32話 異世界人は桜と舞う
「皆さま、おはようございます! それでは技練祭第二部、技能コンテストを開催いたします!!」
朝食を終えて一休みした後、城内放送で間もなく技練祭が始まると聞いた私達は、昨日と同じように会場へと集まっていました。
司会の方からの話によると、予め参加希望を出していた魔女の方から順に披露していくとのことでしたので、私達は一番最後になるようです。
レナさんに自信の方を尋ねたところ、「ま、見てのお楽しみってことで」と自信満々な様子で答えられてしまい、メイナードに主導権を握られている私はただただ不安が募っています。
そうこうしている内に、最初にエントリーをしていた方の演技が始まりました。ステージの上へと上がり、観客席へ一礼した彼女は、何か魔法を詠唱し始めます。
そして杖を大きく振るうと、ステージ上に彼女を縦に四人分はありそうな大きさの、魔導連合のお城を作り出しました。それは非常に良く出来ていて、よく見ると窓の中にも人の姿があるほど精巧な物でした。
観客席からも歓声が上がり、拍手に包まれながら次の方へとステージを明け渡します。
その後も様々な演出が披露され、伝説上の生き物と言われる竜を模した氷の彫像や、空中に放り投げたりんごを消すと何故か会場の全員の手元に現れる魔法だったりと、初めて見る魔法の数々に私はついついはしゃいでしまっていました。
しばらくすると、ローザさん達【薔薇組】がステージに上がりました。
黒の魔女服に三人の特徴的な差し色が彩を添えている彼女達は、左から風にたなびく赤く長い髪が特徴的なローザさん、太陽のような温かさの橙色の髪を三つ編みで纏めているのがルイさん、たんぽぽのような明るい黄色の長髪にウェーブを掛けているのがジュリアさんです。顔の雰囲気もどこか似ていて、いつ見ても仲の良さそうな姉妹に見えます。
ローザさんはステージ上から私を見つけると、笑顔で私にも手を振ってくださいました。演出が得意だと仰っていた彼女に期待が膨らみます。
彼女達は三人の杖を重ね合わせ、詠唱しながら空へと向けました。すると、光の玉のようなものがゆらゆらと浮かび上がり、吹き抜けの天井を超えた辺りで弾けたかと思った直後、その周囲に色とりどりの花が舞い上がりました。
それは一つだけではなく、いくつも同じような光の玉を打ち上げては異なる色合いの花があちこちに咲き乱れ、空を彩る鮮やかな花々に声を奪われる光景でした。
「わぁ~……花火みたいで綺麗……」
そう呟くレナさんに“はなび”とは何かを尋ねると、夜空に打ち上げられた火薬で花のように見せるものと教えていただきました。一度それも見てみたいものです。
ローザさん達の演出の次は、ついに私の出番でした。
結局メイナードは当日まで何も教えてくれませんでしたし、私は何をしたらいいのかも分かりません。不安で憂鬱になりそうな気持ちを支えながらステージへ上がり、一礼をしてからメイナードを呼び出します。
いつも通り魔法陣を通して出現したメイナードの姿に、会場がざわめき始めます。
「あ、あれってカースド・イーグルか!?」
「試合の時は見間違えかと思ったが本物だ!!」
「だ、大丈夫です! 彼は危害は加えませんので!」
観客の方へそう呼びかけ、メイナードに何をしたらいいかと目で尋ねます。メイナードは私にだけ聞こえるような小さな声で、これからやることを説明し始めました。
『主は我の背に乗り、杖の先で浄化魔法を使い続けるだけでいい』
「それだけ、ですか?」
『あぁ、それだけだ』
彼がやろうとしていることが予想できませんが、言われた通りにしておきましょう。
私はメイナードの背に乗り、杖を取り出します。それと同時にメイナードが大きく翼を広げ、一気に高度を上げました。
「め、メイナード!?」
『くっくっく。さぁ始めるぞ! 振り落とされないように掴まっているんだな!』
「どういうことで――きゃああああああああああ!?」
言われるがままに浄化魔法を杖の先から使うと、メイナードがステージへ向けてほぼ垂直に急降下し始めました! 体を襲う風圧で飛ばされてしまいそうです!
このままだと激突してしまうと脳が判断し、反射的に固く目を瞑ると、今度は直角に角度が変わった感覚と共にさらに速度が上がるのを感じました。
メイナード、あなた最初から私で遊ぶつもりでしたね!?
