7話 新米魔女は塔を発つ(後編)
誰のものか分からない肖像画を外し、隠し階段へ。
明かりの魔法を灯しながら階段を下り、ジメジメとした地下の下水道の中を進みます。
流れる水の音と、自分の足音だけが響く空間が長く続いていましたが、やがて目的地となる結界の綻びと外へ繋がる梯子の場所に辿り着きました。
結界はひび割れていて、うっすらと赤く発光しながら、欠片を宙に溶かしています。
『いい感じに綻びが進んでおったな』
「はい。これなら問題なさそうでしょうか?」
『うむ。では始めるとするかの。体を借りるぞ』
私の横をふわりと浮いていたシリア様が、そう言葉を残して私の中へと入っていきます。そして私の体の重さがなくなり、体の主導権がシリア様へ移りました。
これまでにも何度かこの方法はやっていましたが、やはり半透明な自分の体が宙を漂っているのは違和感しかありません。
そんな私をよそに、シリア様は私の体を操り結界へ干渉を始めます。
結界は魔力を帯びたシリア様の手に反応し強く発光しましたが、やがて光が弱々しくなり、クッキーを割るかのような小さな音を立てながら、人が通れるくらいの穴を開けました。
「ふん、やはり他愛ない低レベルな結界じゃな。これならば周期を待たずとも無理やり割ることもできたのぅ」
『無理せずに脱出できるなら、それに越したことは無いかと思います』
「それもそうじゃの。ではお主に返すぞ」
シリア様の言葉に頷き、私は自分の体へと戻ります。数秒待って体全体に重力が加わり、主導権が私に戻ってきた事を知らせました。
私は出来上がった穴を潜り抜け、急いで結界の修復作業に移ります。結界の術式に自分の魔力を同調させ、縫物をするように結界の穴を塞いでいくイメージで…………。
『そうじゃ、そのまま落ち着いてゆっくりと進めよ――――む?』
私の作業を見守っていたシリア様が疑問の声を上げると同時に、結界が再び強い光を放ち始めました。私は思わず作業を止めて離れそうになりましたが、『続けよ!』との制止の声を受け踏みとどまります。
『少しペースを上げるのじゃ。粗末なものかと思ったが、異変の察知は鋭いらしい』
「は、はい!」
慌てず、慎重に、でもできるだけ早く!
頬を嫌な汗が伝い、最悪のイメージが思考を埋め尽くそうとします。ここでしくじれば、駆けつけた魔導士に捕まってしまいます。そして二度と、こんなチャンスは生まれないでしょう。それだけは避けないといけません!
激しく点滅を繰り返し始めた結界と向き合うこと数分。何とか通り抜けた穴を修復し終えた私は、急いで次の作業へ取り掛かります。
再び結界に触れ、魔力を通して結界の構造を上書きします。今発生している現象を、誤報であると認識させるためには、えっと、どうしたら……!?
焦りと緊張で半ばパニックになり始めていると、横からシリア様が鋭く指示をくださいました。
『慌てるな! 今から言うことを思い描くのじゃ! これは誤報、どこからか侵入したネズミを検知したが、結界の劣化で誤って人と認識した!』
言われるがままに魔力を通して結界に訴えかけます。これは誤報、どこからか侵入したネズミを検知したけど、結界の劣化で誤って人と認識しただけ! これは誤報、どこからか侵入したネズミを検知したけど、結界の劣化で誤って人と認識しただけ!
何度も何度も必死に訴えかけながら、結界の構成を上書きしようと試みた末に、ようやく結界の光が収まり元の弱々しい光り方に落ち着きました。
「で、できたのでしょうか……?」
『うむ。よく頑張ったのシルヴィ、初めてにしては上出来じゃ』
緊張が解け、一気に脱力しへたり込んでしまうと、シリア様がどこか感心したように呟きました。
『しかし……結界の補修と上書きをこなしながら、おまけまで作ってしまうとはのぅ。これは妾でも予想すらしておらんかったわ』
「おまけ?」
『ほれ、そこを見よ』
シリア様が指さす先には、先ほどまではいなかった白くて小さなネズミが辺りを見渡しているではありませんか。
『お主はほんに底が知れぬな。この先で魔法の基礎を学び、自在に操れるようになれば、そこらの魔女など目では――いや、下手すれば全盛期の妾にも並ぶやも知れぬ』
どうやら、必死に作業を進めている内にネズミの侵入であることを現実にしてしまっていたようです。恐らくは召喚なのでしょうが、極度の緊張の中にいた私は、これ以上頭を働かせることが出来ませんでした。
そのまま一息入れようとすると、シリア様が呆れながら言葉を続けました。
『これこれ、休むのは後じゃ。お主がここで捕まっても良いと言うのならば止めはせんが』
「だ、ダメです! 早く脱出しませんと!」
私は疲労感の襲う体にムチ打ち、地上へと繋がる梯子に手を掛けます。梯子を上るにつれ、私の心拍数がどんどん上がっていくのが分かります。
もう少し……! もう少しで、外に出られる! 私は自由になれる!
最後の門番とも言える重い蓋を何とか押し上げ、そのまま体を外へ出します。
ジメジメとした空気が新鮮な空気へと変わります。薄暗く月明りも満足に届かない囲まれた場所でしたが、恐らく塔から見下ろしていた街の、どこかの裏路地なのでしょう。
思わず歓喜の声を上げそうになりましたが、静かにとジェスチャーをしながら急かすシリア様に従い、蓋を元の位置へ戻して、速やかにその場を離れます。
そのままシリア様の先導で裏路地をさらに進み、完全に人気が無さそうなことを確認すると、シリア様が猫に戻って私の胸へと飛び掛かってきました。
『よくやったぞシルヴィ。あとは妾が略式転移を実行する故、妾をしっかりと抱くのじゃ』
「こ、こうですか?」
『もっとこう、ぎゅっと抱き付くのじゃ!』
逆に抱き付かれ、柔らかな肉球と若干刺さる爪の感触を感じたのも束の間、景色が一瞬ブレたかと思ったら、辺り一面が木々に囲まれていました。
『よし、まぁ概ね成功じゃな』
「シリア様、ここは一体……」
シリア様を抱きかかえたまま、周囲をぐるりと見渡します。夜中と言うこともあり視界が良くはありませんが、どこをどう見ても、森の中にいるくらいしか分かりません。それも周囲に獣道すらなさそうな、かなり奥まった場所のようです。
『森じゃな』
「森ですか」
『うむ。見ればわかるじゃろ?』
私はそういうことが聞きたかった訳ではありませんが……。
やや不満げにしていると、『冗談の通じないやつじゃな……』と言いながらも補足してくださいました。
『先で使った略式転移は、所謂緊急手段のひとつじゃ。転移先を決められぬ代わりに即時発動型の転移魔法となる』
「な、なるほど? つまり、その……」
『お主が考えておる通り、妾にもここがどこの森なのか分からん。じゃが、塔から脱出することはできた。結果とすれば問題ないじゃろう!』
どこか得意げな笑みを浮かべるシリア様。私は自由になれたことを喜ぶべきか、未知の森に迷い込んだことを嘆くべきか分からず、愛想笑いを浮かべる他ありませんでした。
本日は新連載のため、連続投稿で6話分お送りさせていただきました。
明日以降は、毎日コツコツと更新していきますので、
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