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752話 魔女様は連想する・前編

 次の日。

 朝食を済ませ、魔女服に着替えた私が競技場へと訪れると、そこにはいつもと変わらないリィンさんと、妙に肌艶は良い物の、どんよりとしているレナさんの姿がありました。


「おはようございます。レナさん、リィンさん」


「おはようございます、シルヴィ」


「おはよー……」


「レナさん、どうかしたのですか? やはりまだ体調が優れないとか……」


「いや、そうじゃないの。むしろ体調はこの上ないほど良いんだけど」


 体調は良いのに気分が優れない。

 また困った状態に陥ってしまっていることに小首を傾げていると、何故か得意げなリィンさんが腕組みをしながら頷きました。


「レナはリィンと発散したことで元気になったことを恥じているのです。何も恥ずかしがる必要など無いと思うのですが」


「恥ずかしいんじゃないわよ! 自己嫌悪してんの!!」


「何を嫌悪する必要があるのですか。自分に素直になることで健康になったのですよ?」


「それが分かっちゃったことが嫌なのよおおおおおおお!!!」


 聞きたくないと耳を塞ぎ、地面を転がりまわるレナさん。

 よく分かりませんが、リィンさんと一晩過ごしたことでレナさんの体調は戻せたようですし、これ以上は深く聞かないことにしましょう。聞いたところで、何となく嫌な予感しかしませんし。


 その後も「にしても、フローリア様の体は非常に良かったですね」「フローリアはあんなことしてこないわよ!!」「では、具体的にはどうしていたのか今晩にでも教えてもらえますか?」などとやり取りを続けている二人から視線を外し、ラティスさんの到着を待っていましたが、今日はラティスさんだけ姿を見せませんでした。


「あの、ネフェリさん。ラティスさんを見ていませんか?」


「ラティス様なら今日は出かけてるぞ?」


「え?」


「え?」


 お互いに顔を見合わせ、全く同じ反応をしてしまいます。

 しかし、私の反応で何かに気が付いたらしいネフェリさんは、深く溜息を吐きながら額を押さえました。


「ラティス様、そう言うのはちゃんと言ってから出かけろよな……。今日はシリア様に呼ばれたとか何とかで、ちょっと出張になったんだよ」


「そうだったのですか。では、今日は私はどうすればいいのでしょうか」


「そうだなぁ……。お、それなら」


 ネフェリさんはまだ言い合っていたリィンさんを呼ぶと、彼女の両肩に手を置きながら私に差し出してきました。


「今日はリィン様と固有結界の練習にしよう! ってことで、頼んだぜリィン様!」


「藪から棒になんですか? 今日はレナをからかって遊ぼうかと思っていたんですが。それに、リィンとの属性相性的にはエルフォニアを担当するべきなのでは無いんですか?」


「まぁまぁ、そう言わずにさ。ほら、レナはあたしとエリアンテが見てるし、エルフォニアの奴は今は一人で集中させなきゃだし? そうなると、シルヴィが一人で余っちゃうんだよ」


「自習すればいいじゃないですか」


「固有結界なんて最上級魔法に関する著書が、この魔導連合にあると思うか?」


「まず無いですね」


「だろ? だから、【始原の魔女】として教えてやってほしいんだよ。な? 頼むよ!」


 ネフェリさんに懇願されたリィンさんは、「仕方がないですね」と溜息を吐くと、私を見上げてきました。


「では、今日は特別にリィンが講師をしてあげます。物覚えが悪かったらえっちなお仕置きをするので、そのつもりでいてください」


「わ、分かりました」


 ある意味、痛みを伴う鍛練よりも恐ろしい脅しを受け、全身に緊張が走ります。

 一足先に転移門へ移動していくリィンさんに続いて、今日も亜空間へと移動すると、リィンさんが私の先を歩きながら尋ねてきました。


「シルヴィはどの程度、固有結界について学んでいますか?」


「一応、実戦での空間掌握のやり方と、基礎的な座学は済んでいます」


「それならリィンから教えることは何もないですね」


「えぇ?」


 困惑してしまう私に、彼女は続けます。


「基礎が分かっているなら、あとは実践あるのみです。座学でも習っているとは思いますが、“自分の適性属性”から連想できる“閉鎖的な空間”をしっかりと思い浮かべながら魔法を使ってみてください」


「私の場合は、光属性と言う事でしょうか」


「そうですねー……」


 リィンさんは踵を返して私の真ん前まで戻ってくると、おもむろに私の胸を鷲掴みにしてきました!!


