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700話 魔女様は会合する・後編

 一通り話し終えましたが、やはりと言いますか案の定と言いますか、彼らの反応は芳しくないものでした。

 と言うのも、彼らはシリア様という存在すら記憶から消されてしまっていたようで、その説明から入る必要もあり、余計に混乱させてしまっていたのです。


「もちろん、今すぐに回答が欲しいとは言いません。この話を持ち帰っていただいて、魔法庁の皆様と議論の上で決めていただいても」


「いや、その必要は無い」


 彼らに考える時間をと思った私でしたが、栗色の髪を持つヘリオーグさんに言葉を遮られてしまいました。

 ヘリオーグさんは膝の上で両手の指を重ねるように手を組み、言葉を続けます。


「申し訳ないが、この話は辞退させていただきたい」


「えっ」


「何故かね、ヘリオーグ」


 思わず言葉を詰まらせてしまった私の代わりに、先ほどから前向きな反応を示してくださっていた黒髪の男性、ボーマンさんが尋ねてくださいます。

 ヘリオーグさんは「考えてみてください」と前置きし、辞退の意図を話し始めました。


「今まで表舞台に出てこなかった魔女が、ここ一、二年で我々の前に姿を見せるようになり、こうして協力を持ちかけてきているのです。あまりにも都合が良すぎるとは思いませんか?」


「だが、我々とて魔女と関りが無かった訳ではあるまい。魔導連合とも一部ではあるが連携して」


「確かに一部関りはありました。ですが、それも事務的な連絡のみで、こうして接触を図って来ることもありませんでしたよね?」


「それはそうだが……」


「私はこの手紙を受け取った時から、何かがおかしいとは感じていました。魔女と魔術師。今までどちらも表舞台には出てきてはいませんでしたが、昨年のフェティルアの件からあちこちで姿を見せるようになり、さらには国王陛下とも接点を持つようになった。あまりにも急すぎるとは思いませんか?」


「それは、仕方が無かったことで」


 私が口を挟もうとしたところを、イルザさんが手で制してきます。


「では、ヘリオーグさんはこう仰りたいのでしょうか? “魔女が魔術師を排斥するために、これまでの件も全て魔女側が仕組んだことである”と」


 そんな無茶苦茶な!? と口を開きそうになりましたが、ヘリオーグさんの真剣な表情を見て、それを口にすることができませんでした。

 彼は本当に、魔術師ではなく私達が世界を脅かしているのだと考えているのです。


「あくまでも可能性のひとつとして考えているに過ぎません。ですが、そうと考えてしまうほどに、シルヴィさんのご活躍が目覚ましすぎる。フェティルアの化け物を倒したのもそう、ハールマナを舞台に戦闘を行ったのもそう。あれらは全て、マッチポンプではないかと思わざるを得ないのです」


 とんでもない言いがかりです。

 私達が体を張って皆さんを守ろうとしたことを、こうも悪く言われるとは考えたことすらありませんでした。

 悔しさと怒りが込み上げそうになっていた私の脳裏で、以前シリア様から受けたお話が浮かび上がってきました。



『良いかシルヴィ。力を持つ者は、常に妬みや僻みの対象になる。それは何故か? そんなもの考えずとも分かろう。そ奴に出来ぬことを成し遂げておるからじゃ。そんなくだらん嫉妬に心を病む必要なぞ無いぞ。じゃが、ひとつ覚えておくのじゃ。その手の輩は、上に立つ者の足を掴み、引きずり落とそうとすることがある。いずれお主もその対象になる日が来るじゃろう、ゆめゆめ忘れぬようにな』



 ……シリア様。まさにこれが、その状況なのですね。

 そう考えると、途端に頭が冴えてくるような気がしてきました。

 怒りや焦りで思考を鈍らせてはいけません。今の私に求められているのは、冷静さと客観的な思考です。


 一旦、これまでのヘリオーグさんの発言を見つめ直してみましょう。

 まず、ヘリオーグさんは先ほども、「魔導連合が直接接してくることがない」と仰っていました。

 それは単純に、魔導連合は魔女や魔導士の育成機関であると同時に、この世界から居場所がなくなった方々の砦となっている側面が強いからでしょう。

 あるいは、日々多忙を極めているアーデルハイトさんの手が回らず、書面でのやり取りで終わらせようとしていただけなのかもしれません。


 どちらにせよ、魔導連合として非は無いようにも思えますが、続いて彼が発した「魔女が表舞台に姿を見せない」点に繋げます。


 これも簡単な話で、シリア様が【魔の女神】となってから約二百年後。つまり、今から千と八百年ほど前に行われた“魔女狩り”の影響で間違いありません。

 それより前は、魔女も人々の前に姿を見せて共生していましたし、素質のある魔法使いは魔女の方々から手ほどきを受けていたとも聞いています。

 ですが、“魔女狩り”以降はそう言った行為はしなくなり、素質があり、身分を捨てられる方に限って声を掛けて育成する方針に切り替わっていました。

 つまり、彼が見聞きしていない方面では、まだ魔女の後進を育成するために活動はしていますし、この前のイースベリカ遠征の時のように、力を貸すことだってあるのです。


 これらから導き出される結論は……彼自身がその領域に達せなかったがために、魔女や魔導士としてのスカウトを受けられなかったことに対する劣等心が、私にぶつけられていると言う事でしょう。


 私の中の結論を口に出そうとしましたが、イルザさんがこちらを見つめてウィンクをしていることに気が付きました。

 ……そう言えばそうでした。イルザさんは、相手の心が読める特技をお持ちでしたね。


「お言葉ですが、今の発言はご自身の立場を危うくさせるものであるとご自覚されておりますか?」


「……どういう意味でしょうか、イルザ先生」


 訝しむヘリオーグさんに、イルザさんは冷たい視線を投げかけました。


「仮にも魔法学の教育局長ともあろうお方が、ご自身のくだらない劣等心を満たすために、ハールマナの生徒が命懸けで戦ったことをマッチポンプ扱いしているご自覚はありますか。とお尋ねしています」

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