751話 魔女様は関わりたくない
魔導連合に戻り、早速調理場をお借りしながらシリア様へ連絡を取っていた私の耳に、シリア様の訝しむような声が聞こえてきました。
『不帰の森の連中が、揃いも揃って同じ夢を見るとはのぅ……。ともあれ、仔細は分かった。明日あたりにでも、一度森に戻るとするかの』
「よろしくお願いします」
『うむ。して、お主の方はどうなのじゃ? 鍛練は順調に進んでおるのか?』
「はい。おかげさまで、ラティスさんの霧やエルフォニアさんの固有結界内でも、相手の動きが追えるようになりました」
『ほう? 思ったよりも早かったでは無いか。流石はシルヴィじゃな、その調子でどんどん励むがよいぞ。で、レナの奴はどうじゃ。かなり苦戦しておるのではないかと踏んでるのじゃが』
「レナさんは……」
シリア様にどう返そうかと考えながら、ちらりと大食堂の席に座っている――もとい、突っ伏している本人の姿を盗み見ます。
今日も憎悪の力を制御しきれなかったらしく、エリアンテさんやネフェリさん共々、大怪我をして出てきた彼女でしたが、毎日の治療を終えた後は疲れが抜け切れていないのか、ああやって脱力していることが多くなっている気がします。
あの状態のレナさんに話しかけても、どこか上の空と言いますか、虚ろな返事と言いますか、まともな会話を望むことができないのが難点です。
「シリア様の仰る通り、かなり苦労しているようです。エリアンテさんとネフェリさんの二人でレナさんを担当してくださっているのですが、鍛錬が終わる時間になると全員大怪我をして出てきています」
『ふむ……。やはり理外の力を完全に御すには、もうしばらく時間は必要になるかのぅ。ネフェリらには苦労を掛けてすまぬと言っておいてもらえるか?』
「分かりました」
『うむ。妾達の方もあと半分で、人間領の全域を補えそうじゃ。終わり次第合流……とは行かぬが、合間を縫ってそっちに顔を出しに行ってやろう』
「ありがとうございます。リィンさんも喜ぶと思います」
『あ奴に喜ばれてもろくなことが無いんじゃがなぁ』
呆れるような口調に小さく笑い、別れの挨拶を済ませて通話を切ります。
手早く残りの料理を済ませ、それぞれお皿に盛りつけていると、こちらも今日の鍛練を終えたらしいエルフォニアさんが厨房へ入ってきました。
「いい匂いね。これは何かしら」
「これはリィンさんの要望で、生前のシリア様が育った食堂の看板メニューです。レーゲンポークのトマト煮と言います」
「ふぅん」
「もう出来上がるので、盛り付けたものを持って行ってくださると助かるのですが……」
エルフォニアさんは一瞬面倒くさそうな顔をしましたが、小さく嘆息すると何も言わずに料理を持って行ってくださいました。
何だかんだ言って、最後は手伝ってくれるあたり彼女らしいです。などと苦笑していると、入れ替わりでラティスさんが顔を覗かせました。
「おや。もう完成したのですね」
「はい、ちょうど今出来上がったところです」
「とてもいい匂いです。あなたの手料理を食べるのは随分と久しぶりですが、そのトマト煮を食べるのはもっと久しぶりですね」
「ラティスさんも持って行ってくださいませんか?」
「それは嫌です。私は席で待っています」
そう言えばラティスさんはこういう方でした。
一切ブレないスタンスにまたしても苦笑してしまっていると、何を笑っているのか分からないと言った表情を浮かべながら、エルフォニアさんが戻ってきていました。
「おぉ……! おおおおおおおおおおおおっ!!!」
「リィン、食事中は静かにしなさい」
「ラティス様! これが静かにできますか!?」
「できます」
「無理です! リィンにはできません!! はぁぁぁぁぁぁぁ……! シリア様を、また食べられる日が来るなんて……!!」
食卓を囲み、ほろほろに蕩けている角煮を頬張っては、都度歓声を上げているリィンさん。
感極まり過ぎて言葉がおかしくなっている気もしますが、これだけ喜んでもらえると作り手冥利に尽きると言うものですね。
「うんめー!! やっぱこれだよなぁ! ルサルーネのトンカツより、店長のトンカツしか勝てねぇ!!」
「店長? シルヴィさんはお店でもやっていたんですか?」
