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725話 魔女様は約束を知る・前編

 廊下に出た私を待っていたのは、先ほどまでの静寂に包まれていた魔王城ではなく、多くの魔族の方々がいる魔王城の廊下でした。


 至る所が破壊されている廊下はそのままですが、レオノーラ同様に半透明な彼らは、廊下の端の方に寄りながら、私を見て小声で話しているようです。


『またあの魔女が来ているぞ』


『毎度のことだが、少しは遠慮がちに城内を歩いてもらいたい物だ』


『短命種のくせに、ちょっと魔法が上手く使えるだけで調子に乗りやがって』


『しっ! 聞こえるぞ』


 ……これは恐らく、当時のシリア様を見て囁かれていた陰口なのでしょう。

 私という姿を通して、彼らはシリア様を見ているのだと思います。


 シリア様も、こうして陰口を言われながら魔王城に通っていたのでしょうか。などと少し暗い気持ちになり始めていると、視界の先に再びレオノーラの姿を見つけました。

 彼女は周囲の声も気にせず、そのまま奥へと歩いていこうとしています。


「待ってください、レオノーラ!」


 慌ててそちらへ駆け寄るも、私が近づいたと同時に彼女は姿を消してしまいます。

 今度はどこへ……と周囲を見渡すと、右側の壁に、先ほどまではなかったはずの扉が現れていることに気が付きました。


 今度はここに入れと言う事でしょうか。

 扉に手をかけ、ゆっくりと引いてみると、そこはレオノーラの政務室であることが分かりました。

 相変わらず高く積み上げられている書類や本の山の奥で、げんなりとしている魔王時代のレオノーラと、生前のシリア様が何かを話しあっている場面の様です。


『……と言う事ですので、それにサインをしてください』


『あまりにも魔族に分が悪い話では無いか。我が認めるとでも思っているのか?』


『直近で見れば分が悪く感じるかもしれませんが、長い目で見れば悪い話でもないはずですけど?』


『そもそも、人間がこの話を飲むという保証も無いだろう』


『それならご心配なく。私が女王になることが決まりましたので』


『はぁ!? 魔女である貴様が人間の王になるだと!?』


『えぇ。現グランディア王家は政治腐敗が進み、私達を亡き者としようとしていたので、それを逆手に取って詰め寄ったところ王位を放棄しました。そこを私が継承し、新生グランディア王家として立て直すことにしたのです』


『……クク、クッハハハハハハハハ!! 相変わらず貴様は、我の想像を遥か斜め上を行く行動ばかり取るな! 悪魔のような魔女め』


『失礼ですね。戦争を終結させ、人間領の政治の安定を図ろうとしているのですから、聖女と呼んで欲しい物ですけど?』


『ハッ! 砦周辺をクレーターに変えたり、呪われた槍(アラドヴァル)で魔王を仕留めたりする女が聖女なものか』


『ふふっ、そう言われてしまうと返す言葉も無いですね』


 半透明な二人は楽しそうに笑いあいます。

 やがて、シリア様が差し出した書類にサインを記したレオノーラが、それを返しながらシリア様へ問いかけます。


『貴様は王になり、何を望む? 富か? 名声か?』


『そんな俗物的な物はいりません』


『ほう? ならば何故、自ら王になろうとしている? 王は魔女のように自由も無ければ、勇者共のような気を許せる連中とは真逆の人間を常日頃から相手にせねばならんのだぞ? 時には、貴様の首を狙って来る不届き者もいるだろうな。そんな苦悩しかない道に進んでまで、貴様が得たい物とは何だ?』


 レオノーラからの問いかけに、シリア様は少し間をおいてから答えました。


『今の人間領では、女性の立場が無いんです。何をするにも必ず男性優位で、女性は物陰に隠れるように生きなければならない。それは外だけではなく、家でもそう。生活費を稼いでくる主人のために、自分の全てを捧げて尽くさなければならない。それが当たり前で、この国の常識とされています』


『くだらん民族思想だな』


『私もそう思います。だからこそ、女性として生まれたからと、人生の全てを諦めなくていい国を作りたいんです。女性だろうと男性だろうと、どちらも平等に扱い、お互いを尊重し合える常識を作りたい。そのために、私は王になりたいのです』


『それが例え、孤独や命の危機に晒され続けることになってもか?』


『はい。私は元より、全てを捨てた魔女ですから、今さら孤独なんて気になりません。あなたの言う、政治的な腹の探り合いや謀略にも負けない知識と胆力も備えているつもりです。それに』


『それに何だ?』


 シリア様は少し顔を背けると、ほんのりと頬を染め、恥ずかしそうに続けます。


『……私はもう、一人では無いので』


 その答えにレオノーラは面食らっていましたが、やがて決壊したように笑い始めました。


『クハッ! クッハハハハハハハハ!! 何だ貴様!? 急に恋する乙女のような顔を見せおって! よもや最強の魔女に男ができたとでも言いたいのか!?』


『い、言い方には気を付けてください!!』


『フッハ、フハハ!! そうかそうか! いや、何。どれだけ強さを極めた魔女であろうと、やはり人であることには変わりは無いのだなと思ってな。で? 相手は誰なのだ? やはりあの勇者か?』


『それ、は……』


『クッククク! もういい、皆まで言うな。貴様の反応を見れば十二分に分かると言うものだ』


 熟れたリンゴのように真っ赤になってしまったシリア様を、レオノーラは心底愉快そうに笑い続けます。

 しばらくして、レオノーラはニヤニヤとした笑みを崩さないまま、頬杖を突きながら言いました。


『貴様らが子を成したら、我から餞別でもくれてやろう。新生したばかりの王家の血を絶やさぬよう、せいぜい励めよ?』


『だ、だからあなたは言い方に気を付けてください!!』


『なんだ。あの勇者とまぐわうつもりはないのか?』


『まぐっ!? ~~~っ!!!』


 シリア様が杖を構え始め、それを笑いながらレオノーラも立ち上がります。

 ここからいつものようにケンカし始めるのですね、と苦笑しながら見ていると、一瞬二人の姿が大きくぶれました。

 それから数秒もしない内に、今度は少し成長したシリア様と、何も変わっていないレオノーラが同じ場所に現れました。


 シリア様の見た目から、恐らく四十代手前と言ったところでしょうか。

 すっかり母親の顔になっていたシリア様へ、レオノーラが口を開きます。


『久しぶりですわね、シリア』

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