747話 魔女様は打ち破る・後編
上段と下段を狙った隙の無い連携。
横に逃げようものなら、恐らくラーグルフから放たれる剣閃で切り裂かれてしまうでしょう。
ならばいっそ、飛び込む方が安全です!
自身に身体強化の魔法を付与し、地面を強く蹴り、剣と剣の間に身を滑り込ませます。
危険な回避方法ではありましたが、紙一重で躱すことができ、先ほどまで私がいた場所を、二対のラーグルフから放たれた剣閃が切り裂いていました。
極度の緊張から鼓動が早くなるのを感じながら、さらにその場から駆けだして距離を取り、大急ぎで彼らを呼ぶための召喚陣を展開します。
まずはラティスさんの分身を抑えるためにも、切り結べる個体数が必要です!
「出でよ、勇猛なる猫騎士!!」
「「ニャー!!」」
可愛らしい鳴き声と共に召喚された七体の猫騎士達は、思い描いた通りの装備を身に着けていました。
大剣に両手剣、盾持ちの片手剣などなど、かなり近接戦闘に尖らせた編成です。
「本体は私が見ます! 全員で一体ずつ足止めしてください!!」
「「ニャニャッ!!」」
私が指示を出して駈け出すと同時に、猫騎士達も勇ましく霧に隠れているラティスさん達へ突撃していきます。
あちこちから剣戟が聞こえ始める中、私が向かう先からも動きを感じ取りました。
ラティスさんの本体が、こちらに向かって駆けてきているのです。
「悪くない判断です。ですが、ゴーレム程度で私の分身をいつまでも止められるとは思わないでください!」
「それは承知の上です!!」
振りかざされたラーグルフに対し、ディヴァイン・シールドを展開して受け止めます。
そのまま彼女の剣を防ぎ続けていると、ラティスさんが先に後ろ跳びに離れ、ラーグルフに魔力を込めながら構えなおしました。
「ブリザード・メイルシュトローム!!」
触れるもの全てを凍てつかせる氷の渦が、剣を中心に放たれました。
それは私の盾で一度は止まるものの、盾ごと飲み込まんとさらに勢いを増していきます。
「くっ……うぅ!!」
霧も相まって、さらに視界が悪くなっていきます。
ですが、私が視界に頼らず戦えるようになった今、ラティスさんの狙いはそれではないはずです。
恐らくは私を足止めすることで猫騎士達を撃破し、再び優位に立つことでしょう。
だからこそ、どうにかしてこの状況を打開しなければならないのですが……!
急迫した状況に対して思考を巡らせていると、唐突に先ほどの会話が頭の中で再生され始めました。
「ラティスさん。そのラーグルフは、全力のものでは無いのですね」
「はい。これは略式詠唱ですので、ラーグルフの五分の一程度しか威力を発揮することはできません」
どうして今、あの会話が……?
そう考えたと同時に、私の思考が連鎖的に考えを巡らせ始めました。
莫大な魔力を引き換えに、絶大な威力を誇る武器を顕現させる神話級魔法。
一度とは言え、その顕現を封じ込めることができた私の“万象を捕らえる戒めの槍”。
比較対象として並べて良い物かは分かりませんが、私の“万象を捕らえる戒めの槍”も、神話級魔法に匹敵する拘束力を持つと考えられそうです。
それはつまり、私も略式詠唱で“万象を捕らえる戒めの槍”を使うことができるのではないでしょうか?
ラティスさんが使っているラーグルフの出力は、現在は五分の一。
それと同等かそれ以上であれば、問題なく封じ込めることができるかもしれません。
……このまま何もできずに時間を稼がれるくらいなら、試してみる方がいいはずです!
私は多重詠唱をするべく、脳内で“万象を捕らえる戒めの槍”を行使する自分を思い描き始めます。
“万象を捕らえる戒めの槍”を発動させるためには、対象にもよりますが基本的には八印以上が必要です。
それを簡略化していくには、かなり精度を落とす必要がありますが、恐らく二印で発動は出来ると思います。
そう思い描き始めると、頭の中の“万象を捕らえる戒めの槍”が徐々に形を変え始めました。瞬間的に発動するための最適な形へと変わっていくそれは、やがて一本の槍へと変化します。
外せば、印が刻めていない現状では次は望めません。
ですが、まだこれができるかどうかを誰にも知られていない今なら、成功率は比較的高いはずです!
脳内で詠唱を完成させ、目を見開きながら魔法を行使します。
「略式詠唱――万象を捕らえる戒めの槍!!」
「なっ――!?」
私の背後から現れた金色の槍は、霧や氷の渦を貫きながら一直線にラティスさんへと飛んでいきました。
そして彼女が持つラーグルフの中央を的確に貫くと、ラティスさんの手から剣を大きく弾き飛ばし、離れた場所で刀身を鎖で縛り上げて地面に突き刺さりました。
それと同時に、彼女が放っていた氷の渦が霧散していき、徐々に霧も薄くなっていきます。
「成功、した……!」
安堵から脱力してしまいそうになる体を必死に持ち直し、まだ勝負が付いていないラティスさんへ向けて拘束魔法を行使します。
彼女を中心に展開された魔法陣は呆気ないほど縮小していき、やがてラティスさんが無抵抗のまま膝を突いてしまいました。
「はぁ……! はぁ……。やった、やりました……!」
上がってしまった呼吸を整えながら歓声を上げた私に、ラティスさんはハッとした顔を向けてきました。
そして自身が拘束されていることに気が付くと、しばらくしてからひとりでに笑いだしました。
「ど、どうしたのですかラティスさん!?」
「いえ……。あなたの成長ぶりには、いつも驚かされてばかりだと思っただけです。まさか、土壇場で略式詠唱を使って来るなんて考えもしなかったものですから。ふふふっ」
彼女はしばらく笑っていましたが、やがて私を見上げながら優しく微笑み。
「満点としか言いようがありません。明日からは、さらに高みを目指して鍛練に励みましょうね」
そう、評価してくださるのでした。




