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708話 暗影の魔女は試したい

 ミーシアさんから新鮮なお肉を始めとした畜産物をたくさん分けていただき、帰路に着いていた私達でしたが、転移像付近に到着した頃、エルフォニアさんから声を掛けられました。


「シルヴィ、帰る前に少しいいかしら」


「え? はい、何でしょう――」


 その声に振り返ろうとした瞬間、背後からとてつもない殺気を感じてしまい、咄嗟に防護結界を展開します。

 それと同時に、突然斬りかかって来ていたエルフォニアさんの影の剣が結界で防がれ、甲高い音が響き渡りました。


「ど、どうしていきなりこんなことを!?」


「少し試したくなったのよ」


「意味が分かりません!!」


 そのまま連撃を入れてくる彼女を見る限り、攻撃を止める様子は無さそうです。

 あまりにも唐突過ぎますが、ここは応戦するべきなのでしょう。


 やや強めに剣を弾き、距離を取った私は杖を取り出しながら言います。


「組み手が必要ならお相手しますが、そう言うのは事前に言っていただかないと心臓に良くありません!」


「ふふ。たまには緊張感も必要でしょう? それに」


 彼女は剣を片手で弄びながら言葉を切ると、体の輪郭を揺らめかせて影へと溶けていきます。

 あの動きは、影の中に潜んで奇襲を仕掛けてくる構えです。人気のないこの雑木林の中では、どこから仕掛けてくるか分かりません。


 僅かな魔力の動きでも捉えられるように精神を研ぎ澄ませていると、背後から魔法が放たれる気配を感じ取りました。

 後ろを振り向きながらディヴァイン・シールドを展開します。しかし、私の視界に入って来たそれは、技練祭の時に私を襲っていたあの巨大な大剣ではありませんか!


「最初からこんな……!! くぅ!!」


 まさかいきなり奥の手を出されるとは思っていなかったため、僅かな油断が衝撃となって私を襲います。

 ですが、私だってあの頃とは違うのです。この程度なら余裕で防いで見せ――。


 いえ、違います。これは囮です!!


 慌てて大剣を弾き飛ばし、薄っすらと感じた殺気から逃れるべく右に跳びます。

 すると、私が数瞬前まで立っていた場所に、細い影の直剣が降り注いできました。

 視線を上へと向けると、そこには次の剣を放つ構えを取っているエルフォニアさんがいました。


「師匠の世話がてら、鍛錬を積んだ成果を確認したかったのよ」


「私ではなく、他の方でも良かったのでは?」


「あなた以外だと、さっきので終わっちゃうもの」


「それは褒めていただけている、と受け取っていいのでしょうか」


「もちろんよ。だから、疲れるまで付き合ってもらうわよ」


 彼女はそう言うと、私に手をかざして無数の剣を飛ばしてきました。

 これは防ぐより、走って躱した方がいいでしょう。そう判断して右回りに大きく走りながら避けていると、私の耳元でエルフォニアさんの声が囁いて来ます。


「ダメじゃない、ちゃんと防いでくれないと」


「……っ!?」


 攻撃が来る。そう判断して囁かれた方へディヴァイン・シールドを展開するも、既に彼女の姿はありませんでした。

 時刻は間もなく夜の六時を迎えると言う事もあり、既に雑木林の中はうっすらと夜に包まれ始めています。影に潜み、致命的な一撃を狙ってくるエルフォニアさんにとっては、この上ない絶好の環境です。


 エルフォニアさんが何を仕掛けてくるか分からない以上、保険を掛けておくことに越したことは無いでしょう。

 そう考え、反撃用の“万象を捕らえ(アーレスト・)る戒めの槍(ジ・オール)”の仕込みとして印を刻むと、私が何かを仕掛けようとしていると判断したらしいエルフォニアさんからの動きがありました。

 私を狙って、どこからか飛来してきた剣を後ろ跳びで避け、そのまま少し移動して二つ目の印を刻みます。


 このまま避けていると見せかけて、仕込みさえ完成すれば……と考えながら移動しようとするも、私の足が何かに捕まれていることに気が付きました。

 そちらへ視線を向けると、私の影から小さな手が膝付近まで絡みついているではありませんか!


「罠を使えるのはあなただけでは無いのよ」


 背後から聞こえる冷たい声に、見えないながらも防護結界を展開して攻撃を防ぎます。

 しかし、エルフォニアさん本体の攻撃すら囮であったらしく、上空に感じた魔力の気配へと顔を向けると、周囲には先ほど降り注いでいた剣が浮かび上がっていて、その切っ先は私へ向けられていました。


 チェックメイト。そんな言葉が、私の脳裏に浮かび上がりそうになります。


「終わりよ。まだ試したいことはあったのだけれど、またの機会にするわ」


 エルフォニアさんからも強い魔力の反応を感じます。

 この肌がヒリヒリとするほど強い殺意。間違いなく、あの巨大な影の大剣でしょう。


 こればかりはどうしようもありません。


「はぁっ!!」


 背後から襲い来る凶刃。

 四方八方から降り注ぐ剣の雨。

 それらが私の体を的確に貫き、大剣によって体が切断される――ことはありませんでした。


「消えた!?」


 詰みの状況からトドメの一撃を空ぶったエルフォニアさんが、珍しく驚愕の声を上げています。

 こうも上手く行くと、それだけで少し充足感がありますね。


「転移による瞬間移動が使えるのは、エルフォニアさんだけではありませんよ」


「後ろ!!」


 即座に反応し、剣を投げつけてくるエルフォニアさんのそれを、再び転移で躱します。

 少し離れた場所に姿を現した私へ、エルフォニアさんがやや楽し気に声を掛けてきました。


「……あの印はカウンターだけではなく、緊急回避用にも流用できるって訳ね」


「すぐに気が付くとは流石ですね、エルフォニアさん」


 そう。私が刻んでいた“万象を捕らえ(アーレスト・)る戒めの槍(ジ・オール)”用の印は、シリア様からの鍛練のおかげで、一時的に転移先の座標として記憶させられるようになっていたのです。

 その代わりに、転移を使ってしまうと印が消えてしまうため、再び刻みなおす必要があるデメリットがありますが、それでも先ほどのような状況から抜け出す手段としては、文句無しのカードだと思います。


「おかげでまだ楽しめそうだわ。それじゃ、仕切り直しと行きましょう」


 エルフォニアさんは新たに生成した剣で空を切ると、その切っ先を私に向け、言葉通りに笑みを浮かべました。

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