702話 ハイテンション魔女は片付ける
私達の前に現れた謎の女性は、黒と赤を基調としている魔法庁の制服を、かなりアレンジした可愛らしい服を身に纏っていました。
突然の出来事に呆けている私へ、エメラルドグリーンの瞳をこちらに向けると、どこかレナさんを彷彿とさせる得意げな笑みを浮かべながら私を指さしてきました。
「はいっ、じゃあそこの【慈愛の魔女】さん! 突如現れたこの謎の美少女のお名前をお答えください!」
「え、えぇ!?」
そんなことを言われましても、全く見当が付きません。
現時点で彼女から得られている手掛かりと言えば、魔法庁に勤めている書記と、【飄風の魔女】という二つ名があるくらいです。ですが、魔導連合に所属している魔女の二つ名なんて全員分覚えている訳も無ければ、ほぼ無関係だった魔法庁の書記の方の名前など分かるはずがありません。
「すみません、分かりま」
「ぴんぽんぴんぽーん、大正解!」
……な、何も答えられなかったのに正解扱いされてしまいました。
もしかしてこの女性は、私の回答が合っていようと外れていようと、元からどちらでもよかったのでしょうか。
「そう! 完璧な扮装をして人の目を欺くことが得意な私の正体を、誰一人として知るはずがないのです!」
「お嬢」
「何ボマじい!? 今いいとこなんだからもう少し言わせてよ!」
「はぁ……」
ボーマンさんが、深く、深ーく溜息を吐きながら諦めてしまいました。
彼が“お嬢”と口にしていることから、何かしらの関係性があることは分かりますが、魔法庁の重役であるボーマンさんですら従わざるを得ない人物と言う事なのでしょうか。
「ということで正解発表です! この美少女様の名前は――じゃじゃん!! エリアンテ=グラスベルさんでしたー!!」
「は、はぁ……」
「えー!? 何その反応!? もうちょっと驚いてくれても良くない!? ほら、やり直し!」
どうしましょう。あまりにも彼女のテンションが高すぎて着いていけません。
「こほん。……この美少女様の名前は! エリアンテ=グラスベルさんでしたー!!」
「わぁー!! すごーい!!」
「書記の方に変身されていたのですね! 凄い魔女様です!!」
ありがとうございます、エミリ! ティファニー!!
私にはその対応は絶対に出来ませんでした!
幼い二人からの反応で満足したのか、彼女は灰色のサイドテールを揺らしながら胸を張り、むふーっと鼻を鳴らしました。
そんな様子に再び溜息を吐いたボーマンさんは、疲れたように口を開きます。
「お嬢、我々は重要な会議があるとお伝えしたはずですぞ?」
「重要な会議だからこそ、事務次官である私を置いていくとかあり得なくない?」
「こうなってしまうからこそ、私としてはお嬢へ後程、報告差し上げようと思っておりましたのに」
「報告書だけじゃ具体的に何があったか分からないでしょって。ま、それは置いといて」
さらっとボーマンさんの苦労が置いておかれました!
