761話 魔女様は目覚まし代わり
あれからと言うもの、私は診療所にいる時と同等かそれ以上の多忙を極めていました。
朝起きてセリさんと共に朝食の準備を終えたら、まずは朝に弱い皆さんを起こしに行かなくてはなりません。
「エルフォニアさん、朝ですよ。起きてください」
「……起きているわ」
「そう言って二度寝するではありませんか。掛布団剥がしますから――ね!」
「……はぁ」
憂鬱そうに溜息を吐き、腕で目元を覆いながら仰向けになるエルフォニアさんに小さく嘆息し、続けて相部屋のネフェリさんも起こします。
「ネフェリさーん! 朝です、起きてくださーい!」
「んあぁぁ~……」
「起きてくださーい! もう、エミリみたいに掛布団の中に逃げないでください! よい――しょっ!!」
「う~! 寒いぞシルヴィ~……」
「早く起きて、着替えて顔を洗ってきてください! 朝食が冷めてしまいますから!」
「お~……エルフォニア、頼んだ……」
「嫌よ」
「えぇ~? 何だって師匠の言う事を聞かないんだ、このバカ弟子はぁ……」
エルフォニアさんはむくりと起き上がると、小さく舌打ちをしながらベッドを降り、ネフェリさんをずるずると引きずりながら洗面所の方へと向かっていきました。
ここは大丈夫でしょうと判断した私は、次点で寝起きが悪いラティスさんの部屋へと向かいます。
「ラティスさん、おはようございます。起きていらっしゃいますか?」
部屋の外から声を掛けてみますが、もちろん返事はありません。
日頃から疲れが溜まっているのか、毎日昏睡しているかのように深い眠りに就いているのです。
ドアを開け、ラティスさんが眠っているベッドまで歩み寄ると、彼女は今日も、規則正しい静かな寝息を立てていました。
普段はポニーテールでまとめている髪を下ろしている姿は、当初は新鮮ささえ覚えるものでしたが、今となっては寝返りで乱れてしまっている髪の手入れの方に気が行ってしまいます。
「ラティスさん、起きてください。朝ですよ」
軽く揺すってみるも、案の定起きる気配はありません。
今日もアレをしなくてはダメそうですねと苦笑しながらも、喉の調子を整えるために数回咳払いをします。
「……これラティス! いつまで寝ておるのじゃ! 仮にも一国の主たる貴様がこのような体たらくでは、下の者にどう示しを付けるつもりじゃ!」
毎度ながら、シリア様の声真似はかなり恥ずかしいものを感じます。
さらに言えば、私より遥かに年長者で魔女としての実力も高く、責任のある立場であるラティスさんにこのような物言いをすることさえ恐れ多いのですが、どういう訳か、ラティスさんはこうしないと起きてくださらないのです。
「ん……シリア、たまには私と代わってください。王族は自堕落な暮らしをしていると聞きました……」
「たわけ! 王であろうと無かろうと、朝早く起きて一日を迎えるのは皆同じじゃ! くだらんことを言う暇があれば、さっさと顔を洗ってこんか!!」
今日もすみません、ラティスさん。
内心で謝りながら彼女の様子を見守っていると、寝たまま大きく体を伸ばしたラティスさんは、ゆっくりと体を起こし始めました。
身を起こし、まだ眠たそうな表情でこちらを見るラティスさんに、私は改めて朝の挨拶をします。
「おはようございます、ラティスさん。朝食ができていますので、着替えて降りてきてください」
「分かりました。……日に日に、シリアの真似が上手くなっていますね。明日もお願いしますよ」
あまりやりたくはないのですが……と言いたいところでしたが、どこか嬉しそうなその顔を前にしては、そんな言葉を口に出すことができないのでした。
次に私が向かった先は、エリアンテさんの部屋です。
幸い、彼女は朝が苦手という訳では無いのですが、日頃から美少女を自負していることもあり、とにかく朝の支度に時間がかかり過ぎてしまうのです。
「エリアンテさん、おはようございます。朝食の用意ができましたので、そろそろ降りてきてください」
「あ、シルヴィさん丁度いい所に!! お願い、ちょっと手伝ってくれない!?」
「……? 分かりました、入りますね」
疑問を感じながらドアを開けると、そこにはいくつもの下着を脱ぎ散らかした、裸のエリアンテさんがいました!
