709話 魔女様は反撃に出る
正面からの斬りかかりと見せかけて、寸前で姿を消し、死角からの攻撃を仕掛けてくるエルフォニアさん。
その攻撃をディヴァイン・シールドで防ぎ、その場に印を刻みながら立ち位置を変えるために逃げる私。
時には転移も織り交ぜたり、拘束を仕掛けたりと、目まぐるしく攻守が入れ替わり続けます。
僅かでも判断が遅れたり、対処を誤れば致命的になりかねない攻撃の数々ですし、とてつもない集中力を求められ続けていますが、不思議とそれを楽しめている自分がいました。
「ふふ。随分と嬉しそうね、シルヴィ」
「はい。あの頃に比べて、私も魔女として成長できていたのだと実感を得られていますから」
「そうね。あの時はレナがいたとは言え、あなたはサポート以外何もできなかったものね」
「ソラリア様の【制約】がある以上、サポートがメインとはなりますが!」
エルフォニアさんの大ぶりな一撃を転移で躱して距離を取り、杖を地面に突いて召喚陣を展開します。
「今では反撃の手段も手に入れましたから! 出でよ、勇猛なる猫騎士!!」
「「ニャーッ!!」」
今日も元気な鳴き声と共に、頼れる猫の騎士団が姿を現しました。
エルフォニアさんはクスクスと笑いながら、周囲に出現させた剣で猫達を狙い始めます。
「その猫、愛らしいけれどかなり厄介なのよね。邪魔よ」
「全てを盾で防ぐのは困難です! 可能な限り避けてください!!」
「ニャ!!」
私の指示に合わせ、猫達が行動を開始します。
避けられない攻撃は大盾を構えた猫が防ぎ、迎撃できるものは弓を構えた猫と杖を構えたが撃ち落としていきます。
そして剣を構えている猫は、エルフォニアさんへと突撃していきました。
「小柄で俊敏。それでいて高火力。本当に面倒な切り札を手に入れたわね」
「褒め言葉として受け取ります」
「えぇ、褒めているわ。光と土の複合魔法だなんて、流石はシリア様の先祖返りとしか言いようがないもの」
今は猫側が押しているようにも見えますが、エルフォニアさんはそこまで苦しそうな顔はしていません。むしろ、猫の攻撃力を確かめているようにも見えます。
このまま捌かれ続け、弱点を見つけられては容易く対処されてしまいそうです。攻めれる時は、一気に攻めるべきだとシリア様も仰っていましたし、ここは私が援護して――。
そう思った次の瞬間。
「おいおいおいおい、おぉい!! オレ様を忘れてもらっちゃ困るぜぇ!?」
「やはり出てきましたか!!」
左方へ展開したディヴァイン・シールドに、これまでのどの攻撃よりも強い一撃が叩き込まれました。
この嫌な感じの魔力。そして、魔法とは明確に違う力の感覚。間違いありません、悪魔のアザゼルさんです。
白い短髪の下で凶悪な笑みを浮かべている彼は、嬉々として盾を殴りつけながら問いかけてきます。
「ったりめーだろ!? オレ様だけ仲間外れとか、カワイソウだと思わねぇか!?」
「申し訳ありませんが、思いません!!」
「ギャハハ!! 冷てぇな、オイ!!」
凄まじく重い蹴りを受け止めた私へ、猫と応戦中のエルフォニアさんが言葉を向けてきます。
「そちらが召喚術を使うなら、同じ手を使わせてもらうわ」
「オイ、エルちゃんよぉ!! オレ様を召喚獣扱いとは随分じゃねぇか!?」
「あら、違ったかしら」
「クッソ、顔がいいからって調子に乗りやがって! 大悪魔であるオレ様を使役させてもらってるってことに、もっと感謝してもらいてぇぜ!!」
「あなたこそ、魔力の供給を受けているのだから私に感謝するべきではないかしら」
「ホンットに減らず口の多い女だ!! だが、そこがまたいいんだよなぁ!!」
アザゼルさんの猛攻を防ぎながらも、隙を見て印を刻み続けます。
彼の一撃は重いことは重いのですが、黒い桜を舞わせている時のレナさんと同等か、それより少し上と言ったところでしょうか。
