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719話 魔女様は追い込まれる

 漆黒の騎士達と猫騎士達の激しい攻防が繰り返される傍らで、その主である私達もそれに劣らぬ戦いを繰り広げていました。

 槍による近接戦闘に加え、黒炎弾による牽制と追撃。さらには、投擲された武器と場所を入れ替わり奇襲を仕掛けてくる魔王レオノーラに、私は印をほとんど刻む余裕すらなく防戦一方を強いられています。


「我の攻撃についてこれるだけではなく、その全てに対応してみせるか。クク、面白い人間ではあるが攻勢に欠けるな」


 彼女はそう私を評価すると、槍を地面に突き立て、体全身を使った回転蹴りを放ってきました。

 その威力は非常に重く、盾で防いでも僅かに後退させられてしまうほどです。


「いくらでも防ぐがいい。だが、それは貴様自身を追い詰めることになるがな!」


「うっ……!!」


 蹴り、槍、魔法と様々な攻撃手段を絡めてくる魔王レオノーラの言う通り、魔力よりも私自身の体力が先に尽きそうです。

 元々レナさんのように運動が得意では無かった体を、身体強化で無理やり補強して対応させ続けていた反動が、じわじわと私を蝕み始めています。


 徐々に息が上がってきているのを感じながら、シリア様達の帰りはまだでしょうかと焦ってしまいます。

 恐らく三十分は経過している気がするのですが……と、体に蓄積されてきている疲労から計算していると、急に私の足が地面に縫い付けられてしまったかのように持ち上げることができなくなりました。


 そちらへ視線を向けると、エルフォニアさんが使用してきた影縫いの魔法を仕込まれてしまっていた模様です。


「これで終いだ、若き名も知れぬ魔女よ!!」


 魔王レオノーラは一際強い魔力で槍を作り出すと、嬉々とした表情で私へ投擲してきました。

 それと同時に、猫騎士達をすり抜けて来た漆黒の騎士が、こちらに向けて剣を振るおうとしています。


 印は刻めていないため、略式転移は使えません。

 盾で防げるのもどちらか一方のみ。

 猫達も慌てて駆け付けてきてくれていますが、到底間に合うものではありません。


 かくなる上は……! と覚悟を決め、前方から飛来する槍に対してディヴァイン・シールドを展開します。

 鈍い金属の激突音が鳴り響くと同時に、横から攻めてきていた漆黒の騎士の大剣が私を襲い、ソラリア様の加護によってお互いが激しく吹き飛ばされました。


「かっ……はっ!!」


「むっ!?」


 支柱に勢いよく激突させられた私は、そのまま重力に引かれて冷たい床の上に落下します。

 全身が激しく痛みますが、斬られたのは私のローブだけで済んでいたようです。

 かなり卑怯な緊急手段だとは思いますが、私に寿命以外の不死の加護を賭けてくださったソラリア様に、今は感謝するべきでしょう。


 それでも痛いことには変わらず、左腕を始めとした全身に治癒魔法を施しながら、ふらふらと立ち上がった私へ、魔王レオノーラは訝しむように言いました。


「今の一撃は不可避であったはずだ……。さては貴様、神の加護を受けているな?」


「どう、でしょうね……。運良く、魔法が間に合っただけかもしれません……」


「答える気が無いのであれば構わぬ。殺して確認するまでだからな」


 魔王レオノーラがそう言いながら槍を構えなおした瞬間、少し離れたところで戦っていた猫達から断末魔が聞こえてきました。

 そちらを見ると、たった今、漆黒の騎士の一太刀によって最後まで戦っていた大剣の猫が撃破されてしまったようで、残された三体の漆黒の騎士がこちらに向けて剣を構えているではありませんか。


 四対一。あまりにも分が悪すぎる状況です。

 じりじりと迫ってくる彼らに、一歩、また一歩と後退させられていると、背中が壁にぶつかった感触がありました。

 ほぼ詰みに近い状況に、何か打開策が無いかと必死に頭を回していると、私の指にはめられているメイナードの指輪が一瞬煌めいた気がしました。


 ……今は緊急事態ですし、無理やり呼び出してもきっと怒らずに対応してくれるはずです!


「チェックメイトだ、愚かな人間よ。我が城を土足で踏み荒らしたその罪、死を以て贖え!!」


 魔王レオノーラの声に応じ、漆黒の騎士たちが剣を振りかざしてこちらへ斬りかかってきます。

 私は魔力を練り上げながら、彼を呼び出すための魔法陣を展開し、頼れる私の翼の名を呼びます。


「出でよ、我が障害を振り払う大いなる翼――メイナード!!」


 私の召喚に応じ、魔法陣の中から淡い濃紺の燐光を立ち昇らせながら、勢いよくメイナードが飛び出してきました。

 彼はそのまま翼を大きく撃ち、漆黒の騎士達を吹き飛ばしてくれます。


「ほぅ、カースド・イーグルを使役していたか」


「ありがとうございます、メイナード」


 私の隣に降り立つメイナードにお礼を述べると、彼はこちらに視線も合わさずに鼻を鳴らしました。


『主よ、これはどういう状況だ。端的に答えろ』


「レオノーラが魔術師によって記憶を消され、かつての魔王時代まで記憶を失っている……と言えば伝わりますか?」


『意味が分からんな』


 もっともな反応に、思わず苦笑してしまいます。

 ですがメイナードは、今の説明でおおむね理解してくれたようでした。


『要は魔王様が、主を敵と認識して攻撃してきているのだろう? ならば、無力化させることができれば解決すると言う事でいいな?』


「はい、その通りです。無力化できた後は、シリア様達が何とかしてくださいます」


『ふん。それならば話は早い』


 メイナードはそう言うと、体に纏っていた燐光を一層強めながら、鋭い眼光を魔王レオノーラへ向けました。


『かつてのじゃれ合いでの雪辱、ここで返させていただきます』


「我は鳥風情と慣れあう趣味は無いが……貴様のその風貌、強者の物と見える。いいだろう、纏めてかかってくるがいい」


『行くぞ主。我が魔王様の注意を惹く間に、主は捕える準備と我の援護を頼む』


「分かりました」


 私の返事に軽く頷いたメイナードは、ばさりと宙へ舞い上がると、凄まじい速度で魔王レオノーラの方へと突撃していきました。

 私も彼に置いていかれないよう、もうひと踏ん張りしなくては……!!

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