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738話 暗影の魔女は無茶をする

 休憩を終えて、午後の鍛練でもラティスさんの手ほどきを受けていた私ですが、彼女の言う“空間の掌握”がよく分からないまま終了時間を迎えてしまいました。

 いたずらに魔力だけを浪費してしまい、疲れが押し寄せてきていた私へ、ラティスさんは水筒を差し出しながら言います。


「基本的な魔法の扱いなどは、シリアから教わった通りに忠実にこなせています。焦らずに一歩ずつ進むことです」


「ありがとう、ございます……」


 良く冷えた水を口に運び、一息ついていると、ラティスさんは何かを思案するかのように顎先を指でつまんでいました。

 そんな彼女を見つめていると、ラティスさんの中で何か結論が出たらしく、ひとつ頷いてから私を見下ろしてきました。


「恐らくあなたが欲している答えは、エルフォニアさんが持っているはずです。後で彼女に聞いてみてはどうでしょうか」


「エルフォニアさん、ですか?」


 ラティスさんは何も言わずに頷くと、そのまま去っていってしまいました。

 私の課題である“空間の掌握”のやり方を、エルフォニアさんが知っているかもしれないと言う事は、彼女とラティスさんで何かしらの共通点があるはずです。

 それについて考えを巡らせようとして、真っ先に思いついたのは、ラティスさんが使用する固有結界でした。


 ラティスさんが使う固有結界は、氷のお城をイメージした極寒の領域でした。

 もしかすると、エルフォニアさんも同じようなものを使えるのではないのでしょうか。

 彼女が影を使って転移をできることや、悪魔という高位の存在を従えていることから、私やレナさんよりも遥かに魔法の技術が高いことは考えなくても分かりますが、【始原の魔女】が使用する魔法をも操れるかどうかは、現時点では判断ができません。


 とにかく、ラティスさんからいただいたヒントを捨てる訳にはいきませんし、直接聞いてみることにしましょう。





「ど、どうしたのですかエルフォニアさん!?」


 エルフォニアさんを探して魔道連合をうろついていると、裏口から出たとことにある小さな空き地で、ボロボロになってしまっているエルフォニアさんが座っているのを見つけました。

 申し訳程度に応急手当は済んでいるものの、体中にある切り傷や打撲跡が、非常に痛ましさを演出しています。


 慌てて駆け寄り、傷の手当を始めた私へ、エルフォニアさんは疲れたようにお礼を述べました。


「悪いわね、助かるわ」


「いえいえ……。もしかして、ネフェリさんとの鍛練で作った怪我なのですか?」


「そうよ。相変わらず容赦のない人だわ」


 全身の状態をチェックしながら治癒を施しますが、とても鍛練で作った怪我だとは思えないほどの酷さです。

 出血こそ魔力で堰き止められているものの、深く切られてしまっている右腕。数本折れてしまっている肋骨。さらに、内臓もいくつか損傷してしまっているようで、口元の血の跡も、それが原因であると読み取ることができました。


 いくら師弟関係であるとは言え、ここまで容赦なくやるものなのでしょうか……と、目を逸らしたくなるほどの痛手を負っているエルフォニアさんへ、私は問いかけます。


「普段からこんなにも怪我をされているのですか?」


「えぇ。いつものことね」


「こんなに酷い怪我……いつか本当に死んでしまいますよ」


「この程度では死なないわ」


「この程度ではそうかもしれませんが」


 食い下がろうとした私へ彼女は何かを言おうとしましたが、声を発するよりも先に咳込んでしまうのが先でした。


「無理に喋らないでください」


「げほっ……。はぁ、あなたには言っておくべきなのかもしれないわね」


「何をですか?」


 エルフォニアさんは血色の悪くなっている顔で私を見上げると、弱々しいながらもしっかりとした口調で話し始めました。


「私は知っての通り、悪魔であるアザゼルと契約を結んでいるわ。だから、大体の怪我は時間は掛かるけど勝手に治るのよ」


「まさか、ネフェリさんもそれを知っているからここまで……?」


「そうよ。命の危険と隣り合わせの方が――げほっ! ごほっ……極限まで集中できるでしょう?」


 その言葉で、私は何故エルフォニアさんがここまで強いのかを察してしまいました。

 彼女は自分を死の淵へ追いやり続けることで、極限状態での集中力を自在に引き出せるようになり、それを戦闘に用いていたのでしょう。

 ミーシアさんを魔術師から守るために、絶対的な強さを手に入れなければならなかったという覚悟の現れなのかもしれませんが、私はどうしてもそれを受け入れることができませんでした。


「……別に、あなたに理解を求めるつもりなんて無いわ。あくまでも、私はこの方が効率的だと判断しただけよ」


「エルフォニアさんのこれまでの生き方を否定するわけではありませんが……できれば、今後はもっと自分を大切にしていただきたいです。こんな過酷な鍛練を続けて命を落としてしまっては、ミーシアさんも悲しむと思います」


「善処はするわ」


 その返答を最後に、私達の間で会話は無くなりました。

 エルフォニアさんが魔術師へ向ける敵意が、これほどまでに強い物だったとは……と再認識させられていると、ほぼ治癒を終えた辺りでエルフォニアさんがゆっくりと息を吐きだしました。


「ありがとうシルヴィ。もういいわ」


「あと少しですから、そのままじっとしていてください」


「この程度、すぐに治るわ」


「では、私がいる時くらいは治療は私に任せてください」


「……あなた、意外と強情な時があるわよね」


 彼女はそう言うと、好きにしろと言わんばかりに全身の力を抜きました。

 信頼されているのか、言うだけ無駄と判断されたのかは分かりませんが、大人しくしてくださるならどちらでも構いません。

 そんなことを考えながら治癒を終えると、エルフォニアさんは全身の具合を確かめるように、座ったまま大きく伸びをしました。


「流石の腕ね。鍛練をする前よりも調子がいいくらいだわ」


「それは良かったです。明日以降も大怪我をされるのであれば、予め場所を教えていただけませんか? 私の方が終わり次第、治癒に向かいますので」


「なら、明日からはあなた達と同じ場所でやれないかと師匠に言っておくことにするわ。その方が面倒では無いでしょう?」


「そうしていただけるのであれば、それでお願いしたいです」


 エルフォニアさんは頷き、ゆっくりと立ち上がりました。

 服までは復元できないためボロボロのままですが、彼女は気にする様子もなく、私へ問いかけてきます。


「それで? 私を探していたと言う事は、何か用があったんじゃないかしら? 治癒のお代分くらいなら答えるわ」


「あ、そうでした。では……」


 一部始終をエルフォニアさんへ説明すると、彼女は「そういうこと」と納得したようでした。


「それなら、確かに私が力になれるかもしれないわね」


「本当ですか?」


「えぇ。ついでだから、明日の鍛練を合同で出来ないか確認してくるわ。説明するよりも見せた方が早いでしょうし」


「ありがとうございます、エルフォニアさん」


「礼は不要よ。それじゃ、また明日」


 エルフォニアさんはそう言い残すと、私に背を向けて魔道連合内へと戻っていきました。

 あの大怪我には驚かされてしまいましたが、何とかエルフォニアさんから答えに近づくためのヒントは手に入れられそうです。

 私も明日に備えて、色々と済ませることにしましょう。

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