格は消されて体だけ生きてるって状態かもしれないじゃない」
レナさんの言葉に、私はスティア様から話を伺った日の夜のことを思い出しました。
あの日、私も同じようなことを考えながら眠りに就こうとして、恐怖で眠ることができずにいました。
そんな時、シリア様に掛けていただいた言葉で少しだけ気持ちが楽になったのです。
「その可能性は十分にあり得ます。私が五体満足でいられるかどうか。怪我なども無く、精神状態も良好のままでいられるかどうか……。そんなことは、今は分かりません。ですが、ひとつだけ分かることはあります」
「何?」
あの言葉は、今考えれば何の根拠もなく、無責任な言葉と受け取ることもできます。
ですが、それでも私を支えるには十分な言葉でした。
『命の保証はあるが、身の保証まではできん。じゃが、これだけは忘れるでない。お主は【始祖の大魔導士】であり、【魔の女神】である妾の血を引いておるのじゃ。そんなお主が、深手を負わされて死を待つのみであるはずが無かろう? お主の【慈愛】の肩書には、お主自身は含まれておらんのか?』
「私は、レナさん達を信じて待ち続けます。どんなに傷付けられようと、どんな洗脳を受けようと、私は耐えて見せます。私はシリア様に認めていただいた【慈愛の魔女】ですから」
私の回答を受け、レナさんはきょとんとした表情を浮かべました。
しばらくすると、彼女は小さく噴き出し、ケラケラと笑い始めます。
「あはっ! あっはははははは! 何それ、自信満々すぎでしょ!」
「そ、そこまで笑わなくてもいいではありませんか! 私だって、こうやって自分を強く信じることで大丈夫だと言い聞かせてるんですから!」
「あはは! なになに、さてはシリアにそう考えるように言われたとか?」
「……はい」
少し気恥ずかしくなり、魔法での洗濯に集中しようと顔を背けますが、レナさんはこれ見よがしにと追撃を掛けてきます。
「そうよねぇ、シルヴィだけでこんな前向きなことを考えられるはずがないもの。こんな無茶苦茶な理論で不安を消そうとするのはシリアくらいよねー」
「もう、いいではありませんか。私だって不安なんですから」
「ごめんって。そうよね、本人が一番不安よね」
レナさんは再び小さく笑うと、私の前に回り込んでにぃっと笑いました。
「じゃあ、あたしはそんなシルヴィを信じようかな。どんなことがあっても、絶対にいつものシルヴィで待っててくれるって」
「もちろんです。その代わり、絶対に助けに来てくださいね」
「あったりまえよ! あたしを誰だと思ってるの?」
レナさんは胸を張り、得意満面の表情で言い放ちます。
「花園家の長女にして【桜花の魔女】と呼ばれし魔女ぞ? お主一人助けるくらい、造作も無いわ!」
「……ふふっ! もしかして、シリア様の真似ですか?」
「あったりー! どう、ちょっと似てた?」
『全然似ておらんわ、このたわけが』
「おわぁ!?」
唐突に足元に現れたシリア様に、レナさんが驚きのあまり飛び上がってしまいました。
そんな彼女をくふふと笑ったシリア様は、続けてやれやれと首を振ります。
『妾の真似事をしたければ、もっと威厳と品位を高くするのじゃな。ただ口調を真似た程度では、到底妾の足元にも及ばんよ』
「って言っても、普段から偉そうな猫の姿しか見て――いったたたた!! ごめんってシリア、嘘! 嘘だからぁ!!」
無言の猫パンチに襲われるレナさんに苦笑しながら、私は洗い終わった洗濯物の乾燥に移るのでした。
 




