763話 騎士団長は深手を負う
『……お主は、ここでもこんなことをやっておるのか』
いつも以上に疲労感の強い体に鞭打ちながら、レナさんや皆さんの治療を行っていると、背後からシリア様の呆れた口調が降ってきました。
それに対し、今日も今日とて大怪我をしていたレナさんが疲れ切った声で答えます。
「もうシルヴィいなかったら何回死んでるか分かんないわよ……」
『お主らは加減と言うものを知らんのか?』
「加減してたらレナちゃん、すーぐ手を抜くんだもん」
「手を抜いてるんじゃないわよ、力のコントロールが難しいの」
「そういう事を聞きたいんじゃないんだけどなぁ。全く、ちびっ子は大人の心が分からないよねぇ」
「ぁんですってぇ!? ――ぐっ!!」
「レナさん、まだ終わってないので起き上がろうとしないでください」
エリアンテさんは「レナちゃんは煽れば煽るほど火力が伸びるから煽り得♪」と言っていたため、本心から煽っている訳では無さそうなのですが、素の彼女がこんな感じなので、レナさんがエリアンテさんを嫌っているような気もしてしまいます。
ですが、気が付くと二人で仲良く談笑していたり、並んで食事をしている様子も見受けられるので、レナさんとエリアンテさんは仲が良いのか悪いのか、本当に分かりづらいのです。
「……はい、これで終わりです。次はエルフォニアさんでいいですか?」
「私より先に、ラティスさんを頼めるかしら」
今日も大怪我をしているエルフォニアさんよりも優先するのですか? と首を傾げていると、彼女は弱々しく持ち上げた腕である方向を指で示しました。
少し遅れて転移門から出てきたラティスさんの姿を見た私は、思わず悲鳴を上げてしまうほど酷い有様でした。
「ラティスさん!? どうしたのですか!?」
「……少し、失敗しただけです」
「失敗したからって、こんな!!」
ラティスさんの右腕は肘から先が無く、氷で無理やり止血されていたのです。
さらに全身に多数の刺し傷もあり、そのいずれもが氷で止血はされているものの、何故この状態で平然としていられるのか不思議なくらいです。
私は慌ててラティスさんをその場に寝かせ、この場で私以外に治癒魔法を使えるセリさんへお願いします。
「セリさん、エルフォニアさんをお願いします!!」
「かしこまりましたわ!!」
セリさんと手分けして治療を開始しますが、ラティスさんの体の状態は傷だけではなく、全身に衰弱の呪いが刻み込まれているようでした。
呪いのことならリィンさんもいたはずなのに何故……と困惑しながらも、ラティスさんの呪いの解除に務めていると、衰弱の呪いが解けたと同時に、少しだけ彼女の表情が和らぎました。
続けて全身の治療をと治癒魔法に切り替えますが、何故か治癒の効きが良くありません。
もしかして衰弱以外にも何か刻まれていたのでしょうか? と目を凝らして探してみると、非常に薄っすらとではありますが、先ほどの衰弱に隠れていた呪いを見つけました。
これは――レオノーラも使っていた治癒封じの呪刻魔法です!!
と言う事は、二重に呪いを掛けていたのでしょうか。
以前手合わせした時よりも、さらに難解な呪いを掛けるようになっていたエルフォニアさんに戦慄しながらも、こちらも急いで解呪して治癒に務めます。
流石にこれ以上は呪いも無かったらしく、ようやく全身の傷が癒えたラティスさんは、今までの荒い呼吸も徐々に落ち着きを見せ始めていました。
「もう大丈夫ですよ、ラティスさん。よく今まで耐えていましたね」
「ふぅ……。手間を掛けさせてしまい、すみません」
「いえいえ。それにしても、こんなになるまで追い込まれるなんてラティスさんらしくないと言いますか、珍しいですね」
「呪いの完成度を見たかっただけでしたが、まさかひとつの呪いに複合効果を持たせて来るとは思いませんでした。あなたもそうですが、本当に期待の新人が多いですね」
「わざわざ自分の体で検証しなくても……」
シリア様と言い、ラティスさんと言い、どうして自分で攻撃を受けたがるのでしょうか。
苦笑しながら治癒を終えると、タイミングを見計らったように転移門からネフェリさんが出てきました。その背中には、意識を失っていると思われるリィンさんがいます。
「おう、シルヴィ! 手が空いてたらあたし達も頼んでいいか?」
「分かりました。こちらに横になってください」
「お! ラティス様もすっかり綺麗になってるな! アイツの呪い、何点だった?」
「そうですね……偽装呪刻としては満点です。ですが、まだ悪魔化の力を十全に引き出せていない感じはありました。あの呪いはもっと精度を高められるでしょう」
「うんうん、あたしと概ね同じ感想だなー。よっこいしょ……っと」
どさりと床に降ろされたリィンさんを診てみると、こちらはこちらでラティスさん以上に複雑に絡み合った呪いが全身を蝕んでいました。
衰弱、治癒封じ、麻痺、昏睡……あとは魅了でしょうか? とにかく、思いつく限りの呪いを一身に受けたような状態です。
「ネフェリさん。リィンさんもエルフォニアさんの実験の対象になっていたのですか?」
「ん? あぁ、リィン様は別だな」
「別?」
ネフェリさんは呆れたように言葉を続けます。
「エルフォニアに手本を見せようとしてくれたまでは良かったんだが、だんだんと興が乗り始めたのか、あれこれ自分に掛けて遊び始めちまってなー。挙句、勝手に昏睡して具体的な使い方を教えなかったんだよ」
「リィンは痛めつけられると手が付けられなくなるのが難点ですね……」
「つーことで、リィン様は実質無傷だ。よろしくな!」
私はどこか恍惚とした表情で眠っているリィンさんに、苦笑せざるを得ませんでした。




