755話 令嬢魔女は誤解されがち
「わっははははは! そいつはすげー事故になりかけたな!!」
「面目次第もございません……」
「つまり、リィンもシルヴィを抱けばご利益が得られると言う事でいいですか?」
「得られませんよ!?」
夕食の席で、つい先ほどまでの出来事で盛り上がる中、居たたまれなさそうに身を小さくしてしまうセリさん。
久しぶりにヘルガさんも加わっていることもあり、大食堂内はそれなりの賑わいを見せていました。
「でもまぁ、笑い話で済んでよかったじゃねぇか。これがリィン様だったら冗談抜きで食われてたかもしれないしな」
「リィンにも人を選ぶ権利はありますが?」
「じゃあシルヴィちゃんは対象外か?」
リィンさんはじーっと私を品定めするように見つめると。
「全然食べれます」
「だろ?」
「だろ? じゃないわよ! 結局誰でもいけるんじゃない!!」
問題ない旨の発言をしたため、さらに席を沸かせてしまうことに繋がってしまいました。
ペルラさん達から分けていただいたお酒を片手に盛り上がる面々を見ながら、隣に座っていたセリさんが申し訳なさそうに私に言ってきました。
「先ほどは意図せず、あのようなはしたない発言をしてしまい申し訳ございません……」
「いえいえ、そんなに気になさらないでください。言葉が足りなかっただけですから」
「はい……」
それでもしゅんとしてしまっているセリさんに、どう声を掛けるべきかと考えていると、雑務を終えたと思われるラティスさんが食堂内へ姿を現しました。
「今日は随分と賑やかですね。何かありましたか?」
「おっ! ラティス様も一杯どうっすか? シリア様特製のお酒っすよ!」
「シリアの? ……では、いただきましょうか」
ヘルガさんとエルフォニアさんの間に挟まれていた席へ腰を下ろした彼女に、いそいそと席を立ったセリさんがお酒をワイングラスへ注ぎます。
その様子を見たラティスさんは、やや怪訝そうな顔を浮かべました。
「どうかしましたか、セリ。普段より元気がないように見えますが」
「そ、そのようなことはございません」
「ほら、教えてやれよシルヴィ! あのセリがどうやってお前に迫ったかって!」
「迫った?」
「もう、ネフェリさんまで……」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているネフェリさんと対照的に、恥ずかしさでさらに身を縮めてしまうセリさん。
彼女のことを思えば話さないことが正解ではありますが、既にラティスさんから「早く言いなさい」と目で指示されてしまっているため、その選択肢を取ることができませんでした。
☆★☆★☆★☆★☆
「もしよろしければ、貴女様を抱かせていただけないでしょうか!?」
突拍子の無い発言が飛び出し、言葉を失ってしまっていると、セリさんは自分が何を口走ってしまったのかを今になって理解したらしく、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げていきました。
「も、申し訳ございません! その、そう言う意味ではなく、ええと、その……そう! ハグさせていただけないかと思いまして!!」
「は、ハグですか?」
セリさんはぶんぶんと首を縦に振ると、慌てた様子で説明を始めました。
「【慈愛の魔女】様もご存じかと思われますが、私共が信仰するタウマト教では、【魔の女神】であられるシリア様を崇拝しております。そして、日夜シリア様と寝食を共にされている上に、生前のシリア様とほぼ同じお姿である貴女様に触れることができれば、貴女様を通してシリア様からご利益を賜れるのではないかと考えた次第です!」
「な、なるほど……? ですが、シリア様に触れるならともかく、私自身に触れても何も得られないような気もするのですが……」
「聞いた話によりますと、【慈愛の魔女】様にもシリア様と同じ神力が備わっておられるのですよね? それであれば、わずかでもシリア様を感じ取ることができるはずです」
確かに私とシリア様の神力は共通の物ですし、私自身のこの体も、生前のシリア様の物とほぼ同じではあります。
私なんかでご利益が得られるとは到底考えにくいことは変わりませんが、彼女がそう強く熱望している以上、応えてあげるべきなのでしょうか……。
「よく分かりませんが、私でよければどうぞ」
「よ、よろしいのですか!?」
「え、えぇ。あまり期待に沿ったものでは無いかもしれませんが……」