あまりにも報われなさすぎる彼に、私は内心で同情を禁じ得ません。
「ヘリオーグには、今の話に付随して、私からも見てもらいたいものがあるんだ」
「わ、私にですか?」
「そっ」
エリアンテさんは亜空間収納から書類の束を取り出すと、彼の目の前に雑に放り投げました。
私の席からでは文字が小さく見辛いのですが、項目ごとに無数の数字が記載されているところから、何かの決算書のようにも見えます。
「これ、十四年前から今年までの魔法庁のお金の動きが纏められてる物を、私が精査し直したやつ。ここまで言えば、どういうことか分かるよね?」
その言葉を受けたヘリオーグさんは、露骨に顔色が悪くなっていきました。
そんなに彼にとって不都合がある物なのでしょうか? と思っていると、いつの間にか数枚を手に取っていたボーマンさんが、声のトーンを低くしながらヘリオーグさんに問いかけました。
「ヘリオーグ。これはどういうことかね? お嬢の精査の通りならば、お前はハールマナに分配されるはずの予算の四割で、私腹を肥やしていたことになるが」
「「四割もですか!?」」
その大きさにはイルザさんも驚きを隠せなかったらしく、見事に私と声が重なります。
「そ、そんなはずはありません……。私は、今まで、そんな」
「そりゃあそうでしょ。だってあなた、今までずーっと同じことしてたんだもん。こんなのが明るみに出るだなんて夢にも思わなかったでしょ」
エリアンテさんはそこで一度言葉を切ると、底意地の悪そうな笑みを浮かべ、心底楽しそうに言います。
「あんまり魔女、舐めないでよね?」
「……っ!!」
その言葉が彼の琴線に触れたらしく、ヘリオーグさんは勢いよく立ち上がると、無詠唱でエリアンテさんに向けてファイアボールを放ち始めました!!
「エリアンテさ――」
慌てて防護結界を出そうとした私を手で制した彼女は、それに向かってふぅっと息を吹きかけました。
すると、その吐息に触れた火炎の弾は霧散していき、部屋の中が静寂に包まれます。
「あーあー、劣等心って醜いよねー。動機は、自分より優秀な生徒を輩出されないようにしたかったってとこ? それとも、既に魔術師の配下にあったハールマナを卒業して、魔導士になれなかったことに対する妬み? どちらにせよ、こんなやり方で復讐だなんて大人げないと思わない?」
「だ、黙れ黙れ黙れぇ!! お前に、お前達に何が分かる!!」
「何も分からないし、分かりたくない。だってそうでしょ? 相手の気持ちを理解するってことは、相手と同じ目線で考えるってことだもん。私は絶対に、あなたみたいな醜い人と同じ目線になりたくない。せっかくの美少女が台無しになっちゃうもん。ってことで」
エリアンテさんは指をパチンと鳴らすと、彼を閉じ込めるように局所的な竜巻を発生させました!
凄まじい暴風に机の上の書類が吹き飛ばされ、咄嗟にエミリ達を庇うので手一杯になってしまいます。
「これ以上話すことも無いし、あなたはこのまま豚箱行き決定でーす。もう話はつけてあるから、泣き言なら看守さんに聞いてもらってね。それじゃ、行ってらっしゃーい♪」
竜巻の中でヘリオーグさんは何かを叫んでいるようにも見えましたが、私達の方へは何も聞こえることがないまま、彼諸共姿を消してしまいました。
それを見届けたエリアンテさんは、手をパンパンと払うような仕草をすると、私達へ振り返りながら可愛らしくおどけて見せます。
「はいっ、一丁上がりっと! どうだったボマじい!? 私ってば、美少女魔女の外にも美少女探偵の肩書貰えちゃうかも!?」
「やり過ぎですぞ、お嬢。ですが、毎度ながらその強引さで救われる部分があるのもまた、否めませんな」
「そうでしょそうでしょ? できればもっと、私を頼ってほしいんだけどね~」
「我々としては、可能であればお嬢に出てきてほしくはないところですな」
「あ、ひっどーい! いくら超絶ポジティブ美少女のエリアンテさんでも、出てくるなって言われると傷ついちゃうんだからね?」
「はっはっは! 多少は凹んで大人しくなっていただきたい物です」
「うっわ、ボマじい性格悪ぅ~。まぁいいや」
エリアンテさんは私の方へ歩いてくると、私と視線を合わせるようにその場にしゃがみ込みました。
そして両腕を膝に付き、両手で自分の頬を包むようにした彼女は、私ににっこりと笑いかけてきます。
「やっとゆっくり話せるね。ずっと会いたかったんだよ~? 【慈愛の魔女】シルヴィさんっ♪」
その笑みからどことなく恐ろしい物を感じてしまい、私は引きつった笑みを浮かべることしかできませんでした。




