720話 魔女様は危機一髪
こうしてメイナードの本気を見るのは、もしかしたら初めてかもしれません。
そう思えるほどに、彼の攻撃は強烈かつ、目にも止まらぬ速さを持っていました。
私の猫騎士達でも敵わなかった漆黒の騎士達を翻弄するかのように飛び回ったかと思うと、その翼で起こした竜巻でひとまとめにしたところを濃紺の炎が燃やし尽くし、あっという間にニ対一の状況を作り出してしまったのです。
「メイナードは凄いですね……」
『この程度造作も無い。むしろ、主が苦戦していたことに疑問を覚えるほどだ』
「恐らくは、猫達との対格差で敗れてしまったのだと」
『それは違うな』
私の推測に対し、メイナードは言葉を遮るように否定してきました。
彼は私に視線を向けることなく、まっすぐに魔王レオノーラを見据えながら続けます。
『主の魔法の弱点は、心の揺らぎだ。魔王様と戦いたくない、その思いがあのゴーレム共を大幅に弱体化させていたはずだ』
「そ、そんなことは」
『本当に無いと言い切れるのか?』
即座に切り返され、私は言葉を詰まらせてしまいます。
『技練祭の件やフェティルアの件、ハールマナの件。さらに言えば、魔王様奪還の時や神住島とやらの件もそうだろう。主の魔法の効力が最大化した時のことを、よく考えてみることだな』
メイナードはそう言い残すと、翼をはためかせて飛び上がり、単身で魔王レオノーラへと攻撃を仕掛け始めました。
即座に始まる交戦を見守りながら、私は今言われた言葉の意味を考えます。
私の魔法の効力が最大化するタイミング。それは恐らく、何らかの強い覚悟が決まっていた時だったと思います。
絶対に負けられない。絶対に退いてはいけない。絶対に失敗できない。その追い詰められた状況下で、あれだけの力を発揮することができていました。
では、今は?
そう考えた瞬間、私はダンジョンでアーノルドさん達と敵対せざるを得なくなってしまった時のことを思い出しました。
あの時も、今のように“戦いたくない”という気持ちが前面に出ていた気がします。その結果、猫騎士達もどこか弱っていた状態で召喚されていたはずです。
もしかすると、あの召喚魔法は私自身の想いの強さによって、その強さが大きく変動してしまうのでしょうか。
そしてそれをメイナードが見抜いていたのは、彼自身もまた、私が使役する召喚獣の一種であるからでは無いのでしょうか。
一通り考えがまとまり、私が考える時間を稼ごうと戦ってくれているメイナードへ視線を向けなおします。
本当にあなたという方は、私以上に私の力の使い方を分かっているのですね。
私も、もっと自分自身の力の使い方を理解できるようにならなくてはいけません。
空を舞うメイナードを、いくつもの流星のような闇の炎が追いまわしていたところへ、私はディヴァイン・シールドを展開して割り込みます。
かなりの威力を持つ全弾が盾にぶつかりますが、その衝撃が私にフィードバックされることはありませんでした。
「ありがとうございました、メイナード。おかげで考えがまとまりました」
『……そうか。ならば、あとは止めるだけだ』
「はい。私達でレオノーラを取り戻しましょう!」
メイナードに支援魔法を掛け、再び突撃していく彼の後方で、戦況を見極めながら支援に徹します。
燐光で視界を奪いつつ、彼自身の速さで対応を鈍らせる作戦に出たメイナードに対し、魔王レオノーラは追尾性のある黒炎弾を放ちました。
それに対し、私が全て防いでメイナードの優位を保ち続けていると、やがて苛立ちを募らせていた魔王レオノーラが怒りの声を上げながら私へ魔法を放ってきました。
「鬱陶しいぞ人間!! やはり、まずは貴様からだ!!」
黒炎弾か、影の槍か。
そのどちらでも対応できるようにと、正面に盾を構えましたが、その判断は間違っていたと気が付くのに数秒もかかりませんでした。
足元に出現した魔法陣から勢いよく飛び出してきた格子は、私を閉じ込めるような鳥籠の形となり、私の身動きを封じ込めてきたのです!
「これは、まさか!?」
「ほーぅ? この魔法を知っているのか。ならば、この後どうなるかも容易に想像できようなぁ!?」
記憶違いでなければ、かつてシリア様達が戦っていた際に、クミンさんを捕えて身を焼いた鳥かごのはずです。
鳥かごから出ようと格子に手を賭けた瞬間、私が触れた部分から黒炎が燃え上がり、自力での脱出を阻んできました。
「熱っ!」
『主!!』
「いけませんメイナード!! この鳥かごを攻撃すると――」
私が言葉を言い終えるよりも早く、メイナードの翼が放った衝撃波が鳥かごに当たります。
それと同時に、私を焼き尽くさんとばかりに鳥かごの中が炎上し始めました!
「あっ……ああああああああっ!!!」
「クッハハハハハハハハ!! 滑稽、滑稽よのぅ!! 己が従魔の愚かさに悔やみ、燃え尽きるがいい!!」
『くっ……!!』
炎に身を焼かれ始めた私を助けようとメイナードが檻を攻撃してくれていますが、この魔法はそれが逆効果になってしまうのです。
それを伝えたくても、あまりの熱さに声が上手く出せず、出せたとしても身を焼かれる痛みで叫ぶことしかできません。
やがてメイナード自身も異常に気が付いたらしく、攻撃の対象を檻から魔王レオノーラへ切り替えて速攻を仕掛けました。
しかし、焦りから生じた行動は容易く読まれてしまい、メイナードは首を片手で掴まれ、身動きができないまま持ち上げられてしまいます。
『ぐっ……おぉ……っ!!』
「クク、鳥風情にしては悪くない動きであった。褒美に、一撃で仕留めてやろう」
床に倒れながらも、私を焼き焦がす黒炎の隙間から、魔王レオノーラがメイナードの胸に手を当てて魔力を集中させているのが見えます。
止めてください! それだけは、それだけは……!!
彼に向けて魔法を使おうにも、檻の効果で魔法が発動できず、掠れた声でメイナードの名を叫ぶことしかできません。
誰か……! シリア様、レナさん! メイナードを助けてください……!!
ここからでは何もできないと分かっていながらも、燃え上がる腕を伸ばし、メイナードへと伸ばします。
すると、突然魔王レオノーラがメイナードから手を離すと、両手で頭を抱えながら苦しみ始めました。
「あっ、ぐ、ああああああああああああああああああっ!! 頭が、割れる……!!!」
一体何が……と、霞み始めている視界でその様子を見ていると、今度は勢いよく玉座の間の扉が開かれた音がしました。
「シルヴィ!! 無事!?」
「きゃあああああああ!? シルヴィちゃんが燃えてる!!」
『間一髪じゃったか……! 妾に任せよ!!』
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」
「お母様! 死なないでください!!」
シリア、様……? 良かった、間に合ったのですね。
駆け寄って来てくださる見慣れた白猫の姿に安堵した私は、遂に力尽きてしまうのでした。




