701話 学園長は問い詰める
イルザさんから発せられたその無情な言葉は、ヘリオーグさんの心を容赦なく揺さぶりました。
分かりやすいくらい動揺した彼は、何度か言葉を詰まらせながらも、くだらないとでも言いたげな口調で返します。
「私が何に劣等心を抱いていると言うのですか、イルザ先生。訳の分からない言いがかりは止めていただきたい。それに、この話は個人の感情でどうこうできる問題では無いのは、あなた方こそ理解されているのでは?」
「もちろんです。ですが、個人の感情で意見ができるヘリオーグさんなら、それが叶ってしまうのでは?」
「私は今まで、私情を持ち込んだことなど」
「無い、とは言わせませんよ」
彼の言葉を強引に打ち切らせたイルザさんは、亜空間収納から一束の書類を取り出すと、それを彼の前に置きました。
その書類の束の表紙に書かれているタイトルは、“今期ハールマナ魔法学園活動報告書”です。
「昨年までであれば、魔術師の管理下にあったハールマナは入学希望者数も数十年に渡って減少傾向にあり、卒業できたとしてもかつてのような将来が約束されたものではありませんでした。ですが、今期はシルヴィ先生のご活躍で魔術師を一掃できたおかげで、例年よりも生徒の魔力の質が八十パーセント上昇しています」
あれから五カ月ほどだったかとは思いますが、そこまで上昇していたとは予想もできませんでした。
やはりシリア様の教育方針はスパルタではあるものの、確実に成果を出せる最短ルートだったのですね。などと感心していると、イルザさんはさらに言葉を続けました。
「ですが、この報告書を提出したところ、不正な改ざんが行われたとして魔法庁は受け入れなかったどころか、職員の視察を寄こしてきましたね」
「それは当然ではありませんか。こんな短期間で、魔力が平均して八十パーセントも上昇したなど普通は考えられない」
「えぇ、問題はその後です。視察を行った方々へ丹念に説明を行い、実際に魔力が大幅に上昇していた生徒の様子も確認した彼らの報告を、何故無視されたのですか?」
視察を送っておきながら、その報告を無視するとはどういう事でしょうか。
状況が読み込めない私がヘリオーグさんに視線を向けると同時に、隣に座っていたボーマンさんが訝しむように尋ねます。
「……どういう事かね、ヘリオーグ」
「私にも、何のことやら」
「とぼけても無駄ですよ、ヘリオーグさん」
続けてイルザさんは、亜空間収納から蓄音型の水晶を取り出します。
そこに魔力を流し込むと、イルザさんと若い男性と思われる方のやり取りが再生され始めました。
『何故認めていただけなかったのですか? あなた方も生徒の伸びは直に確認されたではありませんか』
『えぇ、我々もしっかりと確認させていただきました。その結果、今年の四月から急激に生徒さん達に著しい成長が見られていることも確認済みです』
『では何故……』
『誠に申し上げにくいのですが、上からの決定事項でして』
『上からと言いますと、まさか教育局長からの指示ですか!?』
『え、えぇ……。我々も何度か掛け合っては見たのですが、このような事実は認められないの一点張りでして』
イルザさんはそこで再生を止め、改めてヘリオーグさんを見据えます。
「確固たる証拠もある。現在進行形での成長も見受けられる。それなのに、我が校の成果を認めず、予算を減額され続けていた理由についてお聞かせ願えますか?」
「それは今、この場でお話しする内容では無いでしょう」
「ヘリオーグ、私からも聞かせてくれ。お前は今期の各教育施設への予算分配を増額していたはずだ。私はそれを、この報告書と共にハールマナへの評価だと受け取って承認したのだが、その差額はどこへ消えているのかね?」
「それ、は……」
どうやらイルザさんが仰っていた“個人的な用事”と言うのは、この不当な予算の減額に関する抗議だったようです。
私はこういった問題には明るくないのであまり自信がありませんが、記憶違いでなければ確か、“公金着服”という犯罪だったような気がします。
部屋全体に張り詰めた空気が流れる中、脂汗を浮かべるヘリオーグさんの隣で会話の内容を書き留めていた書記の方が、唐突に口を開き始めました。
「うん。やっぱり私の睨んだ通りだったね」
今までの硬く真面目そうな口調がどこかへ消えてしまったかのようなその発言に、私を始めとした全員が呆気に取られてしまいます。
すると書記の女性はスッと立ち上がり――突然上着のボタンを外し始めました!!
「なっ!? な、何をやって」
「うっ! お姉ちゃん見えないよー!」
慌ててエミリの視界を塞ぐ私の視界の先で、彼女は上着を片手で掴み、それを大袈裟な動作で脱ぎ捨てました!
何故こんなことを!? と困惑してしまった次の瞬間。
「ある時はただの書記。またある時は【飄風の魔女】。数多の仮面を使い分ける謎の美少女の正体とは!!」
「……お嬢、おふざけが過ぎますぞ」
「えー!? 最後まで言わせてよボマじい!!」
私達の目の前には、灰色の髪を横でまとめている同い年くらいの女性が姿を見せていました。