「なぁっ!? な、何をしているのですか!?」


「静かにしてください。波長が読み取れません」


「こ、こんなことする必要がどこに……いっ!?」


 騒ぎ続ける私を力づくで黙らせるかのように、胸を揉む力を一瞬強めてきました!

 暴れて逃げ出してもいいですが、そうしたらより酷いことになりそうな予感がしてしまい、私は早く終わることを願いながらリィンさんの奇行に耐えることにしました。


 体感的には五分以上も続いていたような気がするそれは、唐突に終わりを告げ、一人で勝手に納得したようにリィンさんがうんうんと頷いています。


「別に光にこだわらなくてもいいと思いますよ。最も適性が高いのが光なだけであって、次点で土、その次に全部に適性があるので、好きな物で連想すればいいと思います」


「そ、そうですか……」


「それと、胸を揉まれたくらいでそんなになっていては、リィンのお仕置きには耐えられませんよ?」


「お仕置きされたくありません!!」


「なら、頑張って練習に励んでください。簡単にアドバイスするなら、自分と対象を囲んで逃がさないようにするイメージを持つとやりやすいです。リィンの場合は――」


 彼女はそこで言葉を切ると、杖を取り出し、杖の柄で地面を強く突きました。

 それに呼応するように桃色の魔法陣が展開され、彼女の詠唱に応じて発光を強めていきます。


「目覚めよ、彷徨える霊魂よ。死者達(リバーシング・)の舞踏会(ダンスホール)!!」


 リィンさんが魔法を発動させた瞬間、彼女を中心とした真っ黒な瘴気が空間内に広がっていきました。

 それは周囲の景色を塗りつぶしていき、淀んだ空気と共に、空間内をある場所へと変形させていきます。


 一言で言い表すのならばそれは――広大な墓地でした。

 無数のお墓が建ち並び、枯れきった木の上ではカラスが鳴いています。


「……と、こんな感じです。リィンの得意な魔法である呪詛魔法と、適性の高い闇属性魔法から連想した結果、無限の屍を扱える空間になっています。この空間に入ったが最後、リィンに勝てない限りは永遠に死者と踊ってもらい、ゆくゆくは仲間になってもらうという固有結界です。参考になりましたか?」


「ありがとうございます。とても参考になります」


 リィンさんは得意げに鼻を鳴らすと、再び地面を杖の柄で強く突きました。

 次の瞬間には目の前に広がっていた墓地は跡形もなく消えていて、元の真っ白な空間に戻っていました。


「それでは、シルヴィの練習時間です。何の属性を主軸にするのか、何の魔法と共鳴させるのか、何を思い描くのか。それぞれをじっくりと決めて、好きなだけ練習してみてください」


 そう言うと、彼女はふわりと空中に腰を掛け、眠たそうに大きなあくびをして横になってしまいました。

 もう教えることは無い、とでも言いたげな様子ではありますが、ここから先は私自身が決める必要があるため、ある意味正しい行動なのかもしれません。


 リィンさんは闇属性に適性が強く、呪詛魔法を好む傾向にあることから、死者を呼び出すに最適な墓地を選んでいました。

 エルフォニアさんも闇属性に適性が強い方ですが、リィンさんとは異なり、影魔法を好んでいたことから、空間そのものを影で覆い尽くした固有結界を作っていました。

 ラティスさんは水属性の適正持ちですが、その中でも氷魔法を特に好んでいました。そこからお城がどうやって紐づいているのかは分かりませんが、彼女なりの解釈があったから発動したのでしょう。


 私は、どう思い描くべきなのでしょうか。

 どうやら今日は、このイメージを固めるだけで一日が終わってしまいそうな気がするのでした。

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