「お? おぉ、そうか。エリアンテは知らないのか。シルヴィは少し前に、魔族領で食堂を経営してたんだよ。それがまぁ、どれ食っても美味い店でな? 中でもこのトンカツは、もう毎日食えるほど絶品だったんだ!」
「へぇ~。確かにこれだけ美味しければ、お店でも大人気だったんでしょうね」
「人気も人気! 小汚い商人が悔しいからって、店を潰そうとしてくるほどに街の客をかっさらっててな?」
ネフェリさんが懐かしい話をしながら盛り上がり、それを興味深そうにエリアンテさんが耳を傾けています。
そんな騒がしい食卓の中、やはりレナさんはまだ元気が戻ってきていないらしく、疲れた顔でトンカツをもぐもぐと咀嚼していました。
「レナさん、大丈夫ですか?」
「え? ごめん、全然話聞いてなかった……。何か言ってた?」
「いえ、お疲れのようなので、体の方は大丈夫かと心配しただけです」
「あー……。うん、大丈夫よ。シルヴィに治してもらってるし、体の痛みとかは全くないわ。でも、疲れが取れないのはその通りなのよねぇ」
「魔力の使い過ぎでしょうか」
「うーん、元々あたしの魔力が多くないからってのもあると思うんだけど、どうも魔力関連じゃなさそうなのよ。って言うのも、エリアンテがそう言ってたんだけど」
「そうなのですか……。体調不良が続くようでしたら、少し休んだ方がいいのではないのでしょうか。あまり無理して鍛練をしても、体によくありませんし」
「それもそうなんだけどねぇ……。どうしたものかなぁ」
あまり気分が優れないまま、サクッとトンカツを頬張るレナさんをどうにかしてあげたいところですが、改めて彼女の魔力や体内の健康状態を確認しても、何も問題がないのが困りものです。
今までの生活では、こんなことは起きなかったのですが……。と頭を捻らせていたところへ、いつの間にか私とレナさんの間でしゃがんでいたリィンさんが声を上げました。
「一日の疲れを取るには、やはり性活が必須です」
「おわぁ!? びっくりした!!」
「生活、ですか? ですが、既にレナさんは規則正しい生活を送っていますが」
「その生活ではありません。性欲を解放して体の内側から健康になる活動、略して性活です」
……私、この話を食事中に聞きたくないのですが。
少し気が滅入りながらも、レナさんの元気を取り戻す一助になるかもしれないと、意を決して耳を傾けます。
「リィンが思うに、普段の家ではハードな鍛練を積んでも結構だったにもかかわらず、ここでは同じようにいかないというのは、普段の生活に何らかの元気の供給源があったと考えるべきです」
「それで、何で性欲の話に繋がるのよ」
「以前シルヴィから、軽くですがあなた達の生活スタイルについて聞いたことがあります。シルヴィは小さな妹達に囲まれながら眠り、あなたは女神様と寝ていると」
「まぁ、そうだけど」
「そこで、リィンは考えました。女神様とえっちなことをすることで、性なる加護を受けていたのではないかと」
「は……?」
レナさんではありませんが、話の飛躍の仕方に私も付いていけません。
そんな私達に構わず、リィンさんは「少し失礼しますよ」と言いながら、レナさんの額を指先で触れると、何かの魔法を使い始めました。
「え、ちょ、何?」
「ほぉ……これはまた、ビッグバンな恵体ですね。これが女神フローリア様ですか? 大変えっちですね」
「ちょあっ!? 何勝手に人の記憶覗いてんのよ!?」
「あなたの問題を解決するためで――お? ははーん、そういう事でしたか。やはりリィンの勘は正しかったようですね」
リィンさんの小悪魔めいた笑みに対し、レナさんは顔を赤らめながら狼狽え始めます。
……何となくですが、リィンさんが読み取った記憶の内容が理解できてしまうのが残念で仕方ありません。
「そういう事であれば、今夜はリィンに付き合ってもらいます。きっと明日には元気にして見せますよ」
「嫌よ!! 絶対ろくでもないことをされるわ!!」
「ろくでもないとは何ですか。ともかく、夜の九時に私の部屋へ来てください。来なかったら、探し出して連れ込みます」
「ねぇ嫌なんだけどあたし! シルヴィー!!」
私はレナさんに揺さぶられながらも、我関せずと言った態度を貫くことに決めました。




