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748話 魔女様は相席する

 朝の鍛練を終えて昼食の時間となり、私は一足先に大食堂で休憩を兼ねて昼食を選んでいました。


 初めての略式詠唱を行った反動か、多重詠唱を行ったせいかは分かりませんが、今日はいつもよりもお腹が空いてしまっている気がします。

 午後からは戦闘訓練ではなく、固有結界に関する講義となりますので、少し多めに食べても大丈夫でしょうか。


 そう考えながらいくつかパンをお皿に乗せ、シチューをよそっていると、少し幼さの残る声が後ろから掛けられました。


「盛り終わったら貸してもらえますか?」


「あ、はい。すみませ――」


 振り返っておたまを手渡そうとした私は、そこにいた少女の姿を見て声を失ってしまいました。

 露出が多い魔女服に、桃色の髪。エルフ族特有の長い耳を持つその小柄な少女の姿は、忘れるはずがありません。


「リィンさん!?」


「はい、リィンですが。それより早くおたまを貸してもらえますか? リィンはお預けプレイも好きですが、食事のお預けは嫌いなのです」


【始原の魔女】の一人であり、【反魂の魔女】と名高い少女――リィンさんは、私からおたまを手早く奪い取ると、器用に玉ねぎだけを避けながらお皿によそい始めます。

 玉ねぎの代わりに一口大にカットされていたソーセージを沢山盛った彼女は、私におたまを返してきました。


「盛り足りないならどうぞ」


「いえ、そういう訳では無いのですが……」


「ならどうして、そんなところで突っ立っているのですか? 自主的にお預けプレイを望んでいるのであれば、リィンからは何も言いませんが」


 リィンさんは小首を傾げながらお鍋におたまを戻すと、何事も無かったかのようにその場から去っていってしまいます。

 私は手早くサラダを盛り付け、彼女が座った席へと向かうことにしました。


「リィンさん、ご一緒してもいいですか?」


「いいですよ。リィンも姉妹弟子として聞きたいことがありましたし」


「私にですか?」


「あなた以外にシリア様の弟子がいるならそちらに聞きますが」


 リィンさんが何を聞きたがっているのかは分かりませんが、私に答えられる内容なら答えてあげるべきでしょう。

 彼女の対面席へ腰を下ろし、質問を受ける用意を済ませますが、リィンさんは食事の手を止めないまま小首を傾げました。


「食べないのですか?」


「あ、いえ。質問から受けた方がいいのかと思いまして」


「そういう事ですか。そんなものは食べ終わってからでも大丈夫です。冷めたご飯ほど気分が悪くなるものはありませんし」


 私は彼女に頷き返し、いただきますと手を合わせてから食事に手をつけます。

 普段から森で栽培されている野菜と比べてしまうと見劣りしてしまいますが、それでも質のいい野菜が使われているサラダを楽しんでいると、パンの端をシチューにちょんちょんと漬けていたリィンさんが口を開きました。


「こうしてタダでご飯を食べさせてもらえるのは、魔女になった甲斐がありますね。日頃のリィンのご飯よりよっぽど美味しいです」


「そう言えばリィンさんはあの後、人間領で魔道具店を開いたのでしたよね。あまり上手く行っていないのですか?」


「上手く行ってない訳が無いじゃないですか。リィンは【始原の魔女】ですよ? 商才だってもちろん備わってます」


「では、どういう……」


「単純に、リィン自身が料理が下手なのです。毎日外食するのも悪くありませんけど、お店に無いご飯が食べたい時は作るしかないじゃないですか」


「なるほど。お店によっては、希望を伝えると作ってくださるお店もありますが、一般的なお店ではメニューにあるものしか出してくださいませんしね」


 私がそう言うと、ピチャッと水音が聞こえてきました。

 音の発生源は、信じられないと言った顔を浮かべてパンを手放してしまったリィンさんからです。


「え……そうなのですか? 食べたいものを作ってもらえるお店もあるんですか?」


「え、えぇ。私も冒険者の方々から聞いた話なので確実にそうとは言い切れませんが、彼らはそれぞれ行きつけのお店があるみたいで、そこで自分の好みに合わせた味付けをしてもらったり、その日の気分で食べたいものを作ってもらえるそうですよ?」


「それは初めて聞きました。では、リィンもそろそろ行きつけのお店が出来つつありますし、作ってもらえないか聞いてみることにします」


 どこか嬉しそうに言い、シチューに浸かってしまったパンを頬張るリィンさん。

 私はちょっとした好奇心から、彼女が何を食べたがっていたのか気になってしまいました。


「ちなみになのですが、リィンさんは何が食べたかったのですか?」


「答えたら作ってくれるんですか?」


「え? そうですね……私でも作れるものであれば」


 私の回答に表情を輝かせたリィンさんでしたが、すぐにそれを曇らせて俯いてしまいます。


「……ですが、あれはもう誰にも作れないのです」


「材料がない、という事でしょうか」


 リィンさんはふるふると首を振ると、蚊の鳴くような声で呟きました。


「シエスタのレーゲンポークのトマト煮……。お店が無くなった今、もうあれを口にすることは出来ないのです」


「えっ」


 聞き覚えのある料理名を出され、驚いてしまいます。

 いえ、少し考えればここであの料理名が出てくるのも自然なのかもしれません。

 リィンさんも、生前のシリア様と関わりの深い魔女の一人なのです。そんな彼女が、シリア様の育ったお店に案内され、親しみのある料理を口にしていても何もおかしくはありません。


 見た目は十代半ばかもう少し幼いかと言った風貌のリィンさんが、肩を落としてしまっている姿は、二千年の時を生きている【始原の魔女】のものとは思えないほど相応でした。


「な、何を笑っているのですか? そんなにリィンが哀れですか!?」


「いえ、そういう訳ではありません。二千年生きていると言っても、感性は見た目相応なのですねと思ってしまいまして」


「失礼な妹弟子ですね。リィンにとって、あの料理は思い出の料理なのです。それも分からないとは、どうやらシルヴィの脳は溶けて胸の脂肪になっていたようですね」


「ふふ、失礼しました。それで、レーゲンポークのトマト煮ですが、私で良ければ作れますよ」


 私が答えた瞬間、リィンさんはテーブルに手をついて勢いよく立ち上がりました。


「本当ですか!? あれを作れるんですか!?」


「はい。シリア様に直々に教えていただきましたので、味も当時と同じものを作れると思います」


 当時の思い出が蘇る。

 そう安堵したリィンさんは、ストンと椅子に腰を落とすと、ポロポロと大粒の涙を零し始めてしまいました。

 彼女は泣きじゃくりながら、嗚咽混じりに私へ言います。


「お願いします……。リィンに、シリア様の味を思い出させてください……。もう一生食べられないと思っていた、あの味をください……」


「分かりました。では、今夜にでも厨房をお借りして作りますね」


 私の言葉に、リィンさんは涙を脱ぐわないまま満面の笑顔を浮かべるのでした。

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