セリさんは感極まったように瞳を潤ませると、その場で片膝を突き、さながら修道女の方が神様へ祈りを捧げるような体勢を取り始めました。
「我らが始祖、シリア様。御身のお力を宿せし【慈愛の魔女】様に触れることを、どうかお許しくださいませ……!」
私自身、そんなに敬意を払われる身分では無いのですが……と苦笑してしまっていると、祈りを捧げ終えたらしいセリさんが立ち上がり、やや強張った表情で私を見つめてきました。
その様子から、どう抱き着くべきかと考えているかもしれないと判断した私は、そっと両腕を広げて彼女に微笑みかけます。
「どうぞ」
「失礼致します」
セリさんはおずおずと私に手を伸ばし、ふわりと抱きしめてきました。
それと同時に、彼女が使用していると思われる柑橘系の淡い香水の香りが私の鼻をくすぐります。
本当に、こんな事で良かったのでしょうか。
いえ、リィンさんやフローリア様のようなえっちなことを求められたい訳では無いのですが! と必死に否定した瞬間、ふとセリさんが先ほど口にしていた言葉を思い出しました。
『【慈愛の魔女】様にもシリア様と同じ神力が備わっておられるのですよね? それであれば、わずかでもシリア様を感じ取ることができるはずです』
と言う事は、セリさんは神力に触れてみたいのでは無いのでしょうか。
もしそうであれば、何もしていない今よりは神力を活性化させてあげた方がいいのかもしれません。
私はセリさんを抱き返しながら、シリア様の神力を活性化させました。すると、セリさんは反発する磁石のように私から離れ、信じられないものを見たと言いたげな表情で私を見据えてきました。
「せ、セリさん?」
「い、今のは、一体……!?」
「すみません。セリさんがシリア様の神力に触れてみたいのかと思い、少しだけ神力を活性化させてみました」
セリさんは自分の手に視線を落とし、私とそれを交互に見比べます。
しばらくすると、やや興奮した様子で私に言うのでした。
「【慈愛の魔女】様! その、もう少しだけ触れさせていただく許可をいただけないでしょうか!?」
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「と、言うことがありまして」
「なるほど。それでセリの言い方が語弊を招いていた、と言う事ですか」
「その通りでございます……」
「セリ。確かに日頃からもう少し自己主張を強めるべきだとは言いましたが、説明不足でこのような誤解を招いては元も子もありませんよ」
「仰る通りですわ……」
「ラティスさん。セリさんも悪気があった訳ではありませんし、もう十分に反省されていますのでその辺にしていただけると」
ラティスさんは私をちらりと見ると、「そうですね」と頷きました。
ほっと胸を撫で下ろす私でしたが、彼女が頷いたのは別の意味であったことを思い知らされるのでした。
「ではシルヴィさん。あなたに新たな課題を与えましょう」
「課題ですか?」
「えぇ。これから毎日、鍛錬が終わったらセリに神力の扱いを教えるように」
「えっ!? ですが、神力は神様から認められた方にしか備わることがないとシリア様が……」
抗議の声を上げる私の言葉を遮るように、ラティスさんは続けます。
「彼女の魔力を、よく観察してみなさい。あなたがよく知る物があるはずです」
言われるがままに、隣に座っているセリさんの魔力を観察してみます。
すると、ほんの僅かではありますが、彼女の体内にシリア様の神力が宿っていることに気がつきました!
「ラティスさん! シリア様の神力が!!」
「そういう事です。その説明も含めて、明日からの鍛錬に加えなさい。それとセリ、あなたはシルヴィさんと魔力の適正がある程度似ていますので、明日から私に代わってシルヴィさんを担当するように」
「私でよろしいのですか?」
「むしろ、あなたが適任です。私は明日から、エルフォニアさんを見ますので」
話は終わりだと言わんばかりに、ラティスさんは食事の手を進め始めました。
明日からの予定が急遽変更となった私がセリさんへ顔を向けると、彼女はふわりと微笑みながら言うのでした。
「不束者ではございますが、【慈愛の魔女】様の一助となれるよう尽力させていただきます。どうぞ、よろしくお願い致しますね」
「こちらこそ、セリさんが神力を扱えるよう頑張って教えたいと思います。よろしくお願いします」
私が握手を求めると、セリさんは嬉しそうに笑みを浮かべて握り返してくれるのでした。




