739話 魔女様は見学する
翌日。
準備を整えて競技場へ訪れると、そこではエルフォニアさんとネフェリさんが私を待っていてくださいました。
「おはようシルヴィ! 昨日コレの手当をしてくれたんだって? 世話をかけて悪かったなぁ」
「おはようございますネフェリさん、エルフォニアさん。私が無理やり治癒させていただいただけですので、手間だなんてことはありません」
「はー、ホントに慈愛精神に満ちたできた魔女様だよ。お前も少しは見習ったらどうなんだ?」
「無償で他人に何かを施すほど暇じゃないわ」
「おやおや、じゃあシルヴィは暇してるから治癒魔法を使ってるとでも言いたいのか? 魔術師を殺すことしか頭にないお前なんかよりも、よっぽど有意義に人生使って人を喜ばせてると思うけどねぇ」
これ見よがしに、わざとらしく溜息まで吐いてやれやれと表現したネフェリさん。
エルフォニアさんは凄まじく殺意を込めて睨みつけていましたが、ネフェリさんは欠片も気にしていませんでした。
日頃のこういうやり取りが積み重なって、お互いに本気で戦ってしまうからこその大怪我なのでは無いのでしょうか。などと考えてしまっていた私へ、ネフェリさんが「それはともかくとして」と続けました。
「可愛いバカ弟子が世話になった礼って訳じゃないけど、シルヴィが行き詰まってる課題を手伝ってあげようじゃないか。ちょうど、こいつも反復練習させておきたかったしな」
「ありがとうございます。お邪魔でなければ、ぜひお願いしたいです」
「邪魔なんてとんでもない! そうだろ? エルフォニア」
「……そうね」
「ってことで、まずはシルヴィは見学からだ。ほら、早く始めるよ」
ネフェリさんはそう言うと、一足先に転移門を通過して戦闘用の亜空間へと移動していきました。
私達もその後に続き、今日も今日とて何もない亜空間へ足を踏み入れると、少し奥で立ち止まったネフェリさんは体をほぐすように準備運動をし始めます。
「ほらほら、そんなとこで突っ立ってないでしっかり柔軟はしておけよー? 戦闘において一番パフォーマンスを低下させるのは筋肉の緊張だからなー?」
ぐっ、ぐっ、と両腕や両足などの筋をしっかりと伸ばすネフェリさん。
気が付けば私の横でも、エルフォニアさんがそれに倣って似たような柔軟体操を行っていました。
こういうところは素直なんですね。と少し微笑ましくなりながら、私も全身の柔軟体操を済ませると、どこからか無骨な大剣を取り出したネフェリさんが口を開きました。
「うっし、それじゃ始めるとするか。まずはエルフォニア、お前の固有結界を見せな」
「えぇ」
エルフォニアさんも杖を取り出すと、小声で詠唱を開始します。
邪魔にならないように少し距離を取りながら見守っていると、詠唱を終えたエルフォニアさんが杖の柄を地面に突きながら魔力を放出しました。
それに応じて、彼女を中心とした漆黒の影が空間全域を覆い始め、瞬く間に亜空間内は一切の光が届かない闇に飲み込まれてしまいました。
「これが、エルフォニアさんの固有結界……」
「エルフォニアお前、シルヴィがいるからって力み過ぎだ。もっと丁寧にやらないとすぐ魔力が枯渇するぞ?」
「自分でも分かっているわ」
すっかりお二人の姿すら視認できなくなった闇の中で、ネフェリさんとエルフォニアさんの声だけが響いて来ます。
私にはよく分かりませんでしたが、ネフェリさんから見たこの固有結界は出来が不十分であったようです。
「分かってんならいい。じゃあ、次にシルヴィ」
「はい」
「あたしとエルフォニアが、今どこに立っているかを魔力視で捉えられるか?」
「やってみます」
お二人の姿を探すべく、魔力視を使って魔力の流れを探ります。
すると、先ほどとほぼ同じ位置にネフェリさんの魔力があることは分かりましたが、エルフォニアさんの場所が特定できないことに気が付きました。
「エルフォニアさんだけ見つけられません」
「うん。それで正常だ」
「と、言いますと?」
「固有結界は、基本的には術者が最も有利になる環境を構築する魔法だ。ラティス様なら、“人が生きていけないほどの極寒の地を作り上げることで、氷系統の魔法の威力を引き上げる”もの。エルフォニアなら、“空間内を影で満たすことで、相手の視界を奪ってどこからでも奇襲をかけられるようにする”ものって感じでな」
確かにこの暗さでは何も見えませんし、魔力視を使っても彼女の本体を捉えることができないため、いつ、どこから奇襲されるかを特定するのは困難だと思われます。
「で、この固有結界を使うためにはまず、自分がいる空間を掌握する必要がある。多分ラティス様はシルヴィにこれを教えようとしてるんだと思うが、その前段階の空間掌握で詰まってるんだったよな?」
「はい。昨日まではラティスさんの固有結界ではなく、霧に隠れたラティスさんを探す特訓をしていたのですが、それが中々上手くいかず……」
「あぁ、そういうやり方にしてるのか。なら、話はもっと単純になるな」
ネフェリさんはそこで一度言葉を切ると、コツコツと踵を鳴らしながら少し移動しました。
音の方角に体の向きを変えた私へ、ネフェリさんは言います。
「シルヴィ。あたしが今、どこにいるか分かるか?」
「え? えーと……」
再び魔力視を使って、正面にいるであろうネフェリさんを探してみましたが、何故かそこには彼女の魔力の反応がありませんでした。
音はしたはずなのに……と周囲を見渡してみると、音がした方向とは真逆の位置にネフェリさんが立っていることが分かりました。
「あれ? そちらからは音がしていなかったはずですが……」
私が口にした疑問に、ネフェリさんは少し楽し気な口調で答えました。
「そう。ラティス様はシルヴィの五感を騙して攻撃していたってことだ」




