733話 魔女様は気を取り直す
「っつー訳で、シルヴィちゃん達にはこの一か月間、我らが魔導連合が誇る大魔導士兼スカウト担当にみっちりしごかれてもらうってことだ!」
ヘルガさんから概要を聞いた私達は、ごくりと生唾を飲み込んでしまいました。
ラティスさんと言えば、力試しと言いながら私を本気で殺しに来た【始原の魔女】ですし、その実力はシリア様のライバルを名乗れるほどです。
そんな彼女が私の鍛練の相手をすると言う事は、シリア様のように加減をしてくださる可能性は低い、と容易に想像することができてしまいます。
一方で、エリアンテさんの実力は測りかねますが、彼女もまた、魔導連合が誇る各属性のスペシャリストの一人であるはずです。
属性の傾向からレナさんと同じはずですが、その経験の差は言うまでも無いでしょう。
これまで以上に厳しくなると思われる鍛練に戦慄していると、ラティスさんがクスクスと小さく笑いだしました。
「そんなに身構える必要はありませんよ。肩の力を抜いてください」
「そうそう。シリア様から厳しくやってくれとは言われてるけど、私達も鬼じゃないし、ちゃんと加減はするから安心していいよ」
その言葉に二人で胸を撫で下ろしましたが、エリアンテさんは「でも」と続けます。
「あまりにも酷い体たらくだったら、うっかり殺しちゃうかもしれないから気を付けてね?」
背筋が凍るような殺意と共に放たれた言葉に、私達の体がピンと伸びます。
それはエリアンテさんからだけではなく、ラティスさんやヘルガさん達からも放たれていて、室内の酸素が一瞬にして薄くなってしまったかのような息苦しさを感じてしまいました。
この一か月間、私達は死に物狂いで取り掛からないと命を落とす可能性すらある。
そんな危機感に襲われていると、エリアンテさんがパッと表情と声色を改めて私達に言いました。
「まっ! 私達も暇じゃないから、しっかり頑張ってねってことを言いたかっただけだよ! 怖がらせちゃってごめんね~」
「い、いえ……。皆さんの貴重なお時間を無駄にしないよう、頑張ります……」
「あぁ!? そんなに怯えないで二人共! もう、だから止めた方がいいって言ったのに~!!」
「これくらいで腑抜けられては困りますから」
「にしても容赦なさ過ぎだろラティス様」
ヘルガさんとエリアンテさんに指摘されたラティスさんは、ふぅと息を吐くと、私達に向けて柔らかく微笑みました。
「それだけ私達は、あなた達に期待しているのです。この期待、裏切らないでくださいね」
彼女のその期待の言葉に、私達はただ頷くことしかできませんでした。
荷物を宿舎の一室に置き終えた私達は、どちらからともなく深い溜息を吐きました。
お互いのそれを聞き、私達はほぼ同時に苦笑しあいます。
「やっぱり考えてたことは同じよね」
「はい。まさかラティスさんからの鍛練を受けることになるとは想定していなかったもので……」
「各属性のスペシャリストかぁ……。思えばあたし達、いつも同じ属性でトレーニングしてたから、なんか新鮮よね」
レナさんの言う通り、私達はこれまでにいろいろな鍛練をしていただいていましたが、やや属性の偏りがあったのは事実です。
レナさんはフローリア様が基本的に付きっきりであったことから、雷魔法に対する対処方法は学んでいて、私が扱う拘束魔法にも抗う手段を会得しています。しかし、他の属性に対する経験が浅いのは本人も自覚している通りだと思います。
一方で私は、シリア様と鍛練を続けていたことで他属性にもある程度は対処ができますが、防ぐ以外の手段となると、発動までに時間がかかり過ぎる万象を捕らえる戒めの槍か、勇猛なる猫騎士の二択しかないのが現状です。
シリア様はこの特訓で、私達にどこまで求めていらっしゃるのでしょうか。
それが分からない以上、とにかくラティスさんを始めとした方々から、多くの技を見て学ぶ必要がありそうです。
それはレナさんも考えていたようで、自身の膝をパンッと叩いて立ち上がると、「とにかく」と前置きしてから私に言いました。
「ここで考えていてもどうにもならないし、今のあたし達に出来ることをやるだけよ。そうでしょ?」
「そうですね、その通りだと思います」
「じゃ、早く行きましょ? 遅いと遅いで、ラティスさんに怒られそうだわ」
差し伸べられた手を取り、私はレナさんと共に久しぶりの競技場へ向かうことにしました。




