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722話 魔女様は侵入する

 しばらく休ませてもらってから、私は改めてレオノーラの隣に膝を突きます。

 規則正しい呼吸を静かに繰り返している様子だけを見ると、ただ眠っているようにしか見えません。


『では、始めるぞ。準備は良いなシルヴィ?』


「……はい」


 私に頷き返したシリア様は、床をポンポンと前脚で叩きます。

 それに合わせて、レオノーラを中心とした赤色の魔法陣が展開されました。


『妾の魔法で、お主の魔法を安定化させてやる。以前に大神様に言われた手順で、レオノーラを思い描きながら紡いでみよ』


 シリア様に頷き、私は意識を集中させるために瞳を閉じました。

 全神経を研ぎ澄ませながら、シリア様を助けに過去への扉を開いた時を強く想起します。

 すると、私の中でいつもとは違う感覚の魔力が練り上がっていくのが分かりました。

 私の魔力ではありますが、私のものでは無いようにも感じる不思議な力。やや冷たく、空虚さを感じるその力を膨らませながら、続けてレオノーラのことを頭に思い浮かべます。


『ふむ、頃合いじゃな』


 シリア様の言葉に目を開けると同時に、私の口から詠唱が発せられ始めました。


「我は求める。彼女()の物の心の在処を」


「我は祈る。彼女の者の平穏を」


「我は謳う。彼女の者を救済せし調べを」


「故に、我はここに紡ぐ――導きなさい(フュールネイト)心を囚わ(カルディア・)れし檻の中へ(ヒュラケスフラ)


 私の詠唱完了に呼応して、私を中心に真っ白な世界が広がっていきます。

 それはやはり私のみが入ることのできる空間であるようで、間近にいたはずの皆さんの姿はおろか、レオノーラすら見つけることができませんでした。


 とりあえずは成功でしょうか。そう思い、少し肩の力を抜いた私の耳に、どこからかシリア様の声が聞こえてきます。


『シルヴィよ、聞こえておるか?』


「はい、聞こえています」


『うむ。こちらでもお主が姿を消し、心象世界へ移動したことを確認しておる。して、近くに扉のようなものは無いか? 妾の時は、赤い扉があったのじゃろう?』


 シリア様の言葉を受け、周囲を見渡してみるも、辺り一面は真っ白で何もない空間であるため、それらしいものは見つけられません。


「見る限りでは無さそうに見え――きゃあ!?」


『どうした!?』


「じ、地面が揺れ始めて!!」


 突如として、立っていられないほどの地震に襲われ、私はその場に座り込んでしまいました。

 それに合わせて地響きのような音が至近距離で聞こえ始め、蹲るように耳を塞ぎます。


 途中、シリア様が何かを叫んでいたようにも感じられましたが、それがはっきりと聞こえるようになったのは、揺れと地響きが完全に治まってからでした。


『シルヴィ! 返事をせんかシルヴィ!!』


「すみませんシリア様! 立っていられないほどの揺れだったのと、あまりにも地響きが凄くて聞き取れませんでした!」


『無事じゃったか……。とにかく、状況を報告せよ。何か風景が変わったり、先ほどまでとは異なる物は無いか?』


 ゆっくりと立ち上がり、それらしいものを探そうとした瞬間、私はそれを見つけてしまいました。

 私の背後にそびえ立つ、魔王城そのものを。


「し、シリア様。魔王城が出てきました……」


『魔王城じゃと? ……いや、そうか。あ奴の心象世界ともなれば、あ奴が最も馴染みのある環境が再現されてもおかしくはない』


『じゃあシルヴィちゃん、早速だけど魔王城にレオノーラちゃんがいないか探してもらえないかしら?』


「分かりました」


『警戒は怠るでないぞ。心象世界とは、その者の心の内側を現す物。その在り方次第では、お主を阻む牙となり爪となりうるからな』


 シリア様の仰ることは一理あります。

 レオノーラは今、自分の意思で目覚めたくないと考えているのですから、ここでの私は紛れもなく敵対者であり、侵入者であると捉えられていてもおかしくありません。


 何があっても対応できるように、杖を構えておいて損はないはずです。


「ありがとうございます、シリア様」


『うむ』


『本当に危なくなったら、あの~なんだったかしら? 何とか! って唱えれば強制的に帰ってこられるからね!』


 何とか?

 あまりにも曖昧過ぎる情報に首を傾げていると、遠くからフローリア様の小さな悲鳴が聞こえました。

 今の悲鳴からして、恐らくシリア様に怒られたのでしょう……。


『妾も大神様から聞いた限りでしか分からぬが、強制的にその世界を閉じる時は、“閉じよ(エデュオ)”と唱えれば戻れるはずじゃ』


「分かりました。最終手段として覚えておきます」


『うむ。……恐らくじゃが、城内に入れば妾達とは連絡が行えなくなる。十分に気を付けるのじゃぞ』


「はい。では、行ってきます」


『気を付けてねシルヴィちゃん! 行ってらっしゃ~い!』


 私はそびえ立つ魔王城の正門に手をかけ、ゆっくりと押し開きました。

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