抗議の声を上げようにも、風圧で顔を上げるどころか口も開けないので、腕を伸ばして浄化魔法を続けながらしがみつく他ありません。滑空しているかと思いきや急旋回されて逆さまにされたり、ぐるぐると回転されたりと、最早私は彼のおもちゃのような扱いです。
時折風に混じって違和感のある空気も感じましたが、そんなものを気にする余裕は私には欠片も残されていません。今はもう、早く終わってほしい一心です。
徐々に振り回されすぎて気持ち悪くなってきてしまい、メイナードに制止の声を掛けようとした時でした。急に速度が落ち、いつものように優しく飛んでくれているあの感覚が帰ってきました。
『もういいぞ主。魔法を解いて左を見るがいい』
「左……?」
杖をしまいながら言われた通りに左側へ顔を向けると、そこにはメイナードが出している燐光の中に、真っ白な光で描かれた猫のシリア様が浮かび上がっていました。
『我が出す燐光は人間にとっては微弱な毒素になるのを利用し、主の浄化魔法に反応させて描いてみたのだ。我ながら上出来だな。まぁ、欲を言えば泣き喚く主の姿も見たかったが、今回はこの程度で許してやろう』
「……もう、意地悪が過ぎます!」
くっくっく、と意地悪く笑う背中を叩きながら、私達はステージへと戻ります。降り立った私達へ盛大な拍手と歓声が送られ、やり方に不満はありましたが、彼なりに考えてくれていたのだと許すことにします。
「やるじゃないシルヴィ! メイナードもね!」
『ふん。我はただ強いだけではない、一芸にも秀でた王なのだ。分かったら我を崇めろ小娘』
「誰があんたなんか崇めるもんですか! 調子に乗るんじゃないわよバーカ!」
メイナードと軽口を叩き合ったレナさんは、私に手を振りながら壇上へと上がっていきます。
「それでは、技能コンテストの最後を飾るのは【桜花の魔女】レナです! どうぞー!!」
司会の方の紹介を受け観客席へ手を振っていたレナさんは、自身の周囲に桜の花弁を広げると、自分の姿を隠すように桜の渦を作り出しました。そしてその渦が消えた頃には、レナさんの姿が今まで見たことが無いような服装に変わっていました。
夜を思わせる深い藍色の中に、彼女の特徴とも言える桜が舞い散るように描かれている、袖の長い服。全体的にゆったりとした服装ですが、胴周りの帯が綺麗に締めていて、レナさんの体の細さを強調しすぎない程度に主張させています。
髪もいつものおさげではなく、後頭部で纏められたお団子に華やかな櫛が添えられていて、活発な印象のレナさんではなく、まるで別人かのような印象を受けてしまいます。
レナさんはどこからか貴族の方が使うような扇子を取り出すと、服と同じ柄のそれを広げ、空を仰ぐ体勢で静止しました。その直後、吹き抜けの会場が突然真っ暗になり、夜目が効かない状態で上を見上げると、外からの光を遮るように分厚い雲が覆っていました。
これもレナさんの演出でしょうか。と様子を見ていると、その雲から桜の花びらがひらひらと降ってきました。その花びらが舞う中、レナさんは静かに踊り始めます。
それは塔から見えていた、踊り子さん達が街中で踊っていたような激しいものでは無く、ただただ静かでゆっくりとしたものでしたが、扇子を動かしながら時折観客へと視線を送る彼女の顔はとても儚げで、舞い散る桜のように踊り続けるレナさんに、私を含め全員の視線は釘付けにされていました。
どれくらいの時間見入ってしまっていたのでしょうか。気が付けばレナさんの演出は終わっていたようで、息を整えながらレナさんが頭を下げると、これまでの静寂は嘘だったかのように爆発的な歓声が送られました。
未だにレナさんの踊りが魅力的過ぎてぼーっとしていた私の視界に、レナさんが私に手を振っている姿が入ってきます。どうよ? とでも言いたげなその笑顔は、間違いなくいつものレナさんのものでした。
「それでは、技能コンテストの優勝者を発表いたします。第百二十一回技練祭、技能コンテストの優勝に輝いたのは………………。【桜花の魔女】レナ!!」
司会の方から高らかに宣言され、スタッフの魔女さんからトロフィーを受け取ると、レナさんはトロフィーを頭上に持ち上げて観客席へ大きく手を振りました。それに応えるかのように盛大な拍手が送られ、口笛を吹く人やレナさんの名前を叫ぶ人もいます。
「いやぁ~、あっぱれだねぇ。今年のは結構力作だったんだけど、レナちゃんのあれには足元にも及ばないよね~」
いつの間にか隣に来ていたローザさんが、レナさんに拍手をしながら話しかけてきました。
「レナちゃんに今度、桜の使い方を教えてもらおうかなぁ?」
「ふふ、きっと喜んで教えてくださると思いますよ」
「だと嬉しいね~。シルヴィちゃんも二日間お疲れ様! 初日すっごいカッコよかったよ! いっぱい写真撮っておいたから、あとで送ってあげるね~!」
「ありがとうございます。ローザさん達の演出も素晴らしかったですよ、私からもあとでお送りしますね」
「いやいや、自分のを見るのはちょっと恥ずかしいからいいよ! ……あ、姉さん達に呼ばれたから戻るね。またねシルヴィちゃん!」
遠くからルイさんとジュリアさんに呼ばれたローザさんが、パタパタと駆け寄っていきました。
二日間。あっという間でしたが色々と学べるものも多く、とても充実した時間だったと思います。ご飯も美味しかったですし、帰ったらいくつか試してみることにしましょう。
 




