721話 魔王様は目覚めない
次に目が覚めた時。
私は変わらず、玉座の間の床に仰向けで横たわっていることが分かりました。
唯一異なる点と言えば、天井ではなくティファニーが私の顔を覗き込んできていることでしょうか。
「う……ん…………」
「あ! お母様!! 皆様! お母様が目を覚ましました!!」
ティファニーの嬉しそうな声を聞きつけ、真っ先に駆けつけてきたのはエミリでした。
エミリは私の体に抱き着くと、心配で染め上げた表情をこちらに向けてきます。
「お姉ちゃん大丈夫!? 痛いとこはない!?」
「大丈夫、だと思います……あれ?」
抱き着いているエミリへ視線を向けてみると、私の服がボロボロになっていたことに気が付きました。
ローブはほぼ形を残しておらず、隣に置かれていた帽子も焼け焦げていていたのですが、私自身に外傷が無いことに違和感を覚えるほどです。
「お母様に治癒魔法を使わせていただいたのですが、ティファニーの魔法では上手く回復できず……」
「そうなのですか? てっきり、ティファニーかシリア様が治してくださったものかと思っていたのですが」
「シリアちゃんは、ずっと魔王様のとこだよ」
エミリが指で示す先には、倒れているレオノーラの上にシリア様が。その隣にはフローリア様とレナさんが見守るように並んでいました。
身を起こそうと頭を持ち上げると、どこからか飛んできたメイナードが、私の頭を押さえつけるように止まりました。
「メイナード、重いです」
『シリア様より、まだ休んでいろとの仰せだ』
「ですが」
私の額の上から動こうとしないメイナードに抗議しようとしますが、軽く爪を立てられ、無理やり押し戻されてしまいます。
『主はソラリア様の加護があったから、燃え尽きずに済んでいたのだ。外傷的なダメージこそ無いが、体に掛かっていた負担は計り知れるものでは無い』
「そうだよお姉ちゃん! あんなに燃えてたんだからちゃんと休んでて!!」
「お母様、本当に生きててくださって良かったです……!!」
次第にエミリとティファニーが泣き出してしまいます。
レオノーラのことも心配ですが、彼女を想う私と同様に、私のことを想ってくれていた二人の気持ちを無下にする訳にもいきません。
「……分かりました。では、もう少しだけこのまま休ませてください」
顔に垂れてくるティファニーの涙を拭いながら、私は全身の力を抜いて回復に努めることにしました。
それからしばらくすると、レオノーラの観察を終えたらしいシリア様達がこちらに近寄ってくる気配がありました。
『起きたか』
「はい。ご心配をおかけしました」
『構わぬ。むしろ、魔王を相手によくぞあそこまで持ちこたえたと褒めるべきじゃ。良くやったのぅ』
最終的にはシリア様達が間に合わなかったら負けていたという事実はさておき、シリア様に褒めていただけたことに笑みがこぼれます。
そんな私の頬を、屈みこんだフローリア様がつつきながら付け足します。
「シリアだって五人がかりじゃないと勝てなかったのに、メイナードくんとだけであそこまで戦えちゃったシルヴィちゃんは凄いわ~! 師匠越えした気持ちはどう?」
「やめてくださいフローリア様。それに、仮に私も同じように五人がかりだったとしても、私では勝利に導ける自信はありません。事実、シリア様が解いてみせたあの鳥かごから逃れることができませんでしたし」
『あんなものは直感と知識でいくらでも補える。さらに言えば、当時の妾とお主では五年以上の差があるのじゃ、気に病むでない』
「シルヴィは何でも自己評価低すぎなのよ。ソラリアの加護があったとは言え、魔族最強の存在である魔王を相手に死ななかったってだけで十分すぎると思うわ」
「うんうん♪ レナちゃんの言う通り、もっと自分を褒めてあげること! っと、いけないいけない。褒めることも大事なんだけど、シルヴィちゃんにはお願いしたいことがあるのよ」
「私に、ですか?」
もしかして、レオノーラの治療でしょうか。
そう考えながら身を起こすと、フローリア様は少し真剣な表情で私へ言いました。
「シルヴィちゃん。ちょっとレオノーラちゃんの心の中に入ってきてくれないかしら?」
「心の中……?」
首を傾げてしまう私へ、シリア様が続けます。
『うむ。お主が持つ“心象世界の創造魔法”を用いて、レオノーラを呼び戻してもらいたいのじゃ。どうにもレオノーラの奴、目を覚ましたくないようでの』
「目を覚ましたくないとは、どういうことなのでしょうか」
「あたしも詳しくは分からないんだけど、結構人間的にある話らしいのよ。何らかの事故に巻き込まれた人が、そのトラウマとかで現実に戻りたくなくて、意識を取り戻せないって話。レオノーラもそんな感じみたい」
あのレオノーラが現実から目を背けて、自分の世界に引きこもりたくなるなんてことはあるのでしょうか。
普段から自信に満ち溢れていて、魔族を率いる王として堂々としている彼女からは到底考えられません。
『妾達も原因までは分からぬ。故に、自身の心象世界を作り出せるお主なら、他者の心象世界にも介入できるじゃろうと思うてな』
「細かい調整は私とシリアでやるから、シルヴィちゃんはレオノーラちゃんを探して、話を聞いてあげて欲しいの」
『かなり難題を押し付けておるのは理解しておる。じゃが、お主でなければできぬのじゃ。頼まれてくれぬか、シルヴィ』
シリア様達の言葉を聞きながら、離れたところで横たわったまま、身動き一つ取らないレオノーラを見つめます。
それと同時に、これまでのレオノーラとの記憶がいくつも浮かび上がってきました。
『お友達になることで許していただけるのであれば、私は喜んでお友達になりましょう』
『シルヴィ。私は貴女という優しい魂を持つ魔女に出会えて、本当に幸運ですわ』
『何故そこで意固地になるのです!? 冷静に考えてくださいませ! シリアを助けられるのは貴女だけだというのに、その貴女が途中で倒れたら、誰もシリアを助けられなくなりますのよ?』
『感謝いたしますわ、シルヴィ。こんな私を――いえ、魔族を大切に思ってくださって……』
思い返せば、レオノーラは気高く気丈に振る舞いながらも、その内面では色々と抱え込んでいた気がします。
もしかすると、今回の一件を受けて今までの悩みと合わさり、一人では立ち直れなくなってしまっているのかもしれません。
私は瞳を閉じ、小さく深呼吸をしてから、まっすぐにシリア様達を見据えて答えます。
「やります。レオノーラは私の大切な友人ですから」




