776話 魔女様は夜を満喫する
「魔女様に捧げるぅ……肉・体・美ぃぃぃぃぃ!!」
「「せいっ、むぅん!!!」」
背後から、掛け声と共に凄まじい圧を感じます。
振り返ってはいけません。見たが最後、私の心がげんなりしてしまうこと間違いありません。
「シルヴィ、見てあげなさいよ。シルヴィのためのお祭りなんだから」
「私だけではなく、レナさんに対しても激励を送っているはずです」
「そんなこと言わずに、ほら!」
レナさんに無理やり背後に向けられてしまい、私の視界の中に輝かしい筋肉が入ってきます。
私が振り向いたことを目視した彼らは、満面の笑みでポーズを切り替え、胸や腕の筋肉をこれでもかと見せつけてきました。
「今日はいつにも増して、膨らませてまっす!!」
「「むぅん!!!」」
「からの~……!」
センターに立っていた獣人族の方へ、ハイエルフの方からリンゴが放り投げられました。
彼はそれを前腕部と上腕部の間で受け止めると。
「筋肉! 一番搾りッ!!!」
膨張させた筋肉でリンゴを粉砕しました!
そのまま砕けてしまったリンゴを押し潰し、彼の腕からだらだらと垂れてくるリンゴの果汁をグラスで受け止めていた別の獣人族の方が、楽しそうに声を張り上げます。
「いよっ! ナイス筋肉!! 皆さん、盛大な拍手をー!!」
「「ナイス筋肉ぅ!!」」
そんな掛け声と共に、割れんばかりの拍手が送られます。
流れで何となく拍手をしていると、先ほどのグラスを持った獣人族の方が私の方へ近づいてきているのが見えました。
まさか……と嫌な予感に身を引いていると、彼はお構いなしにそのグラスを差し出してきます。
「さぁ、魔女様! ご賞味ください!!」
「え、遠慮しておきます……。まだ飲み物も残っているので」
「残ってないわよ~!」
「え?」
唐突に聞こえて来たフローリア様の声に振り向くと、彼女は先ほどまで私が飲んでいたはずのグラスを掲げていらっしゃいました。
中に残っていたオレンジジュースをくいっと飲み干した彼女が、にっこりと笑い掛けてきます。
「お代わり、欲しくない?」
「フローリア様が飲んでくださるのなら」
「それはシルヴィちゃんにプレゼントされてるんだから、シルヴィちゃんが飲まなきゃじゃな~い! ねっ?」
ねっ? では無いのですが?
若干の理不尽を感じながらも、断れなさそうな雰囲気に負けてしまい、渋々それを受け取ります。
それだけで周囲からは歓声と拍手が送られ、何とも言えない気持ちになっていると、スピカさんが人払いをするように手を振りながらこちらに歩いて来ました。
それに合わせて、レナさんが気を使ってエミリ達を連れて他の席へと移動してくれました。
「すまないな、魔女殿。無理に飲む必要はないから気にしないでくれ」
「ありがとうございます、スピカさん」
彼女はふわりと笑い、隣の席に腰掛けます。
「こうして騒いでいると、ずっと昔から魔女殿達と過ごしていたような気になるよ」
「そうですね。私もそんな気がします」
『お主にとって、初の隣人でもあるからのぅ。思い入れも深かろう』
シリア様の仰る通り、スピカさん達は私の中でも大切な隣人です。
出会いとしては獣人族の皆さんの方が早いですし、家を建てていただいたと言う大きな恩もあるのですが、獣人族とハイエルフ族では後者の方が人間の姿に近いこともあり、親しみやすさを感じていました。
仕事の息抜きで談笑したり、彼女達が持参した食材の調理法について談義したりと、家族以外で一番話す機会が多かった気がします。
「魔女殿がこの森に来て、本当に平和で楽しい毎日が送ることができた。毎日集落が襲われないか気を張り続けることも無く、仲間が死んでしまわないかと心配し続けることも無くなったのは、本当にありがたい限りだよ」
「最初にこの森に来た頃、皆さんボロボロでしたもんね」
当時、瀕死の重体で床に臥せっていたあの光景を思い出しました。
あまり薬草の類いも自生していないこの森で、あのような重体に陥ってしまうと回復も見込めなくなってしまうはずです。
そんな状態で、彼女達がどんな思いで仲間を見守っていたのかは想像に難くありません。
「あぁ。だからこそ、私達は魔女殿に感謝してもしきれないし、それと同時に魔女殿を仲間と同じくらい大切に思っている。本音を言えば、明日の戦いに私達も同行したいくらいだよ」
「気持ちは大変ありがたいのですが……」
「分かっている。これはあくまでも、魔女と魔術師の問題だろう?」
苦笑するスピカさんですが、その顔は本当に残念だと言いたげでした。
魔女以外の方に協力を仰いで、全力で制圧することだけを考えれば、スティア様の神託も覆せるのかもしれません。ですが、それはシリア様が許しませんでしたし、私も同感です。
私達の問題なのに、無関係な人を巻き込んで命の危機に晒す訳にはいかないのです。
スピカさんは目を伏せながら、言葉を続けます。
「私達ハイエルフが、魔女と魔術師の問題に介入することはできない。だが、世界の問題となれば話が違う。……そうは分かっていても、やはり魔女殿を敵に明け渡してからと言うのが私は辛いよ」
「すみません」
「謝らないでくれ、魔女殿。一番辛いのは魔女殿だと、全員が理解しているんだ」
スピカさんはそっと私の手に自分の手を重ね、さらに続けます。
「私達は私達のやり方で、魔女殿を助けてみせる。だから魔女殿も、どうか無事でいてくれ。それだけが我々、森の住人からの願いだ」
「……ありがとうございます、スピカさん。無事でいられるか約束はできないかもしれませんが、可能な限り努力します」
「ふふ、できればそこは約束してもらいたいとこだけどな。だが、そこが魔女殿らしさでもあるか」
二人で笑いあい、可愛く踊っている兎人族に混ざって筋肉アピールをしている獣人族と、それを見ながらお酒を片手に大笑いしているハイエルフの面々を見つめます。
「獣人族に筋肉を見せつけられて、嫌そうな顔をする魔女殿を見るのも私達の日常なんだ。これまでの日常を、この先も続けていけるよう頑張らないといけないな」
『くふふ! 日常を続けられるかどうか、まずは明日に全てが掛かっておる。お主もしっかり楽しんで英気を養っておくのじゃ』
そうですね。たまには、私もはしゃいでもいいかもしれません。
私は席を立ち、スピカさんに手を差し伸べて笑いかけました。
「私達も行きましょう、スピカさん。せっかくのお祭りですし、楽しみましょう」
「ははっ! そうだな、では魔女殿にも踊ってもらうとするか! ――おーい!!」
「え!? 待ってくださいスピカさん! そう言うつもりで言った訳では! あの、スピカさん!!」
かくして、無理やり兎人族の恰好に変身させられて踊る羽目になってしまいましたが、久しぶりに羽を伸ばすことができたように感じられ、とても楽しいひと時を過ごすことができたのでした。