「な、何故下着も着けていないのですか!?」
「私だって早く着替えたいと思ってるよ!? でも、下着の色が決まらないの!」
「普段から着用されている、これとかはダメなのですか? もしくは、先日色が好みと仰っていたこれとかは……」
「今日の気分じゃないのよ~!!」
私自身も下着に頓着しないという訳ではありませんし、起き抜けでどれにするか考えることは多少はありますが、こんなに悩むことは無いので中々理解ができません。
あーでもない、こーでもないと言いながら下着を合わせては放り投げる彼女に嘆息した私は、淡い色使いの薄緑のセットを持ち上げながら聞いてみることにしました。
「これとかはどうでしょうか? 大人っぽさもありながら可愛らしさも兼ねていると思うのですが」
「今日はクールな気分だから違うかなー」
それを先に言っていただけないと分からないのですが……。
「では、この黒のはどうでしょうか」
「それもいいんだけど、シルヴィさん的にどう?」
「どう、と言いますと?」
エリアンテさんはシーツで体を覆い、少し体をしならせながら言いました。
「今日のエリアンテさん、色気があると思う?」
エリアンテさんは同い年な訳ですし、エルフォニアさんのような落ち着きも無いので大人の色気を求めるのは酷だと思います。
とは流石に言えないので、コメントに困っていると。
「あー!? またそんな顔して! 今絶対“エリアンテさんには大人の色気はありません”って思ってたでしょ!?」
またしても顔に出てしまっていたらしく、考えていたことをそのまま言われてしまいました。
こうなっては仕方がありません。早く着替えていただくためにも、彼女を持ち上げなくては……。
「そんなことはありませんよ。エリアンテさんは大魔導士として、日々立派に職務をこなされていますし、ラティスさんのようなカリスマ性があると思います」
「ホントに~?」
「はい。ですので、普段の行動に加えて大人の余裕を見せつければ、自然と大人の色気も出てくるのではないでしょうか」
「ふむふむ、確かに一理あるね。よし、じゃあ今日はそれにしよう! 大人な超絶美少女エリアンテさんで今日を乗り切っちゃうぞー!」
大人で美少女とはどういうことなのでしょうか。
彼女の言動に終始付き合おうとするのは無理があることを知っている私は、「急いでくださいね」と言い残してレナさんの部屋へ向かうことにしました。
さて、最後にレナさんの部屋に行くと決めていた理由ですが、これには深い訳があるのです。
と言うのも……。
「レナさん、リィンさん。入りますよ」
ドアを開け、ベッドの上の惨状を目の当たりにした瞬間、今日も深い溜息が出てしまいました。
レナさんの元気が無かった日以来、ほぼ毎晩リィンさんがレナさんと一緒に寝るようになったのは良いのですが、やはりそういうことになってしまっているらしく、フローリア様の姿に変身しているリィンさんとレナさんは下着すら着ていないのです。
「……レナさん、リィンさん。起きてください、朝です」
「んん~……あと五分……」
「そんなこと言って、五分で起きたことが無いでしょうレナさん。起きてください!」
衣装変更魔法で無理やり大きめのシャツを着せ、二人から掛布団を引き剥がします。
それと同時に、レナさんと変身が解けたリィンさんが小さく丸まり、私に抗議の声を上げてきました。
「横暴よー、安眠妨害反対ー!」
「リィンは疲れているんです……睡眠時間の延長を所望します」
「自業自得ではありませんか……。朝食が覚めてしまうので、早く起きてくださいね」
「「ふぁい……」」
眠たそうにしながらも、のそのそと身を起こし始めた気配を背中に感じながら、ようやく早朝の仕事が終わったと息を吐くのでした。




