723話 魔女様は日記を見つける
重たい大扉を押し開き、中へと足を踏み入れた私は、城内に広がっていた光景を見て声を失ってしまいました。
城内は酷い襲撃を受けたかのように荒れ果てていて、戦いの痕跡が至る所に深く残されていたのです。
私が知る限りでは、魔王城がこんなにも無残に荒らされていたことはありません。
つまりこれは、私が知らない過去の魔王城が再現されているのだと思います。
あちこちに散乱している瓦礫に足を取られないよう、慎重に歩を進めます。
静まり返っている魔王城に私の足音のみが響くこの空間は、最早廃墟を歩いていると言っても過言ではないような気がしてしまいます。
そんな荒れ果てた魔王城を探索していると、少し肌寒さを覚えてしまいました。
自身の二の腕を軽く擦ると、そこにはいつもあるはずのローブが無いことに気が付きました。
……そう言えば、あの鳥かごに囚われていた時、私を庇って燃え尽きてしまったのでしたか。
いくらソラリア様の加護があったとは言え、火傷一つ無かったのは、シリア様のローブのレプリカという高い魔法耐性があったからでしょう。
あれを作り直していただくことはできるのでしょうか。などと考えながら、肌寒さを補うために冬用のコートを取り出して羽織ります。
白を基調としたドレスコートはやや厚手であり、時期的にまだ早いものではありますが、どこかひんやりとした空気が流れているこの城内では丁度いいかもしれません。
などと考えながら探索を進めてみますが、城内には人気はまるでなく、給仕係の準備室や調理場、大食堂なども同様に荒らされていて、とても生活が行える環境では無いことしか分かりませんでした。
何故レオノーラは、こんな悲惨な状態の魔王城を選んだのでしょう。
レオノーラ自身、この状態の魔王城に思うところがあったのでしょうか。
謎が解消されないまま、先ほどまで私達がいた玉座の間の前に辿り着いた私は、その廊下から見える外の景色を見て声を上げてしまいました。
「街が……燃えている……!?」
この魔王城の外は、間違いなく真っ白な空間が広がるのみだったはずです。
それなのに、どうして窓の外から見える景色はシングレイ城下町が映し出されていて、その街並みは燃え盛っているのでしょう。
これではまるで、魔王城が何者かに攻め込まれ、大敗してしまったかのような――。
そう考えた途端、私は一つの仮説を導き出してしまいました。
もしかしてこの世界は、レオノーラがシリア様達に破れた直後の世界なのでは無いのでしょうか。
戦いの傷跡があちこちに残る魔王城。
崩壊した家屋に、黒々とした煙を上げながら燃え盛る街。
状況から読み取るのであれば、まさに戦争に決着が付いた直後のようにも思えます。
ともあれ、これは私が勝手に想像しているだけに過ぎません。
まずはレオノーラを探し出して、話を聞かなければいけません。
そう思い、玉座の間の扉に手を賭けた瞬間。
「きゃあ!?」
扉に触れた私の手を拒むように、黒炎が勢いよく燃えだしたのです!
寸でのところで引き戻せたから良かったものの、あのまま触れ続けていたら火傷なんて話では済まされなかったでしょう。
未だに燃え続けている扉越しに、中にいるかもしれないレオノーラへ声を掛けてみます。
「レオノーラ!! この中にいるのですか!? いたら返事をしてください!!」
私の呼びかけに、応じる声はありません。
この中にはいないのでしょうか……と、考え始めた私の耳に、どこからか疲れ切った女性の声が聞こえてきました。
『戦に破れ、死ぬことも許されず、王であり続けなければならない……。私は、いつ解放されるのでしょう……』
「レオノーラ!?」
今の声は、間違いなくレオノーラです。
彼女特有の覇気のある声色ではありませんでしたが、その声を聞き間違えるはずがありません。
「レオノーラ! どこにいるのですか!?」
周囲を見渡しても彼女の姿はありません。
どこか室内にいるのでしょうか? そう考え、私はさらに奥へと向かいます。
玉座の間の奥。彼女の寝室である部屋の扉を開けてみると、そこには私が探し求めていた人物の後ろ姿がありました。
「レオ……」
ですが、その姿は半透明になっていて、そこに実体はないように思えてしまいます。
そしてそのレオノーラの姿もまた、私には気が付かない様子で言葉を紡ぐだけでした。
「勇者とは言え、ただの人の子に負け、生き恥を晒し続けなければならないこの屈辱。それは一生消えることの無い、深い傷跡……」
下を俯き、自身の手を見下ろしながらそう呟いた彼女は、次第に姿をさらに薄くしていきます。
「待ってください! レオノーラ!!」
私の呼び止めも虚しく、彼女は完全に姿を消してしまいます。
しかし、消えたレオノーラの足元には、どこからか現れた一冊の本が置かれていました。
本を手に取り、軽くページを捲ってみると、それはレオノーラが書いたと思われる日記であることが分かりました。
『XX月XX日 今宵もまた、王の座を欲する雑魚が寝首を搔こうとやって来た。何度殺しても、この手の連中は学習しない。最後に安眠ができたのはいつだったかなど、もう覚えていない』
『XX月XX日 我の統治に不満のある者が、街中で騒ぎ立てていたため粛清した。我とて、好きで魔王になった訳では無いと言うのに……』
『XX月XX日 時折、あの日のことを思い出す。先代魔王が我の攻撃を避けなかったのは、わざとだったのではないかと。奴もまた、王に疲れ切っていたのではないかと。今なら、奴の心の内も分かる気がする』
『XX月XX日 勇者を名乗る人間共が、魔族領内に攻め込んできたと報せを聞いた。その中でも、【偉才の魔女】と呼ばれる魔女が一際強く、手が付けられないほどだとか何とか。我の渇きを満たせる者なのか、はたまた、我の命を刈り取ることができる者なのか。今から楽しみだ』
そこからしばらく、シリア様達勇者一行の同行について書き綴られていたり、【始原の魔女】との戦いはまぁまぁ楽しかったなどとの日記が綴られていましたが、やがて私は、ページをめくる手を止めてしまいます。
そこには、こう書かれていたからでした。
『我は、いつになれば死ねるのか』と。




