746話 魔女様は打ち破る・前編
「……その顔を見るに、しっかりと学べたようですね」
翌日。
ラティスさんとの鍛練に戻った私でしたが、私を見るや否や、ラティスさんはそう声を掛けてきました。
私は昨日学べたことや見聞きしたことをそのまま伝えると、彼女はやや満足そうに頷きました。
「では、今日で私の魔法を撃ち破ることができたのなら、明日からはあなたも固有結界の練習を始めることにしましょう」
「私も使えるのですか?」
「あなたは既に世界の創造という、人類では到達していない領域の魔法を習得しています。それに比べれば固有結界の発動は、遥かに難易度は低い物なのです」
「分かりました。今日で終わらせられるよう頑張りたいと思います」
「いい心意気です。では、始めましょうか」
ラティスさんは柔らかく微笑みながらそう言うと、地面をヒールでカツンと強く蹴りました。
それに応じて、彼女を中心とした白く冷気を纏った霧が辺り一面に立ち込め始めます。
「まずは私の本体がどこにあるのか、それを見極めて私の背後に立ちなさい。それが正しければ、実戦的な戦いを交えながらテストを行います」
「はい!」
霧に姿を溶かし、魔力すらも分散させていくラティスさん。
彼女を見つけ出すためにも、私は魔力視の対象を空間全域にしながら、注意深く探し始めます。
この空間内で感じ取れる、ラティスさんの魔力を持っている個体数は五体。その中でも、存在が希薄な個体は二体いるようですが、他の三体はある程度距離を置きながら魔力を練っているようにも感じ取れます。
さらに意識を集中させ、その三体の中でも特に波長の強い個体を絞り込もうとすると、極僅かではありましたが、私から見て北東方面にいる個体が他の個体よりも強い魔力を放っていることが分かりました。
教わって初日と言う事もあり、やや確証はありませんが、それを試すのも今日の鍛練の課題の一つのはずです。
私はそちらへ歩み寄り、しばらくして薄っすらと見えてきたラティスさんへ近づいていきます。
微動だにしない彼女の背後へと回ると、自身の背後に向けて声を掛けてきました。
「この私が、本体である。それがあなたの答えでいいですか?」
「はい。他の個体よりも強い魔力を持っています。恐らく、ラティスさん本人だと考えました」
「そうですか」
ラティスさんは小さく呟くと、くるりと私へ向き直りました。
彼女は嬉しそうに笑みを浮かべ、小さく拍手を送りながら続けます。
「正解です。昨日の今日で、よく見破れるようになりましたね」
「ありがとうございます。エルフォニアさんがとても綺麗な固有結界を使っていたので、空間の掌握のいい練習になりました」
「我流ではなく、忠実に教わった魔法を行使するエルフォニアさんを選んで正解でしたね。では、続けて第二のステップへ移行しましょうか」
ラティスさんは私から数歩離れたところに立ち、彼女の愛刀であるラーグルフを出現させました。
その刀身を見ながら、ふと気になったことを尋ねてみることにします。
「ラティスさん。そのラーグルフは、全力のものでは無いのですね」
「はい。これは略式詠唱ですので、ラーグルフの五分の一程度しか威力を発揮することはできません」
彼女はそこで言葉を止めると、「と言うのも」と付け足しながらラーグルフを地面に突き立てました。
「本気でラーグルフを振るえば、この空間ごと消し飛ばせてしまいますからね」
「く、空間ごと……!?」
「はい、空間ごとです」
にっこりと笑うラティスさんに、私は今さらながらに恐怖を感じてしまいました。
以前からシリア様は、ラティスさんが扱うラーグルフが本気を出せば国が一つ軽く消し飛ぶと仰っていましたが、まさか空間まで対象にできるとは思いもしていませんでした。
シリア様が扱う滅槍アラドヴァルや、レオノーラが扱う影槍ブリューナクが対人武器であるとすれば、ラティスさんのラーグルフは対軍、対国家武器なのでしょう。
五分の一の出力とは言え、真っ向から防ぐのは避けたいところです。
そんなことを考えていた私を、準備完了したものと見做したラティスさんは、軽く手を打ちながら言いました。
「さて、気を取り直して始めましょうか。昼食までに、私を捕らえることができるか、私を無力化させることができれば達成ということにしましょう。では、行きますね」
ラティスさんはそのまま姿を消し、再び霧の中で分身を生成し始めました。
改めて魔力視で空間を把握し直し、各個体の位置と本体の特定に務めます。
今回は八体。その半数は希薄な個体のため、恐らく奇襲を掛けてくる役割を担っているのでしょう。
残り四体の内、三体は先ほど同様に魔力を練っているのが分かります。こちらは一昨日までと同様に、氷柱や氷龍などの遠距離攻撃担当であると思われます。
そして、残りの一体。つまり本体は――。
「後ろ!!」
即座にディヴァイン・シールドを展開し、振り下ろされたラーグルフを何とか受け止めます。
まさか本体から仕掛けてくるとは思わず油断してしまっていた私へ、ラティスさんは楽しそうに言いました。
「本体が攻撃に参加しないのは定石ですが、私はどうも血が騒いでしまいまして」
「ラティスさんらしくて、良いと思います!」
そのまま弾き返し、後ろ跳びに逃げて距離を取ります。
すると、それを待っていたかのように、三方向から同時に多数の氷柱が飛来してくるのを感じました。
すかさず杖を取り出し、地面に柄を突きながら自身を覆うようにドーム状の防護結界を展開します。
甲高い衝突音と強めのフィードバックを受けながらも、退路を探しつつ空間内の動きを逃さないように注視します。
今抜け出すのなら、西側です!
一瞬の合間を縫ってその場から転がるように駆け出し、氷柱の包囲網を突破します。
ですが、逃げた先では魔力が希薄なラティスさんの分身が二体待ち構えていて、こちらに向かってラーグルフを大きく振りかざしていました。




