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766話 魔女様は悪夢を見る

 遠くから、誰かの声が聞こえてきます。

 それは誰かを呼ぶ声だったり、何かに対して怒声を上げるものだったり、泣き叫ぶものなど、様々な声が入り混じっています。


 重い瞼を持ち上げると、そこは私がよく知る我が家の天井ではなく、薄暗い石造りの天井でした。


 ここは、どこなのでしょうか……。

 寝起きの頭で考えながら身を起こし、辺りを見渡します。

 円形の部屋の内装はとても質素で、私が寝ていたベッドの外には、小さなクローゼットと書き物机、そして姿見が置かれているだけでした。


 どこか見覚えのあるその内装ですが、まだ頭がぼんやりとしているせいか、上手く思い出せません。

 とりあえず、今の時刻を確認しなくてはとベッドから降りようとした時、遠くの方から爆発音が聞こえてきました。

 ほんの僅かではありますが、私がいる場所にもその振動が伝わってきて、書き物机に立てられていた本がパタリと倒れました。


 今の爆発は、一体……?

 ゆっくりとではありますが、正常に回転し始めた頭で考えながら窓へと近寄っていくと。


「こ、これは――!?」


 眼下に広がっていたのは、まさしく戦争真っ只中と言える悲惨な光景でした。

 かつては活気に満ちていたであろう街は、炎に焼かれて怒号に満ち、至る所で戦闘が繰り広げられています。

 街を守ろうとしているのは、人間領の兵士でしょうか。そして、攻め込んできているのは……魔族と思わしき兵隊です。


 どうしてこんな……。魔族はレオノーラが統治している以上、人間との和平の道を歩もうとしていたはずなのに……。

 突然の出来事に理解が追いつかず、窓に手を触れて呆然としてしまいます。すると、私の手が素肌越しの感覚では無いことを伝えてきました。

 ふと視線を落とすと、そこには見慣れない白のドレスグローブが着けられていました。

 こんな物、今まで持っていた記憶は無いのですが……と疑問に思いながらも、自然と下へと降りていった視線は、さらに違和感を主張してきます。


「え……!?」


 大きく曝け出されている胸の谷間に驚きながらも、慌てて姿見の前へと駆け寄ります。

 そこに映し出された私自身の姿に、思わず声を失ってしまいました。


 白を基調としながらも、どこか星空を彷彿とさせる装飾のドレスを身に纏っていたのです。

 こんなお姫様のようなドレスは今まで一度も着たことがありませんし、シリア様に作っていただいたことも無ければ、自分で買った記憶もありません。


 一体全体、何がどうなっているのでしょうか。

 困惑しながらも、状況の把握に努めようと部屋全体を見渡した時、ようやく私はこの部屋が何なのかを思い出しました。


 この部屋は――私が十五年間生活を送っていた、あの塔なのです。

 そうと気づいてしまった瞬間、体全体が拒絶反応を起こしたかのように苦しくなり、強烈な吐き気に襲われました。

 何とか吐きださずに堪え続け、吐き気が静まった後は、私は大急ぎで皆さんのことを探し始めます。


「シリア様! エミリ! どこですか!?」


 かつて、生きるためだけに料理を作り続けていたキッチン。


「レナさん! フローリア様! 聞こえていたら返事をしてください!!」


 塔の中の生活で、唯一の娯楽とも言えた浴場。


「メイナード! 聞こえているのでしょう!? どうして返事をしてくれないのですか!?」


 ソラリア様の力があったとは言え、独学で魔法を学ぶことができた書庫。

 そして、塔を出る際に使用した、謎の絵画が飾られている部屋。

 そのいずれを探しても、誰の姿もありませんでした。


 気が狂いそうな衝動に駆られながらも、走りづらいヒールの靴で階段を駆け下り、正面玄関の扉へと向かいます。

 当然ながら締め切られている扉を力いっぱい叩きながら、声の限りに叫びます。


「誰か!! 誰かいませんか!? お願いします! 聞こえていたら返事をしてください!! 誰か!!」


 何度も扉を叩き、無理やり開けようと試みますが、十五年も開くことの無かった扉が今さら開くことはありませんでした。

 それならばと、魔力圧で吹き飛ばそうと魔力を集中させてみましたが、何故か魔力が一切励起しないどころか、魔力の残滓すら感じ取れません。

 続けて神力を発動させようともしてみましたが、こちらも同じく、一切発動することがありませんでした。


「どうして……!? お願い、発動して!! もうあの頃に戻りたくない!!」


 半ば泣き叫びながら力いっぱいに扉を叩きつけ、体内にあったはずの魔力と神力に訴えかけ続けます。

 ですが、私の想いに応えてくれることは無いどころか、今ではもう、魔力も神力も感じ取ることができません。


 何もできない無力感と、あの頃に戻されてしまうという絶望感に打ちのめされ、膝から崩れ落ちてしまいます。

 ボロボロと大粒の涙がとめどなく溢れ、見たくない現実を両手で覆う事しかできませんでした。


「嫌……こんなの、嫌ぁ……。シリア様、助けてください……」


「あ~ら王女様、シリア様をお探しかしら?」


 突如として背後から聞こえてきたその声に、私の体が一瞬強張ります。

 この、人を不快にさせることを目的とした独特の喋り方。そして、唯一私のことを王女様と名指しする呼び方。

 ぎこちない動きで背後へ振り返ると。


「ほぉら、お探しのシリア様よ?」


『シル……ヴィ……すまぬ……』


 真っ白な毛並みは赤く染まり、今にも息絶えてしまいそうなシリア様が首を掴まれていたのです。


「いや……いや…………! そんな、嘘……! 嫌ああああああああああああああああ!!!!」

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