770話 魔女様はバーに行く
魔王城を後にした私達でしたが、正門を出たところで思わぬ人物に迎えられることになりました。
「おはようシルヴィちゃん! 丁度ええタイミングやな!」
「ようシルヴィ! 元気にしてたか?」
「シューちゃん! それにゲイルさんも! お久しぶりです!」
ブレセデンツァ領の領主であるシューちゃんと、リノア領の領主であるゲイルさんに挨拶を返すと、彼女達はにぃっと笑みを向けてきます。
「うちらは午後からーって話やったけど、午前中に魔王城に来たって聞いたさかい。ほなら、予定繰り上げようって思て来てもうた」
「そんな……わざわざすみません」
「ええよー。うちらが暇してただけやし、なぁ?」
「俺は暇じゃないんだ――がっ!?」
ゲイルさんの言葉を遮るように、シューちゃんが鋭く脇腹を殴りました!
脇腹を押さえながら身悶えするゲイルさんの隣で、シューちゃんはにこりと笑いながら言います。
「うちらが暇してただけやよ。ほんまに気にせんでな?」
「は、はい……」
『やれやれ、お主という奴は。して、話はここで良いのか?』
「シューちゃん、話はここでしてしまっていいんですか?」
「あぁ! それなんやけど」
シューちゃんは親指だけを立てながら、シングレイ城下町の方を指さしました。
「うちの行きつけの店があるんよ。そこで話そか」
シューちゃんに連れられて来たお店は、普段の彼女からは想像ができない落ち着いた雰囲気の酒場でした。
やや薄暗い店内には、蓄音機から再生されるゆったりとした音楽が流れ続けていて、利用しているお客さんの年齢層も相まって非常に大人びた雰囲気を感じさせます。
店内に動物は持ち込めないからという理由で、半実体になっていらっしゃるシリア様が内装を眺めながら感想を口にします。
『ほぅ、魔族領にもバーがあるとはな。小洒落ておるではないか』
「バー、と言うのですね。私は初めて来ました」
「お、シルヴィちゃん初めてなん? って、普通に考えたらそやな。まだ十七やしな」
「俺もこんな小洒落たバーで飲むのは滅多にないな。いつもはうるさい酒場か家だからな」
「ゲイルがこないなところで飲んどったら、おつむでも打ったんか? って心配になんで」
「なんだよ、俺だって落ち着いて飲みたい時くらいあるぞ?」
「あんたは落ち着いて飲んどっても、飲み始めたら大騒ぎし始めるやん。どこで飲んでも一緒やろ」
シューちゃんからのツッコミを受けたゲイルさんは、少し気まずそうにしながら顔を背けました。
それを全員で笑いながら席に着くと、シューちゃんが机の脇にあったメニュー表を開いて見せてくれます。
「シルヴィちゃん何飲む? って言うても、確かお酒は飲むなってシリア様に言われてるんよな?」
「はい。ですので、ソフトドリンクがあればそれでお願いしたいです」
「ん、ほならグレープフルーツジュースにしよか」
「俺はどうするかなー」
「あんたはどうせエールやろ?」
「まぁ、そうだな」
シューちゃんは頷くと、スッと手を挙げました。
それを見て寄ってきてくださった店員さんに注文を行うその姿は、とても手慣れているようです。
しばらくすると、シューちゃんが注文してくれた飲み物が運ばれてきました。
「それじゃ、乾杯」
「「乾杯」」
コツン、とグラスを当ててから中身を口に含みます。
爽やかなグレープフルーツの香りが鼻を抜け、さっぱりとした甘みと苦みが舌に伝わる、非常に飲みやすい味わいに顔をほころばせていると、そんな私を見ていたシューちゃんがニコニコと笑っていました。
「ええやろ? ここの店はソフトドリンクも文句無しに美味いんよ」
「はい。とても飲みやすくて美味しいです」
「せやろせやろ?」
嬉しそうなシューちゃんに、ゲイルさんもぷはっと白い口髭を付けながら感想を述べます。
「いやぁ、美味い! こんなに美味いエールは久しぶりだ!」
「声がデカイんやって。周りの人こっち見とるやろ?」
シューちゃんの言う通り、周りのお客さん達がこちらを見ています。
その視線は迷惑と言うよりは、場違いな場所に背伸びして遊びに来た子どもを見守るような物です。
流石に耐えきれなくなったのか、ゲイルさんは身を縮めながら恥ずかしそうに「悪い」と謝りました。
そんな彼とは対照的に、シューちゃんはお客さん達にひらひらと手を振り返しています。
「ま、うちもあまり人のことは言えへんねんけどなぁ」
「そうなのですか? シューちゃんがお酒でうるさくしているところは見たことが無いのですが」
「軽く飲むだけならええんやけどな。うちかて、酒に逃げて酔い潰れたなる時もあるんよ。なー、マスター?」
「……シュタール様が魔王様に挑み、負けてしまわれた際には、必ず酔い潰れるまで飲んでいかれますね」
『人はた迷惑過ぎんか?』
「シリア様も苦笑されていますよ。もう少し静かに飲んだ方がいいと」
「ええやん~、マスターにしか迷惑かけてあらへんやろ~?」
「悪いなぁマスター」
「何であんたが謝るん!?」
そのまま言い合いをし始めてしまうお二人を見ながら、仲がいいと思う反面、本題の話をするまでにはもう少し時間がかかりそうだと思わざるを得ませんでした。