レナさんがおかしいのか、アザゼルさんが手加減してくださっているのかは分かりませんが、どちらにせよ、今の内に仕込みを終えてアザゼルさんを捕えてしまいましょう。
「チッ!! やっぱ神力相手だと相性悪ぃな! 全ッ然攻撃が通ってる気がしねぇ!!」
「あら、悪名名高い大悪魔のアザゼル様は、魔女になってたかだか一年半の女の子にも負けるのね」
「あぁん!?」
エルフォニアさんの挑発を受け、アザゼルさんが怒りを込めた拳を叩きつけてきました。
「オレ様がこんな弱々しいボインちゃんに負ける訳ねーだろうが!! 冗談は寝相だけにしてくれ――うおっ!?」
「黙りなさい」
エルフォニアさんから凄まじい殺気と共に、アザゼルさんを目掛けて影の剣が飛来しました。
それを握りつぶしたアザゼルさんは大きく舌打ちすると、翼を広げて上空へと飛び上がり、天に手をかざしながら魔力を爆発的に上昇させ始めました。
「いいぜ、なら一撃で終わらせてやんよ!! 覚悟しなボインの嬢ちゃん!!」
先ほどから気になっていたのですが、まさかその呼称が私を指しているのでしょうか。
やや不快感を覚えながらも、彼の全力の一撃にカウンターを決められるように集中し直します。
やがて、アザゼルさんの準備が整ったらしく、彼は楽しそうに私へ吠えました。
「神サンすら消し飛ばすオレ様の一撃、防げるモンなら防いでみやがれ!! ケイオス・ストライクッ!!」
それはさながら、シリア様の“全てを無に帰す洛星”を闇に転じたかのような、禍々しく真っ黒な太陽にも見えました。
あれが襲い掛かってきたら、もれなく周囲は吹き飛ばされ、大規模なクレーターが生じてしまいます。このネイヴァール領はミーシアさんが大切にしている領地ですし、それは絶対に防がなければなりません。
「今です! 発動せよ、万象を捕らえる戒めの槍ッ!!!」
神力も混ぜ合わせて発動された光の槍が、赤い光の渦を上らせながらアザゼルさんの周囲に出現します。
そこから伸びた鎖が彼の四肢を捉え、発動された魔法をも無効化させました。
「捕えました!!」
「ハッ、甘ぇんだよ!!」
四肢を捕えられたアザゼルさんは、その鎖を力づくで引き千切ろうと暴れ始めます。
物凄い抵抗力ですが、神住島の時に比べれば大したことはありません!
「あぐ!! この、クソ!! おああああああああああっ!!!」
「やああああああああああっ!!」
彼の咆哮に合わせ、私自身も魔力を上乗せしながら声を張り上げます。
それに応じて拘束力はグンと強まっていき、やがてアザゼルさんは身動き一つ取れなくなりました。
「はっ、はっ……。んだよボインの嬢ちゃん、とんでもねぇ奥の手隠してやがったな」
「私は、シルヴィです。その呼び方は、やめてください」
「わーったよ、クソ。完敗だ完敗、オレ様も落ちぶれたもんだぜ……」
疲れたように笑うアザゼルさんが完全に動けないことを改めて確認し、すぐさまエルフォニアさんの方へと向かいます。
私の猫達が動きを止めていることから、既に戦闘は終わっているような気はしていますが、その割にはエルフォニアさんがこちらに向かってくることも無かったので、ずっと気になっていましたのですが――。
「な、なるほど……」
駆け付けた場所では、仰向けに倒れた上で猫に体を押さえつけられているエルフォニアさんと。
「エルちゃん!! さっきの黒いの何なの!? 街の人が魔術師が襲って来たんじゃないかって大パニックなんだけど!!」
「気にしないように言っておいてもらえないかしら」
「気にするに決まってるでしょ!? あ、シルヴィさんもこっち来て! 二人で何してたのか、ちゃんと説明してもらいますからね!!」
「は、はい……」
流石に近くで暴れすぎてしまったためか、ひどくご立腹のミーシアさんがいらっしゃるのでした。




